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プロローグ 出会い


 少女──アルビリム・ドミレアはひどく退屈していた。


 何をしてもさして楽しくない。

 何をしてもさして面白くない。


 これといって熱中できる物もなく、かといって特に何か秀でた才があるわけでもなく。

 生まれつき大抵のことは人より少しばかり上手くできたが、しかしそれは人並みの範疇を出るものではないと、アルビリムは誰より理解していた。


 街の子どもたちが外の魔物から身を守るため一律で学ぶ戦う術を利用して、暇潰しに剣の鍛錬がてら単独で街の周囲の魔物を狩る毎日。

 友人に誘われてパーティを組むこともあったが、一つのミスで他者に迷惑をかけかねないパーティ狩りは、アルビリムにとってあまり好ましいものではなかった。


 だから、毎日毎日一人でさほど強くもない魔物を流れ作業のように狩り続け、オマケのように小銭を稼ぎ、ただ何となく生きている。


 ──退屈だ。



 今日も今日とて周囲のモンスターを駆逐し終えたことを確認して、いつものように冒険者ギルドに戻り報告を行った時だった。


「あ、君ってあの(・・)アルビリムでしょ?」

「そうですけど……」


 そう声をかけられて、内心で顔をしかめる。


 初対面でのなれなれしい物言いも不満ではあったが、何より、自分の名がおかしな方向で広く知られてしまっていることが分かっていたからだ。


「やっぱり! ねぇ、僕とタイマンしようよ!」


 ──あぁ、出た。


 げっそりしたくなるのを抑えて微笑みを取り繕いながらも、本当は今すぐにでも真顔で申し出を断りたい気持ちでいっぱいだった。


「あー……はい、一試合でよろしければ」

「もちろん! じゃあ早速仮想修練場(バトルルーム)に行こうか!」



 さて、予め説明をしておくと、タイマンとは言葉の通り一対一での戦いのことだ。

 だがそれはただの喧嘩とは違い、きちんとしたルールのある……簡単に言うと、冒険者達の中に存在する遊びだ。



 各ギルドには、クエストを仮想体験できる仮想修練場──通称、バトルルームが存在する。

 この修練場では街外の環境をごく現実に近い形で体験することができ、モンスターの出現度合いや体験したい場所まで選択可能なため、よくクエスト初心者や未経験者がモンスター討伐や薬草採集クエストなどの練習として使っているのだが……このバトルルームの最も優れたところは、何度でも死ねる(・・・・・・・)ところにある。


 どれだけ現実に近くともあくまでも魔法を利用した仮想空間に過ぎないため、仮に仮想モンスターの攻撃などで死亡してしまったとしても、全回復した状態で所定の位置からまたクエストを再開……つまり“リスポーン”すればいいだけなわけだ。


 そのシステムを利用し冒険者同士が一定時間に互いをどれだけ倒せるかを競う──つまり、冒険者同士の本気の殺し合い(・・・・)


 それが、タイマンなわけである。



 しかしアルビリムは、そのタイマンが大嫌いだった。



「私の、勝ちですね」



 タイムアップのブザーを聞き届けて、少女はそう呟く。


 互いに殺した(キル)数ゼロ、死んだ(デス)数ゼロ。

 勝敗を分けたのはただ一つ、“リスポーン回数”だ。


 たとえば相手の剣を叩き落とし首元に剣を突きつけた場合や、相手の片腕を切り落とし戦闘続行が困難な状況にした場合など。

 システム上はキルやデスの扱いにはならないが、互いの判断により“死んだ”ものとして死んだ側がリスポーンを行い、戦闘を再開する。


 要は、“殺すまでもなかった”わけだ。


 今回の相手は3分で4回降参を行った。

 その情報だけで、アルビリムにとってこれがどれだけつまらない試合だったか語るには十分すぎるだろう。



「ありがとうございました」

「あ、あぁ。今日は少し調子が良くなかったかな? また出直すよ、すまないね」



 そう言って、今回の対戦相手はそそくさと去って行って。



「……冒険者たるもの、一試合終わったら礼くらい言えないもんかね」

「おーおー、相変わらずぶすくれてら」


 相手の姿が見えなくなってから一つ舌を打つアルビリムの方へとにまにましながら近付いてきたのは、茶髪に眼鏡の男だ。

 オールバックを基本として左右の髪を僅かにアシンメトリーに垂らした男は、容姿だけ見れば爽やかに見えなくもないが……。


「ロロさん、そうやって人を子供扱いするの、良くないと思うよ」

「まあ俺から見たらガキだからねぇ」

「私もう十八なんですけど。三年も成人済みのれでぃですけど」

「十五も歳の下のコなんていつまで経ってもガキだよ」


 ──からからと笑う男は、相も変わらず性格に難ありと言わざるを得ない。


「それで? 今日は何の用?」

「んー? 目をかけてる冒険者の様子を見に来ちゃいけないかい?」

「嘘つき。どうせ暇潰しにパーティ組みに来ただけのくせに」

「分かってるのに訊いたんだ。手間が好きだねぇ」

「鼻フックしていい?」

「ごめんて」


 そんな軽口を叩き合いながら、アルビリムとロロはそれぞれ、自分の手首に着いたリングに魔力を流した。


「にしても、便利な世の中になったよねぇ」


 魔力を流した瞬間リングから現れた操作画面を弄りながら、ロロが言う。


「コイツのお陰でパーティ成立もお手軽、面倒な書類手続きもポチポチ簡単操作に変更、オマケに自動で魔力を読み取って生存確認してくれると来た!

