第四盗 破綻する回路
風が空気を薙ぎ、月明かりが空気を刺す。耳を塞ぎ目を瞑ればそのまま溶けていなくなってしまいそうな夜の港。
そんな場所に20代前半の女性が1人、橙色の髪をはためかせ駆けていた。あまりスタイリッシュな身のこなしでは無いながらも前に進む意志が彼女の全身から揺らめき立つ。
なまじ身体操作が優れないからこその躍動には力強さが垣間見えた。
そんなリアリーはレリゴーからの指示の元、港に停めてある盗難車のバイクを使って会長の子を迎えに行く。
夜闇の中でスカイブルーの薄光ボディを持つホンダのバイク。
息付く暇も無くシートに跨って腰を下ろすと、想定よりも僅かに深く沈み体を支えようとサスペンションが息を吐く。
「レリゴーを期待してたならごめんね」
そう独り言を零し、予め型を取り作っていた鍵を差し込む。
感覚の調整をすっとばしてハンドルを握り発進すると、上体が仰け反るほどの加速を見せた。
「すっごぉ……」
初めて触る型で初めて乗る型。シートの収まり、ハンドルまでの距離感と握りやすさ。姿勢の倒し具合。そんな相性の良さに思わず唸り笑みがこぼれる。
リアリーがバイクを走らせ指定された倉庫の前に着くと子供が1人、遠くを見つめて立っていた。
「大丈夫。あとはぜぇんぶ、このおねぇさんに任せて」
子供の返事を待つことなくヘルメットを被せてから腕を掴んで後ろに乗せる。両手を掴んでお腹の前で組ませると再び驚くような初速で発進した。
白く細い腕は小さく震え、リアリーの存在を確かめるように体を密着させている。
大人用のヘルメットはサイズが合わず表情が読み取れない。
そんな気持ちを察するように、子供のギュッと強く握られた手にそっと手を重ねるリアリー。
小さく冷えきった手は僅かに湿り気を帯び震えていた。
湿り気を帯びた何かが少量、手に付着するもすぐに乾いた事にリアリーの表情が強ばった。
「怪我してない?痛いところはないかな?」
「……」
変わらない沈黙の中、背中伝いにこれまでに無かった湧き上がる熱を感じ取る。
「わ、わたっ!私っ!!」
「ううん、言わなくていいの。お姉さん全部知ってるから。今は気を休めてて」
崩れる心を言葉で包み込む。
(信頼には応えるよ。
この10分……何があっても止まらない)
数秒前の大腿部を刺された瞬間、感覚調整がブレたことで数キロ先の異音を拾った。
複数台のバイクのマフラー音がこちらへと向けられていることに気づき最も盗走率の高い行動を開始した。
それが、自らが囮となりリアリーが対象を盗走させるというものであった。
大腿部で発生し留まっていた熱が次第に全身へ巡り──それは治まりを知らず体表の空気を揺らめかす。血液の巡りは加速しそれに合わせて脳の働きも活発に変化を始めた。
愛車であるシルバーのポルシェ。
その冷えきったバケットシートに腰を沈める。
体表を伝う冷感は即座に熱が飲み込み、逆流するように冷気が解け車内を奮わせた。
シフトレバーを握ると体の一部のようにスムーズなシフトチェンジで応えてくる。
車内に流れるロックプレリュードがレリゴーの鼓動とポルシェのエンジンを引き繋いだ。
アクセルを踏み込むと大腿部から微かに血液が噴出。筋肉の強ばりによる反射でビクつくも気にした様子は無く更に踏み込む。
この先で恐らく待ち構えているであろう相手の姿を想定して盗走計画を思案する。
車の速度が上がるにつれて曲のテンポが落ちていく。
全方位に全ての感覚が伸びていく。
音で距離を測り目で形を掴み鼻で異変を拾う。
そう、車を運転しながら前方で待ち構えている車とバイク集団の者たちの息遣いと意識の行方を読み取る程度には。
距離にして30m。レリゴーはアクセルを踏み込み速度を上げた。
フラフラと左右に揺れながら前進を続ける。銃を構える者たちは集中し、一瞬を狙う。
スキール音が一際大きく響くとレリゴーの車体は大きく右に逸れた。
それを隙と捉え、全員の狙いが集中し銃口が揃う。
車が縁石に乗り込むと同時に一斉射撃。
同時にレリゴーはハンドルを素早く切った。
姿勢を崩した車体は左側のみの片輪走行へ移行。レリゴーの絶妙なバランス感覚により継続。
一斉に放たれた弾丸は車を目掛けるも予想外の動きに車体を掠めるように過ぎ去っていく。そのうちの一発が運転席側のフロントウィンドウ、ヘッドレスト、リアウィンドウを貫いた。
バランスを保つために左に傾いてたためにこれを回避。
その勢いのまま集団の隙間を縫うように片輪走行で駆け抜けた。交錯の瞬間、集団のリーダーと思わしき人物と目が合った。
