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エラーコード:ソマティック─盗り還す者─  作者: 山下文明
序走 港のシンデレラ大盗走
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第一盗 メモリーロブ

ありがとうございます。

 吸い込んだ空気が肺を満たすたび、世界の輪郭に色を差す。

 視覚:聴覚:嗅覚:触覚。1 : 2 : 1 : 6。

 この場に適した比率で感覚を抽出し戦況を彩る。



 吸い込んだ空気が喉を通り肺から全身へ指先まで行き渡りエネルギーの補給と循環を繰り返すことで研ぎ澄まされる感覚器官。


 体格、目線、癖から相手の選択肢を予測。

 間合いの内に入った相手の心拍数から呼吸音を拾い状態を確認。

 芳香剤の匂いが漂い包まれた僅かな体臭から感情の発露を汲み取る。

 対峙する相手の意思が肌を突き狙いを汲み取り、接触時に力の入れ具合からさらに深く狙いを探る。


 視覚、聴覚、嗅覚、触覚。

 状況に際し今回は1:2:1:6の割合で感覚を抽出。

 センスによりこれら全てを掌握し戦況を彩る。


 



 月明かりが照らす室内で2人の人間が対峙し火花を散らす。

 男は右足を軸に半身となり母指球に力を入れタンっと軽く床を弾き水平移動。0から100へのストップアンドゴー。一切ブレない体軸を利用した接近に女の焦点は未だコンマ数秒前に男がいた場所にあり、その姿をもう一度捉えることは叶わなかった。



 一瞬の攻防の最中、男はその状態を見逃さなかった。女はただ…漠然と右手を前に伸ばした。

 男は接近しながら左手を胸ポケットへ忍ばせ、伸ばしてきた右手は前に出た左肘でかち上げる。そのままの流れで胸ポケットから抜いた左手には逆手に持ったボールペン。

 光の軌跡が直線を描くと、女の首筋にはピタッとペン先が触れていた。

 暗闇になれた瞳は確実に人体を捉える。


(性別女。ウェイト68kg。ポイント首筋。

 出力20%カット)


 コンマ数秒の思考は、道具のバッテリーを考慮し最小限のロスに留めるに至る。

 青のノック部分を指の腹で回し出力調整──ダブルノック。


 暗闇の中に奔る一筋の紫電。女の体に流れると見事に神経系に作用し、体を1度大きく跳ねさせ力なくだらりと停止した。


「うっ──そ…でしょ……」


 瞬きを必要としない攻防が終了した。

 スタンガンの機能を備えたペンをポケットにしまいつつ力なく前のめりに倒れる女の下に潜り込み、体を支えてから床に寝かせる。


 男は女の首にかけられている大きな宝石のついたネックレスを回収。女の肩に乗った髪の毛を手で払い頭の後ろを通して右側に一纏めにしその場を後にした。



「盗走完了」

『りょーかい。さっすがレリゴー』


 静まり返った街中で、男は事務所で待機している相棒へ報告し今回の仕事を終了した。



 男は1人であることを確認し被っている目出し帽を脱ぎ捨てた。

 ファサっと押しつぶされていた小麦色の髪が立ち上がり再度後ろへ倒し込む。その完璧な髪の流れに逆らう2本の束が目頭に落ちてくるのを眉根を上げて迎えると指で軽く弾いた。

 整えられた顎髭をさすりフゥーっとひとつ強く息を吐く。全身の気と力を抜くように強く深く。


 32カラットのダイヤのネックレスを手のひらに乗せ空に浮かぶ月を無言で眺める。




 数秒、点滅する街灯だけが動いているような静けさが続いた。



「持ち主にとってかけがえのないもの。思い出の詰まったソレを奪うなんてことは許されない。


”盗られたものを盗り返す。それが俺の仕事だ”」



 夜の街を照らす月に自身の言葉を投げかける。その気持ちを後押しするように風が強くが吹いた。



「ヘァックション!!」


 目出し帽を外したことで首裏が夜風に当たり、4月の肌寒さに体が警鐘を鳴らした。

 鼻をすすり歩き出すとそのまま事務所へと帰っていった。




 男は事務所に入るなり、自分のデスクへ直行した。

 手に取ったのは先程の戦闘で使用した4職ボールペン。それを器用に分解しデスクの上に並べ始めた。

 そんな男の存在に1人の女性が気づいた。


「あっレリゴー帰ってたんだお疲れさま〜。今回もやったね! 報酬はデスクに置いといたから確認しといて〜」

「……」


 返事はない。

 レリゴーと呼ばれた男は引き出しからピンセットを取り出し更なる分解を極めて慎重に作業を進めた。


「ねぇ、聞いてる? レリゴー」

「リアリー。今、俺は作業中だ。リズムが狂う」


 レリゴーのトーンは一定だ。

 リアリーを一瞥することなくピンセットを使い、ペンの内部に付着した微細な焦げを丁寧に取り除きスポイトでゴミを吹く。


「まったく……。お仕事お疲れさま」


 リアリーは慣れた手つきでコーヒーを隣のデスクに置き、その場を離れた。

 その音にレリゴーの眉毛がピクリと反応するが、視線をペンから外すことは無かった。



 メンテナンスが一段落したことで1度顔を上げて深く息を吐いた。周囲に人の気配はなく時計の短針は既に12を回っていたことに気づく。

 鼻を通して体に染み込んでくるコーヒーの香り。右手でカップを手に取り口に運んだ。

 数秒目を閉じて口の端を僅かにあげると、目を開いて整備を再開した。

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