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??謬の物語  作者: 筆折れ餓鬼太郎
第一部 エルロンワルツ
3/6

1-1-3

 私は居間のテーブルから移動し、魔術を使うために居間の中心に移動した。


「いくよ?」


 背後からついてきた両親に聞く。


「あぁ」

「まずは、『翼を得る魔術』ね」


 お父さんが答えた後で、お母さんが尋ねた。その眼はまだ赤く、目元が腫れている。


「うん」


 私はお母さんにそう答えてから、目を瞑った。


 体の中の体温の温もりとは違う不思議な暖かさを持った波と、その波の源である臍の下のあたりの位置に意識を向ける。私の意志に応じて少しずつ体内の魔力の波の向きとタイミングが変化し始めた。ここ何ヶ月も練習しただけあって、魔力操作は順調だ。


 私はそのまま魔力を丁寧に操り、背中に沿ってうなじまで流す。脊椎を節に、椎間を振動の腹にするような魔力の螺旋が伸びていくのを感じる。魔力が通った所がポカポカと温まってくる。

 やがて魔力の流れが聖痕の所に辿り着くと、「魔術を行使する」という私の意志に呼応して聖痕の翼が熱を帯び、閃光を放った。居間の床に私の影が伸びる。


 やがて聖痕の魔力は蔦が這う様な幾つかの筋となり、私の両腕へと延び始めた。肩越しに目を刺す閃光に顔を顰めながら確認してみたところ、アカリに見せて貰ったのと同じ若草模様だった。問題なく『翼を得る魔術』は行使できている。

 

 その模様は本数と密度を増やしながら私の両腕全体を包み込んだ。まるで私の両腕が表面を覆った蔦でできているような感覚が生まれる。慣れない奇妙な感覚に、少し冷や汗が伝った。


――大丈夫。アカリにたくさん聞いたから、魔術は正常。


 やがて両腕全体が暖かい感覚に覆われ、両腕を包んだ蔦が解かれて広がってゆく感覚が生まれた。私の腕が何か暖かい毛布で覆われているようだ。

 いや違う。翼になった両腕を、無数の羽根が覆っているんだ。


 一際強い閃光のあと、私の両腕を包んでいた光は抜け落ちた無数の光の羽になって一斉に宙に舞った。その中から、私の翼が姿を見せた。

 

 かなり幅広な、大きな白い羽だった。

 

 両腕を横に広げるつもりで手を伸ばせば、私の翼が音を立てて広がり、全容が明らかになった。


 白鳥とも鴎ともつかない、不思議な羽だ。

 前縁は真ん中あたりが一番突き出していて、両端に行くにしたがって緩やかに後退している。しかし鴎とは異なり、翼の後縁は白鳥の様だった。なにより、風切り羽が薄くなく、何かともこもこしている。

 ほんとにこんなので羽ばたいて効果があるのか、私は不安になった。


 左右の翼をゆっくりと確認した後、私は両親の方に向き直った。


 お母さんは両手を口の前に当てて頬を赤らめているし、お父さんは滂沱の涙を流していた。


「えぇ……?」


 予想外の反応に、私は面食らった。


「うぅっ、この間まであんなに小さかったうちの娘が、ついに、ついにぃ……!!」


 父は私を置いてけぼりにして男泣きを始めた。


「お母ぁさん、なんか言ってよ」

「やっぱりうちの子は天使ね、間違いない。異論は焼き払うっ!」

「あー、こっちもかぁ」


 お母さんはお母さんで意味の分からないことを口走っていた。口元を覆っていてよく聞こえなかったが、不穏なニュアンスだけは感じた。

 ともかく、二人が落ち着くまで待つか。私はそう思って翼を畳もうとした。


 その途端。


「ヒヨリ!?どうして畳んじゃうんだ、もっと見せてくれないか?減るもんじゃあるまいし」

「そうよ、せっかく素敵な翼なのに」

「うへぇ、面倒くさぁ……」


 私は仕方なく、再び二人の前で案山子になった。

 その後二人はいくつかの着替えや飾りひもを持ってきて、あれやこれやと私を飾り立てては品評し始めた。いつになることやらとうんざりし始めた私の背後で、玄関のドアが開いた。

 


「ごめんくださーい!ヒヨリー?まだ寝てるのー?」


 声の主は、幼馴染のアカリだった。


「丁度いいところに!アカリ!よかったら助け、て……」


 しかし、私の声は最後まで続かなかった。私の翼をみたアカリが衝撃を受けたように口を大きく開けて立ち尽くしていたのだ。やがてアカリの眼の奥に、怪しい炎が灯った。


「まってて!私もやる!」


 それだけ言い残して風の様に帰ってしまったのだ。


「そりゃあないぜ、アカリ!」


 思わず変な口調が出た。




 暫く三人は、あーでもないこーでもないと言って私を着せ替え人形にし続けた。半日近く経って私がヘロヘロになった頃に、二人はようやく落ち着きを取り戻した。というか最後はヒヨリが『翼を得る魔術』

 ちなみにお父さんは途中でつまみ出されて、泣く泣く仕事に向かった。


 途中で図らずもアカリにも私の聖痕を見られることになったが、彼女は私の聖痕を見て「練習が居るの?なら一緒に練習しよ!」とだけ言った。

 そんな幼馴染の普段通りの態度で、知らずに抱え込んでいた不安感がかなり軽くなった気がした。



「ごめんごめん、次は『空気を操る魔術』の番ね、ヒヨリ、使って見せて」


 お母さんが告げた。私は何事も無かったかのように振る舞うお母さんをジロリと見つめた。


「最初は小さくでいいからね。いろんなものを吹き飛ばしなねないし」


 アカリがそう付け加えた。


 私は重い体をわざらしくと引きずるようにして立ち、二人の前まで進んだ。足を肩幅に開いて立ち、再び体内の魔力に意識を向けた。先ほど同様に、問題なく魔力操作はできていた。


 しかし、ここからが問題だった。


 魔力が聖痕の場所に到達しても、私の位置に応じて起動するはずのもう一つのが殆ど反応しない。かすかに暖かくなっている、様な気がする程度しか反応がない。


 どれだけ念じても、どれだけ祈っても、やはり『空気を操る魔術』が反応してくれない。私の額に汗が伝い、きつく閉じた瞼を伝って滴った。

 無意識のうちに握り込んだ私の両腕に力が入る。足やお腹、肩や首や背中など、次第に全身に力がこもった。魔力の流れも意図的に強く大きくする。


 それでも、反応しない。



 突然、私の平衡感覚が狂い始めた。同時にに全身に急激な倦怠感が現れる。

 思わず見開いた視界は滅茶苦茶に歪み、回り、振動している。強い吐き気がこみあげてきた。


 堪らず四つん這いになった私に、アカリとお母さんが駆け寄った。


「ヒヨリ!?」

「大丈夫!?」


 お母さんは私の肩に手を回し、片膝を付いて私の背中を自分の足に乗せるようにしてを抱え起こした。


「魔力欠乏……?」


 私の症状や体内の魔力の状態を見て、お母さんはそう言った。


「どうして?おばさん、魔力は魔術で使わない限り減らないはずでしょ?」


 アカリがお母さんに聞いた。


「わからない。イメージが合っていないか、ヒヨリにあるのが『空気を操る魔術』じゃないのかも」

「でも、魔術が違ったら、そしたら……」


 アカリの言葉はそこで途切れた。だが三人の脳裏に浮かんだ考えは一致していた。




――ヒヨリは、空を自由に飛ぶことが出来ない。

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