62話 デート
翌日。
俺達は、まだ師匠の屋敷に滞在していた。
というのも、宿が決まっていないなら泊っていけばいい、と誘われたからだ。
師匠が優しいとかマジか?
今日は槍が降るんじゃないかと戦々恐々としていたが、空は青く快晴だ。
まあ……
なんだかんだ、あの人、面倒見がいいんだよな。
俺が弟子入りした時も、適当にあしらえばいいのに、普通に最後まで付き合ってくれたからな。
「とはいえ……師匠の顔を見た以上、滞在を延長する理由はねえんだよな」
あてがわれた客室で、窓から街を眺めつつ独り言をこぼした。
この街にやってきたのは、噂の聖女様を見るため。
その目的は達成された。
噂の聖女様が師匠ってのは意外だったものの……
それ以上、なにかする予定はない。
「まあ、ユナやアズ達は師匠に懐いてるみてぇだから、急いで出ていく必要もないけどな」
二人は師匠と仲良くお出かけ中だ。
一緒に買い物をするらしい。
師匠の表の顔しか知らねえから、ああやって懐いているんだろうな。
「……そうでもねえか」
純粋ではあるが。
ユナとアズは、それなりに過酷な人生を送ってきているため、人を見る目は養われているはずだ。
無条件で懐いているわけではなくて。
きちんと相手の本質を見抜いて、それで心を預けているのだろう。
「ま、気晴らしの旅行と思って、しばらくはのんびりさせてもらうか」
ここしばらく、仕事ばかりだったからな。
たまにはこういうのも悪くない。
俺は椅子に座り、本を開いて……
「セイル!」
平穏な時間はすぐに打ち破られた。
「んだよ、うるせえな……」
「あれ? セイル、本なんて読んでいるの……? えっ……まさか、このセイルは偽物!?」
「おいこら」
「あはは、ごめんごめん。ちょっと……ううん。かなり似合わないから、つい」
「フォローになってねえ」
「でも、セイルは勉強熱心だもんね。クライブのパーティーにいた頃も、時間を見つけては勉強をして、夜遅くまでがんばっていたし」
「なんで知ってるんだよ」
「えっ? そ、それは、えっと……そ、それよりも!」
ごまかすような感じで、チェルシーは大きな声で言う。
「今日も、こんなにいい天気なんだもん。私達もお出かけしよう?」
「断る」
「なんでよー!?」
「俺は本を読みたい。それと、面倒だ」
「枯れたおじいちゃんみたいなことを言って……ほら、行くよ!」
「おいっ、こら!? 引っ張るんじゃねえ!」
――――――――――
「んーーー、やっぱりいい天気だね! それに、潮風が新鮮な感じで気持ちいい!」
笑顔でぐぐっと伸びをするチェルシー。
……結局、強引に連れ出されてしまった。
くそ。
のんびりするつもりだったのに。
「で……どこに行くんだ?」
「特に目的はないよ」
「は?」
「ふらふらって散歩しつつ、街を見て回りたいな、って。そういうの、楽しくない?」
「めんどくせえ」
「もう。相変わらずだなぁ、セイルは」
チェルシーは苦笑しつつも、どこか嬉しそうだ。
散歩が楽しいのかね?
しばらくチェルシーと一緒に歩く。
チェルシーは子犬のようだ。
楽しそうなものを見つけては顔を輝かせて見に行って。
露店で売られている美味しそうなものを見つけては食べる。
笑顔の花が咲いていた。
……ま、これはこれで悪くねえか。
「ねえ、セイル」
それなりに散歩をして、ふと、チェルシーが問いかけてくる。
「そのさ……あたし達、他の人から見たらどう見えるかな?」
「あ?」
「えっと、ほら! なんとなく、なんとなくだけどね!? 今のあたし達、どんな風に見えるのかなー、って」
「んなもん決まってるだろ」
「どきどき、わくわく」
「治癒師と魔法使いだ」
「……」
チェルシーが死んだ魚のような目をした。
どうした?
それから、特大のため息。
「やっぱり、セイルはセイルだよね……」
「よくわからねえが、失礼なことを言われたのはわかるぞ」
……そんなやりとりをしつつ、さらに散歩を続けて。
「このガキ! さっさと盗んだものを出せ!」
ふと、そんな怒鳴り声が聞こえてきた。




