60話 師弟の再会
海水浴はほどほどのところで切り上げて。
その後、とある屋敷に場所を移した。
「「ほぁー……」」
なんで、ユナとアズがついつい間の抜けた声をあげてしまうくらい広い屋敷。
先の女性に招待された先だ。
俺は、家がでかいっていうだけで驚くことはない。
んなことを言えば、象の家だってでかいだろうに。
チェルシーは、クライブのパーティーにいた頃、貴族の社交界に何度も招かれていた。
ルルカと一緒に参加することも多く、これくらいの光景は見慣れているから平然としたものだ。
ただ……
「ちょっと、セイル」
「あん?」
「セイルのお師匠さんがあの癒やしの聖女様なんて、あたし、知らなかったんですけど」
「あ、それあたしも聞いていない!」
「セイルさん、内緒事ですか?」
「揃って問い詰めてくるな。俺だって、こんなことになってるなんて知らねーよ」
師匠だぞ?
あの師匠が癒やしの聖女様とか呼ばれているなんて、誰が想像できるか。
なにせ師匠は……
「お待たせいたしました」
絶妙なタイミングで私服に着替えた師匠が戻ってきた。
自然と話は流れてしまうが、偶然か?
いや。
たぶん、どこかで様子を見ていたのだろう。
俺に都合の悪いことを言われないように、タイミングを見て登場したのだろう。
そういう人なのだ。
「こちらへどうぞ」
師匠の案内で客間へ。
すでに茶や菓子が用意されていて、女性陣が目を輝かせる。
「ささやかなものですが、よかったらどうぞ」
「「……」」
双子が「いいの?」という感じでこちらを見た。
「公式の場じゃねえし、気にすんな。好きに食べていいんじゃね」
「「やったー!」」
ユナとアズは、喜んで茶と菓子に手をつけた。
俺とチェルシーは茶を飲みつつ、師匠と話をする。
「改めて……久しぶりですね、セイル」
「ああ……だな。十年ぶりくらいか?」
「それと、はじめまして。あなたがチェルシーさんですか?」
「えっ!? あたしのこと、知ってるんですか?」
「はい。セイルからの手紙に、あなたのことがよく書かれていたので、見てすぐにわかりました」
「へぇ……あたしのことが手紙に」
やめろ。
ニヤニヤとした表情でこっちを見るんじゃねえ。
「っと……申しわけありません。まずは、私が名乗るべきでしたね。私は、エヴァ・グレイス。この街で治癒師をやっていまして……恐れ多いことに、『癒やしの聖女』などと呼ばれています。そして、セイルに治癒のなんたるかを教えた師でもあります」
「やっぱり、セイルのお師匠さんだったんだ」
「でもでも、私、最初はまったく気づきませんでした」
ユナが菓子を食べつつ言う。
「セイルさんのお師匠様なら、すごい治癒師だろうから、『癒やしの聖女様』っていうところは納得できたんですけど……」
「なんていうか、聞いていた話と違うわよね」
おい、やめろアズ。
それ以上言うな。
「セイルの話だと、けっこうがさつというか乱暴というか……そんな感じの性格?」
「そうそう。ユナちゃんとアズちゃんも、似たようなことを聞いていたんだ? あたしも、『師匠は怪獣みたいな存在だ』とか言っていたのを聞いたわ」
「ぜんぜん違いますよね。セイルさん、照れてごまかしていたんですか?」
お前ら、やめろ……マジで。
「ふふ。楽しい話ですね……ねぇ、セイル?」
「あ、あぁ……」
にっこりと笑う師匠。
ただ、心は笑っていない。
三人に気づかれないように、器用に俺だけに『殺気』をぶつけてきた。
くっ……
久しぶりに、過去、徹底的にしごかれた地獄の鍛錬の日々を思い出した。
あの時の苦痛、恐怖が蘇る。
勇者だろうが魔王だろうが、気に入らない相手なら殴り倒すつもりではあるが……
唯一、師匠にだけは勝てる気がしない。
「久しぶりの師弟の再会ですからね。後で、二人で話をしましょうね? ……二人で」
「……そ、そうだな。たまには、そういうのも……悪くねえな」
俺は今、死刑を宣告された犯罪者のような気持ちだった。
果たして、無事に帰ることはできるのか……?