 お陰様で冒険者の救助成功率も上がって有り難い限りだねぇ」

「何? ステルスマーケティング?

 ロロさんいつの間に魔法研究所の回し者になったの?」

「ホワイトならそっちに転職してぇな〜……」


 どこか遠くを見つめるロロは、自身の本職を思い出しているのだろう。

 「たまの休みくらい冒険者なんてせずに休めばいいのに」と言いかけた少女だったが、前に同じようなことを言って「たまの休みだからこそストレス発散しないと死ぬ」と死んだ目で返されたことを思い出し口をつぐんだ。


「あぁ、でも……アビィちゃんにとってはこのリングは厄介者か」


 ふと我に返ったらしいロロにそう告げられ、アビィ──というあだ名で呼ばれているアルビリム──は、今度こそ思いきり顔をしかめた。


「……本当にね」

「あはは、そんな嫌そうな顔しないでよぉ」

「クエストタイム公表システムなんて誰が考えたんだか……」


 リングは装着者の街の出入りを感知できる。

 つまり誰がどのくらい長時間街外(ががい)にいるのかギルドは把握できるのだが、なんとこれ、一週間の内、街外にいる時間が八十時間を超えると、他の冒険者からも確認できるようになってしまうのである。


「元々は人気な冒険者が色んなパーティに引っ張りだこになり過ぎて倒れたりするのを防ぐためにできたシステムらしいし、街外にいても睡眠中とかはタイマーストップされるんだからよくできてると思うけどね」

「いらないよこんなシステム! 面倒事しか呼び寄せないんだから!」

「まあまあ落ち着きなよ。過労ランキング殿堂入りなんて名誉なことじゃん」

「クエストタイムのこと過労ランキングって言うな!」


 ──そう。私はその公表されているデータの中で、常に首位の記録を保っているのだ。保ってしまっているのだ。

 その数字が桁外れだとか何とかで、周りからは“過労のアルビィ”などというふざけた二つ名で呼ばれる始末。

 しまいには興味本位の冒険者からはタイマンを申し込まれることすら多々あるのだから、本当にたまったものではない。


「しかもタイマン申し込んでくる相手、つまんないのしかいないし」

「今回アビィちゃんと戦ってた相手、中堅冒険者くらいではあったと思うけどね」

「つまんないもんはつまんないの」

「そんなに言うなら、“ランカー”にでもタイマン頼んでみたら?」

「は?」


 アルビリムは、反射的にロロを睨みつけた。


「ロロさん、私が“ランカー”嫌いって知ってるよね?」

「……ごめんって、そんな怒んないでよぉ」

「はぁ……もうさっさとクエスト行こ」

「はいよ」


 そう言ってアルビリムがバトルルームから出ようとした、その時だった。


「わぶっ」

「おっと」


 比較的小柄なアルビリムが、入口の陰から現れた誰かの胸板に顔面を強打した。


「すみません、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です……」


 アルビリムは、まさか「胸筋で鼻へし折られるかと思いました」などと言えるはずもないまま目の前の男を見上げると、そこには青紫の髪を短いポニーテールにまとめた男が立っていて。


「よかった〜、すみません。ちゃんと前見てなくて」

「あ、いえ。こちらこそすみません」


 そう謝罪しながら、アルビリムは少し面食らっていた。いや筋肉はツラに食らったがそうではなく。


 見た感じそんなに胸筋が発達している訳でもなさそうだが、筋肉が引き締まっていて更に体幹がかなりしっかりしていなければあの威力は出ないはずなのだ。

 少し痛む鼻先を擦りながら、目の前の男は結構な実力者ではないのかなんてアルビリムがぼんやり考えていると、男が「あ」と口を開いた。


「そういえば、今お二人ってバトルルームから出てこられましたよね? もしかして、“タイマン”ですか?」

「あー、俺はやってないっすね。こっちのちっこいのがやってたんすよ」

「ちっこいの言うな」


 アルビリムが再びロロを威嚇しかけたところで、しかし目の前の男がニコリと笑んだのを見て、アルビリムは固まってしまった。嫌な予感がしたのだ。


「なら是非、僕ともタイマンしませんか?」

「あ〜……」



 ──なんだ、コイツもか。



 アルビリムは失望した。わざわざタイマンを申し込んでくるやつは大して強くないとよく知っていたから。

 一瞬強い人なのかと考えていたために、その失望はいつもよりも深かった。


「すみません、今からこっちのロロとパーティでクエストする予定なので」

「……そうでしたか」


 残念そうな表情の男を見てアルビリムが胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。

 しかし、直後男はまた微笑んで口を開いた。


「ではそのパーティ、僕も参加させていただけませんか?」

「え、あ、それは……ロロさんに聞いてもらわないと……」

「ん? いいっすよ?」

「えっ」

「ありがとうございます!」


 軽いノリで承諾したロロと笑顔の男に、アルビリムは言葉を失った。アルビリムは初対面の相手とのパーティが苦手なのである。


「よろしくお願いしますね!」

「よろしくです〜」

「よろしく、お願いします……」


 ……断る役をロロに押し付けようとした自分が悪いので何も言えないまま、アルビリムは出来る限り自然に見えるように微笑んだ。







 ──この出会いが彼女の運命を大きく変えることなど、露ほども知らないままで。



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