刹那の時間、意思疎通などできる状況ではなかった。しかし、レリゴーは伝わると確信を持って言葉を遣う。
「10分間、俺の走りを見せてやるから着いてこい。着いてこれるならな」
そんな刹那的なやり取りの後ハンドルを切って、ブォォン!!と耳をつんざく音を響かせ片輪走行を解除。四輪走行に戻り突き放すように速度を上げた。
集団は切り返しレリゴーを追う。
シート全体に大腿部の出血が広がる頃、港からはだいぶ離れ住宅街を走行。
100kmを優に越えて走る中、住民の生活音やら呼吸音など莫大な量の情報が次々と脳に流れ込む。
さらに部屋、街灯、信号機の光が視界を満たす。
耳鳴りと明滅から白目は充血し呼吸は途切れ途切れに小さく繰り返す。
正面には1台のバイク。レリゴーの進行先を予測して回り込んだのだろう。
しかし、立ち塞がる訳でもなく正面から突っ込んでくる。後ろには追いすがる追走車が数台。
チラリとミラーで後方を確認してアクセルを僅かに踏み込む。が、脚の反応は一拍遅れる。それに気づく様子はなく相手を見据える。
「……引かせる気か」
大気を揺らす衝撃、バイクは大破し乗っていた男ははるか後方に放り出された。
ポルシェは直撃したフロントウィンドウが粉々にひび割れ衝撃で車内に飛び散った無数の破片がレリゴーの体に突き刺さった。
破片は微小ながら動きに僅かな齟齬が生じる。
窓から大量のクリップのようなものを放り投げる。先頭を走っていたバイクを始めとしその他のバイク、車にクリップが大量に飛びつきハンドルを取られ集団を瓦解させた。
「10分経過……盗走完了」
レリゴーを乗せたポルシェは夜の闇に潜っていった。
港を出発して10分、リアリーたちは無事に会長の家へ到着するもそこにレリゴーの姿はない。
会長の子は会長の家の扉の前で1度振り返りリアリーの隣、本来レリゴーがいたであろう虚空を覗く。
どこか精悍な表情をした会長の子にエールを送りある物を手渡す。
「負けるなっ。ファイト!」
それらをもらうと、もう振り返らなかった。開けた扉の先から差し込む光が迎え入れるように全身を包み込む。
仕事が終わり1人でバイクを持ち主に送り届けた後、事務所に戻るリアリー。
事務所で今日も道具の整備をしているであろうレリゴーの事を考えてその扉の前までやってきた。
「なんだか今日は饒舌だったんじゃない?ふふっ。やぁ〜っと私に心を許したってわけね。それにしても出会ってから4年よ?不器用にも程があるでしょっ」
事務所に入ると電気は消えていて、いるはずのレリゴーも不在。
「珍し。こんな日もあるんだ」
日課というか生理現象みたくなっていた道具の整備はどうしたのか、そう疑問に思いながらも電気をつけてひと息つこうとソファに腰掛ける。視界の端で1台のモニターが起動し始めたのが見えて確認する。
なにかメッセージでも来てたら確認しよう。そんな軽い気持ちでモニターの画面を覗いた。
黒い背景に白いフォントで数字の羅列が画面いっぱいに表示されていた。
一目見てもなんの事だかわからない。よりじっくりと読み取る。
「なんなの……これ」
左上に表示された文字を見て、その数字の羅列の意味を理解した。
キーボードにひとつふたつと涙がこぼれた。さらに数は増えていく。
込み上げてくる熱い感情が抑えきれずに溢れ出す。呼吸も乱れて視界がぼやける。
『Medical Check』
メディカルチェックとタイトルが入り、体温、血圧、脈拍、呼吸などさらに複数項目の数値が記載されていた。
それは以前、レリゴーの健康チェックと称して取り付けた器具による解析。バイタルなんかの確認をするために。
今、表示されてる数値は以前測った時と大きく異なっていた。
脳機能の変化と肉体の損傷、出血率など。
リアリーだからこそ、数値を見て即座に理解できてしまった。立って歩いているのがおかしい状態であることに。それがかれこれ数時間、今なお数値が変動していることに現実を突きつけられた。
(どうして……)
これまでのやり取りが駆け巡り、やがてひとつの結論にたどり着く。
レリゴーの普段の姿から案外すんなりとそれを受け入れられた。
「あぁ。私まだ信用されてないんだ……」
ささくれた心は吐露した言葉に剥がされる。
枯れ地の大木は在りし日の養脈を根繰る
レリーゴーランド
強風に震える枝先の蕾
カザリア リトルトイ
襲磁クリップ
強力な磁石でできており磁気を帯びたものに飛びつく。
紐に括り付けて投げると便利。
序走 終わりです。




