63話 子供と子供達の環境と
「このガキ! さっさと盗んだものを出せ!」
大きな声をした方を見ると、露店の店主が子供の手を掴んで、強い調子で睨みつけていた。
周囲の人達は、何事かと遠巻きに様子を見ている。
「私は盗んでなんかいねえよ!」
子供は……10歳くらいか?
手入れのされていない跳ねた髪。
服もほつれていて、汚れている。
ただ、将来は男泣かせの美人になるだろうな、という輝くものを感じさせた。
「嘘吐くな! お前、ずっと俺の屋台を見ていただろ」
「あ、あれは……うまそうだな、って思っていただけで……」
「だから、隙を見て肉串を盗んだんだろ? 数えてみたら数が合わないんだよ」
「ちげーよ! 盗んでなんかいねえ!」
「なら、なんで数が合わない」
「知るかボケ!」
口の悪いガキだな。
「あの子、セイルみたいだね」
やめろ、言うな。
さすがに少し反省した。
「ねえ、セイル……」
「はぁ……めんどくせえ」
頭をがしがしとかいた。
それから、揉める二人のところへ。
「ちといいか?」
「なんだ、お前は?」
「ただの通りすがりだ。その消えた肉串の代金は俺が払ってやるから、そこのガキは解放してやれ」
「あんたが? ……いや、ダメだ。こいつらは、前々からこういう悪いことをしているんじゃないか、っていう噂が続いていてな。こういう機会に、しっかりと立場をわからせてやらないといけない。絶対にまた同じことを繰り返す」
「なんで言い切れるんだよ?」
「親のいない子供なんて、ろくな育ち方をしないさ」
あー……
なんとなく構図は見えてきた。
……つまらねえ話だな。
「じゃ、このガキがやってねえ、って証明すりゃいいんだな?」
「できるものならな。もっとも、犯人はこいつ以外にいないから……」
と、その時。
笛が鳴るような高い音。
鳥の鳴き声だ。
一羽の鳥が素早く降下してきて……
「えっ」
露店に置かれている肉串をかっさらっていった。
あまりに鮮やかな手口に感動するほどだ。
「……」
「で?」
「……え?」
「犯人、別にいたぞ」
「あ、いや……ま、紛らわしいことをするな!」
店主は子供から手を離すと、逃げるように店の影に移動してしまった。
やれやれ。
ちと苛つくが、さすがにあれくらいでぶん殴るわけにはいかねえか。
「おぉ……ありがとな、兄ちゃん! 私のことを助けてくれて」
「助けたわけじゃねえよ。目の前で騒がれてうるせえから、とっとと収めただけだ」
「なんだよ、兄ちゃん。素直じゃねえなあ」
「お前こそ口が悪いな」
「兄ちゃんに言われたくねえよ」
にひひ、と笑う子供。
懐かれてしまったみたいだ。
「セイル、今のって……」
「秘密だ」
チェルシーがやってきて、疑問の視線をぶつけてきた。
それ以上は言わないように、目で合図を送る。
さっきの鳥の存在は最初から把握していた。
露店の肉串を狙っていることも理解していた。
その上で放置して……
あえて肉串を盗ませた。
この話を聞けば、店主は再び怒るだろうが……
ま、他に子供の無罪を証明する方法は難しいからな。
下手に疑った自分が悪いってことで、店主にはいい教訓になっただろう。
「姉ちゃん、兄ちゃんの彼女か?」
「えっ!?」
チェルシーがぼんっと赤くなる。
やめてやれ。
今まで冒険一筋だったから、そういう話は慣れていないんだ。
「ただの仲間だ。ませたガキだな」
「へぇ……なら、私が兄ちゃんの彼女になろっかな♪」
子供は笑顔で抱きついてきた。
引き剥がす。
「うっとうしい」
「えー」
「だから、ガキのくせにんなこと言うな」
「あと十年も経てば、私も絶世の美女になるかもしれねえだろ? そうなったら、兄ちゃんも嬉しいだろ」
「ガキはいつまでもガキだ」
「ちぇ。素直じゃない兄ちゃんだなあ。ま、いいや。それよりも、兄ちゃんと姉ちゃん、時間ある? このままさよなら、ってのは、さすがにダメだからさ。ウチに来てくれよ。大したものはないけど、少しは礼をさせてくれ」
「いや、俺達は……」
「まあまあ、いいじゃない、セイル。この子、すごく良い子だから、素直にお言葉に甘えましょ。えへ、えへへへ♪」
「お、おい。チェルシー?」
なぜかご機嫌なチェルシーに押し切られる形で、子供の家に向かうことに。
「あ、ちなみに私はアルルってんだ。これからは、ちゃんと名前で呼んでくれよ?」




