第三盗 魔法の無い世界
午後11時57分──ジェスタニック港──
潮風が湿り気を帯び、重油の匂いと混ざり合う。
レリゴーは車を降り無言でグローブを締め直し、リアリーは運転席に座り直しミラーを調整してからタブレットを操作する。
視線は交わさない。
だが、二人の間に流れる空気の密度が僅かに、そして確かに変化した。
レリゴーは月を背に目的の倉庫へ歩き出した。
日付けが変わるまで180秒。
目的の倉庫に向かっている途中、1台のバイクが停まっているのを横目に確認してリアリーへその情報を送る。
それが盗難車だと判明し、レリゴーは盗走の計画を頭の中で再設定する。
(倉庫前に見張り無し)
目的の倉庫に到着すると、腰に着けたポーチから手のひらサイズの黄色と赤色でデザインされた玉を取り出した。
左手で持つのは倉庫の扉を施錠する大きな南京錠。
鍵穴に玉を添える。
玉から流れ出た液体が鍵穴に溜まり、内部を満たすように膨張し──三秒。
凝固すると同時に“ガチャリ”と鍵が回った。
手に重さが残る分厚い扉を開くと、中にいる3人の男が入口に立つレリゴーを睨んだ。
一際強く鼻を刺激するのは、潮風によって蔓延した赤錆のつんとくる酸化臭。
手入れの届いていない空き倉庫然とした空気感が漂っている中、ジリジリと静かに鳴り響く垂れ下がった電飾。影の濃い角付近では蜘蛛の巣が張り巡る。
そして綿が飛び出たソファの上に寝かされた対象の子供が1人。
「おいおい、もう見つかっちまったのかよ?」
「問題ねぇだろ。もう時期アニキが来る」
「1人で来るとか俺たち舐められてね?やばぁ」
(緊張感の欠如)
レリゴーは会話することなく倉庫内へ侵入した。3人の位置を確認し対象との距離を把握する。細心の注意を払った上で接近、制圧を実行に移す。
この時、感覚の比率を調整し聴覚に重きを置いた事で世界の輪郭が変化した。
レリゴーの纏う雰囲気が変わると異様な静けさの中、男たちの唾を飲み込む音が空気を揺らした。
その中で聴覚が拾った音は3人のうちの1人が内ポケットに入れたピストルの摩擦音。
───瞬間、コツンっ。
小気味よく間接が外れる音がした。ソファの横に立っていた男の右肩に当てられた掌底。
3人の瞬きが重なる一瞬を……数的不利を瓦解させる好機と捉えた。
「いでェ!!」
叫び声に紛れるように左の男が踏み込んだ。床があるのかと確かめるような強い踏み込みをレリゴーは聴き逃さない。
呼吸、金属、衣服が空気を揺らす。
レリゴーのジャケットがはためくと内ポケットからボールペンがこぼれる。
上体を捻りボールペンを掴むと、流れるように赤色を2回ノック。
相手の胸元を貫く赤い光線が伸びた。
その姿勢はさながら、荒野でピストルを構えたカウボーイ。
赤い光線は胸から首を通り眉間にへとゆっくり移動する。
自分たちが持っているものを相手が持っていても不思議では無い。
ピストル。引き金を引けば大怪我は必至。最悪は死に至る。
男の喉仏が上下しまばたきが増える。
「……動くな」
この場でレリゴーが初めて発した言葉に……その冷めた声音に緊張が限界を迎え取り乱す。
「うぉぉぉわぁあああ!!」
彷徨った砂漠地帯で湖を見つけたかのように一心不乱な猛進。視野を狭めたその一手が男の最後となった。
「だからこうなる」
無警戒となったレリゴーの脚が男の胴を薙いだ。
「げほっ」
横に吹き飛んだ男は棚を巻き込みホコリを巻き上げると───バチッと音を立て明かりが消えた。
倒れた棚が電飾のコードに引っかかり抜けてしまった。
その時、右肩が外れた男の行動は速かった。それに対してレリゴーは何もしなかった。否、感覚を切り替えた。
カランコロンっ。何かが床を転がる音が響くと同時に閃光。倉庫内に眩い光が広がった。
男は光源から顔を背けるがレリゴーは直視。
しかし、レリゴーの網膜は光を通さなかった。男の行動を推測し視覚の遮断を決行。
直前までの男の位置と閃光弾の転がる音の反響を駆使し、誤差無く左肩を外して制圧。
徐々に視覚を戻して捕らえた男の顔に顔を近づけ耳元で囁いた。
「誰の指示でやった。アニキは何者だ。他に仲間はいるか」
「…………」
(怯えからくる拒絶のシグナル)
すぐにまともな返事をしないと判断し眠らせるとソファで寝てる会長の子に手を伸ばす。
常に最適解を選び続けることこそが盗り還す成功率を引き上げる。
午前0時0分──倉庫前──
会長の子を脇に抱え倉庫を出たレリゴーは盗走の為に車へ向かった。
触れてることで細かく分析が可能。
(心拍数上昇。体の火照り。意識あり。錯乱のシグナル)
「バイクを持ってこい。盗走開始だッ」
リアリーへ向けた言葉の最後、感情を言葉に乗せないいつものレリゴーとは違う。ほんの少し詰まるような途切れ。
レリゴーは自分の足元に視線を落とすと、白いスラックスに付着した赤黒いシミ。
それがジワジワと広がっていく。
そこにあるのは右脚大腿部に刺さったサバイバルナイフと子供の手。
レリゴーは脇に抱えた会長の子を降ろしてからしゃがみこんで一言。
「聞いてただろ。俺の仲間と合流しろ」
即座にその場を去るレリゴーと取り残され目を虚ろにした会長の子。
1分後にリアリーが会長の子と合流した。
回錠用ボンド
一度きりの使い切り。水で溶ける。
4職ボールペン レッドライト
赤い光が伸びる。




