61話 女性は二つの顔があるらしい
ひとまずの歓待が終わり。
師匠の勧めで、泊まっていくことになり。
ユナとアズは海水浴で疲れたらしく、一足先に部屋に。
チェルシーは、師匠が個人的な趣味で集めている魔法書に興味があるらしく、書庫へ。
そして……
「……」
「……」
客間に俺と師匠だけが残された。
茶を飲む。
俺の手、震えてないか……?
「ふぅ……」
師匠が吐息をこぼす。
瞬間、その身にまとう雰囲気ががらりと変わる。
「どうですか、私の演技は?」
「素の第一声がそれかよ……」
「なかなかのものでしょう? 今の私なら、演者になれるかもしれませんね。スカウトが来たらどうしましょう?」
「そうだな、来るかもな」
ヒュンッ、となにかが飛んできて俺の頬をかすめた。
師匠が投げたティースプーンだ。
「適当な相槌は感心しませんね。私、傷ついてしまいますよ?」
「今の戯言程度で傷つくようなやわな心じゃないだろ、師匠は。全力でぶん殴っても壊れないような、むしろ相手の拳を傷つけるような鋼鉄のハートの持ち主で……」
「あらあら。そんなに口の悪いことを言うと、ぶち殺しますわよ♪」
「……」
師匠の本気を感じて、俺は黙った。
これだ。
これが師匠の本性だ。
一見すると清楚でおしとやか。
外見は、絶世の美人であることは認める。
ただ、かなりの性格破綻者なのだ。
日常会話で、当たり前のように『ぶち殺す』とか『地獄を見せる』とか、そんな物騒なワードが出てくる。
そして、その通りに実行することが多い。
中身は、かなりやばいヤツなのだ。
「悪かった……俺が悪かったから、やめてくれ。さすがに、まだ死にたくない」
「そうそう。素直に謝ることは大事ですね。素直な弟子を持って、私は幸せものです」
「はぁ……」
ほんと、パッと見は聖女らしいんだけどな。
以前は、もう少し口調が荒かったような気がするが……
それでも、本質はなにも変わっていないみたいだ。
俺は口が悪いとか言われるが、それ、絶対に師匠の影響だよな。
なにせ、口を開けば『ぶち殺す』とか言う人だからな。
「今、なにか?」
「なんでもねえよ」
そして勘もいい。
「とはいえ……」
師匠らしからぬ優しい顔に。
「本当に久しぶりですね。再会できたことは、素直に嬉しく思いますよ」
「……まあ、な」
「あら。照れているのですか?」
「んなわけねえだろ」
「ふふ。そういうことにしておきましょうか」
「ちっ」
本当にやりにくい。
親のような存在でもあるから、なにをしても勝てる気がしない。
「ところで、どうしてここへ?」
「噂の聖女様を見に来たんだよ。ま、その聖女様が師匠とは思わなかったが」
「素敵でしょう?」
「ほざけ」
「まあ、口の悪い弟子ですね。私、傷ついてしまいますわ」
「悲しそうにしつつ殺気をぶつけてくるな……」
普通に怖いぞ。
「それで、実際に聖女を見てどう思いましたか?」
「ま、納得だな。師匠が聖女ってなら、あれだけ噂になるのは当然だろ」
こうして、わりと普通に話をしているが、これは運がいい方。
機嫌が悪い時は、なにも言わず拳が飛んでくることもある。
けっこうな性格破綻者ではあるものの……
治癒師としての実力は確かだ。
世界で唯一、俺が敵わないと思う相手。
そんな師匠が聖女をやっているのだから、あちらこちら噂になるのも納得だ。
「……そうですか」
ん?
今、若干、陰りのある表情を見せたような……
「ってか、似合わねーことしてるな」
「似合いませんか?」
「すごく」
「……そうですね。私もそう思いますよ」
師匠は苦笑して。
遠い目をして。
……その瞳には、いったいなにを映しているのだろう?
師匠は今、なにを見ているのだろう?
疑問が浮かぶ。
しかし、それを口にして問いかけることはできなかった。




