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~ビアンカ・オルト男爵令嬢視点~
あの子の入学に合わせて上手く噂を流せたと思っていた。
わたくしが何もしなくてもあの子を偽物だと蔑み見下す下位貴族の令嬢たち。
これで学園中に噂が広がってあの子の居場所はなくなると思っていた。
なのにあの子は入学するなり公爵家の令嬢と子息と仲良くなり、いつも3人で楽しそうに過ごしていた。
それだってラグーナ侯爵家という名があるからこそ高位の貴族と付き合えるのであって、本来なら下位貴族とすら付き合える身分ではない子なのに。
ある日学園の食堂でディオリス殿下があの子に話しかけている姿を見かけた。
これもラグーナ侯爵家の名があるから・・・
わたくしがビアンカ・ラグーナと堂々と名乗ることが出来たら、王子の友人という地位を手に入れることもできたのに・・・
その光景を見た数人の令嬢が動いた。
"偽物""偽物は出て行け"とあの子の教室の黒板に大きく書いてきたと自慢気に話している声が聞こえた。
聞こえないフリして心の中でほくそ笑んだ。
それなのにすぐに見つかるなんて使えない令嬢たちだったわね。
彼女たちには謹慎が言い渡された。
貴族の令嬢が謹慎などと、この先彼女たちは恥ずかしくて社交の場にも出られないだろう。
勝手に彼女たちがやった事なのに、わたくしまで学園長室に呼ばれた。
『貴女がラグーナ侯爵令嬢のことを庶子だと偽物だと陰で言っていることは分かっています。ユティフローラ・ラグーナ嬢は間違いなくラグーナ侯爵と亡くなった夫人との間に生まれた娘です。貴方の虚言で彼女を貶めることは許しません。次に私の耳に入った時にはこの学園から去ってもらうことになりますよ』
まるであの子が本物みたいに言われ納得がいかなかった。
でもこの場で学園長の言葉を否定すると謹慎どころか退学になるのは見えていた。
悔しくて握りしめた手の平には爪の跡がくっきりとついていた。
これもラグーナ侯爵家の力をあの子が使ったに違いない。
おじさんにまで報告が入って注意を受けた。
『何度言えば分かるんだ?ビアンカは僕の娘なんだよ。ラグーナ侯爵家とは血の繋がりはない。ビアンカの髪の色も瞳の色も僕と同じだろ?』
同じじゃない!似ているだけだ。
でも保護者のおじさんに此処から追い出されたら行くところがないのもたしか・・・
お母様が帰ってくるまでは、おじさんの小言も耐えて我慢するしかない。
もうあの子を偽物だと、庶子だと広めるのは無理・・・
なら次はどうすればいい?
一日でも早くあの子を追い出したいのに、いい考えが浮かばない。
あの子に対する憎しみが増すなか、またもや食堂でディオリス殿下があの子達と同じテーブルで楽しそうに会話をしながら食事をしている姿を見かけた。
ディオリス殿下もオーラント子息も見目麗しい男性だけれど、レグルス様と比べると幾分か落ちる。
レグルス様を知った後では彼らに興味も湧かない。
社交界で一度お見かけしてから、彼を目当てに社交の場に参加するようにしているけれど、あれ以来まだ会えていない。
次に会った時に私の存在を教えて差し上げるつもりなのに・・・わたくしと結婚すればラグーナ侯爵家を継げるという事を。
考えに浸っていると遠くから食器の割れる音が聞こえた。
あれはブリジック嬢?
『ごめんなさいね~。でも貴女が急に立ち上がるからよね?』
遠くにいても聞こえるブリジック嬢の大きな声は食堂にいた生徒たちの注目を集めていた。
ずっとあの子達の席を窺っていたのか周りからは『あれってワザとよね』『お可哀想』『いくら何でもあそこまでする?』と同情的な声がする。
よく見るとプラチナゴールドの髪が汚れている。
あの子にムカついていたのはわたくしだけではなかったのね。
それに男子学生の上着を羽織っているって事は、制服も汚れているのね。
でも背筋を伸ばしブリジック嬢に礼をする姿はまるで・・・まるで気品に溢れる高貴な身分の方のような・・・錯覚に陥った・・・他の生徒もあの子に見惚れているのが分かる。
周りの非難の目も声にも気付いていないのか、まだディオリス殿下に話しかけているブリジック嬢を殿下は冷めた目でひと睨みしてから席を立った。
ポツンとその場に取り残された彼女を取り巻きすら今の彼女に近寄ろうとしない。
同類に見られたくないのだろう。
普段からブリジック嬢が傲慢で下位貴族を見下した所があるのは二学年の生徒なら誰もが知っている。
はっきり言って嫌われている。
でも、ブリジック侯爵家の令嬢だから彼女に苦言を呈す人はいない。
わたくしはラグーナ侯爵令嬢と認められてもブリジック嬢のようにはならないわよ。
お父様にもレグルス様にも嫌われたくないもの。
ブリジック嬢は気に入らない人をとことん虐める令嬢だし、わたくしが何かする必要はなさそう。
その間に少しづつ裏で味方を増やしていけばいい。
本当はディオリス殿下をわたくしの後ろ盾にする計画だったのに・・・上手くいかなかった・・・
「大丈夫ですか?顔色が悪いですよ」
「え?」
突然後ろから声をかけてきたのは赤いネクタイをしているから同級生だろうけれど見かけたこともない男子学生だった。
「失礼しました。明日からこの学園に通うので下見に来たんです。ソルトレグス帝国から留学してきたハリスン・バロアーと申します」
金色の髪は短髪でエメラルドのようなグリーンの瞳の物凄い美形。
それに背も高く引き締まった身体。
「ご心配おかけしました。大丈夫ですわ。よろしければ学園をご案内致しましょうか?」
「ありがとうございます。少し不安だったのでお願いしてもよろしいでしょうか?」
「ええ」
立ち上がってトレーを持とうとしたら自然な手つきで片手でトレーを持ち、もう片方の手はわたくしの手をすくい上げるように掴んだ。
まるで洗練された大人の紳士のよう。
顔を見上げると優しく微笑まれドキリとした。
周りの令嬢からも黄色い悲鳴が聞こえる。
わたくしは優越感に浸りながら食堂をあとにした。




