第21話:名前
「……ベルクートよ」
その一言で、バラバラだった世界の欠片が一つに繋がった。
それは、灰となって消えゆく王が最後に遺した、慈愛に満ちた呼びかけ。
「王!!」
叫びと共に、王の魂がベルクートの身を貫く。
ドクン――!!
これまでで最も激しく、魂の深淵を揺さぶる鼓動。
記憶の奔流が、堰を切って脳内へ流れ込んだ。
『我が剣、ベルクートよ。そなたにこの国の未来を託す』
『竜殺しの英雄、ベルクート! そなたこそが我が国の誇りだ!』
『……我が友、ベルクートよ。共にこの時代を歩もう』
王は主であり、尊敬の対象であり、そして――何にも代えがたい「友」であった。
場面は切り替わる。
地獄と化したあの日の玉座の間。ベルクートは魔法陣に縫い止められ、指一本動かせずにいた。
『王!!』
叫びは届かない。
魔術師ラミレスが、歪んだ笑みを浮かべながら呪文を唱え、王の胸に冷徹な刃を突き立てる。
『……ベルクート、よ……』
その言葉を最期に、王の身体が見る見るうちに異形の巨像へと変貌していく。
失望、憎しみ、悲しみ、喪失感、絶望。
そして――。
それら全てを焼き尽くすほどの、激しい「怒り」が胸を焦がした。
ラミレスもまた、かつては志を共にした友だった。
友が友を殺し、愛する者たちを化け物へと変えた。
『おのれ、ラミレス! よくも王を……!!』
『秘術書よ、この者に呪いを! 我に力を!』
ラミレスは冷たい瞳でベルクートを見下ろし、魔法の杖で彼の胸を突いた。
激しい雷鳴が轟き、城が紅蓮の炎に包まれる中で、ベルクートは闇へと堕ちていったのだ。
「剣士さん……?」
レノアの声で、ベルクートは現実へと引き戻された。
玉座の間に漂う灰は、もう静かに床へと積もっている。
「レノア……」
「今度は、何を思い出しましたか?」
「まだ完全ではないが、思い出した。自分が何者なのかを」
「お名前も……思い出せましたか?」
ベルクートはゆっくりと立ち上がり、手にした退魔の剣を真っ直ぐに構えた。兜の奥、鋭い眼光には、かつての英雄の威厳が完全に宿っていた。
「俺の名はベルクート。王国騎士団団長にして王の側近――『竜殺しのベルクート』だ」




