6話 助けるためにこの腕はある
「セイントウォーター」
「は?」
念の為、魔法で手を清めると、なぜか驚かれた。
「今の、水魔法よね……? しかも、聖水を生み出す、っていう」
「ああ、そうだ。肉体に触れるわけじゃないが、相手は厄介な道具だ。念の為、あらかじめ浄化しておいた方がいいからな」
「気軽に言わないでよ!? なんで、聖水を生み出す魔法が使えるわけ!? それ、聖女様専用の魔法でしょ!?」
「そう……なのか?」
初耳だ。
でも、そんな貴重な魔法ということはないだろう。
「ちょっと珍しいかもしれないが、普通の魔法だろう。俺が使えるくらいだからな」
「よくわからない自己評価の低さと、やっていることの規格外と、あんた、なんでバランスがそんなチグハグなのよ!?」
「俺は、平均を地で行く男だぜ」
「あんたが平均だったら、この世界、とんだバランスブレイカーよ! 普通の魔法も使えるとか……ありえないんだけど」
なにを納得できないのだろう?
きちんとした設備が整っている場所なら、憂いなく完璧な治療ができる。
しかし、いつも万全の体勢で治療に挑めるわけではない。
時に戦場で治療をしなければならない。
そういう時、綺麗な水は必須だ。
他にも、消毒のための火なども必須だ。
「だから覚えたんだよ。設備がないから治療できませんでした、なんて言い訳、治癒師としてめっちゃ情けないだろ? 自分の力量不足を吐露するようなものだ」
「だからって、適性のない人が簡単に魔法を覚えられるわけがないわ!? 魔法っていうものは、適性のある者が死ぬほどの努力を得て、ようやく習得できるものなんだから」
「そうなのか? 三分で習得できたぞ」
「さっ……!?」
「師匠がよかったからな」
チェルシーに教えてもらったら、本当に三分で習得できた。
あの時もチェルシーも奴隷商人と同じ反応をしていたが……
単に、彼女が優秀な魔法使いだった、というだけだろう。
「いいから落ち着け。これから治療を始めるぞ」
「あ……うん。その……妹をお願い」
「ああ」
女の子と向き合う。
この子を縛るのは首輪と……それだけじゃないな。
手足を縛る鎖からも、嫌な魔力が発せられている。
こちらも呪だろう。
「……なるほど」
厄介な呪いだ。
下手に手をつければ、爆弾のように連鎖して、一気に呪いが解放される仕組みだ。
「ど、どうするの……?」
「こいつは、ミスすると連鎖的に呪が起動する。一度でも失敗すればアウトだ」
「そ、それじゃあ……」
「焦るな。ま、パズルのようなものだ。正しい手順で順番に解除していけばいい」
「でも、とても複雑なんでしょ? そんなものを、専門家じゃないあなたが見抜くなんて……」
「なに言ってやがる? 俺は、専門家だぜ」
「えっ」
「呪なんて、治癒師の天敵のようなものだからな。その辺りの知識もバッチリ詰め込んでいる。まあ、見てろ」
浄化水を更に生成。
足りなくなるという事態を確実に避ける。
それから、首輪に手を伸ばす。
本当は殴り壊したいところだが、さすがにそんなことはできない。
指先から魔力を伝えて、順番に首輪にかけらえている魔力を相殺していく。
さきほど、火の魔法を水の魔法で消したような感じだ。
呪が消えたところで、異物となる首輪の破壊。
そして、一気に解除。
「で、最後に淀んだ魔力を浄化すれば……終わりだ」
「え? ま、まだ五分も経っていないけど……お、終わったの……?」
「慣れているからな、こういうことは」
クライブ達は、後先考えることなく、宝箱を見つけたら飛びついて装備して、呪いのアイテムにも次々と手を出していたからな。
解呪は慣れたものだ。
「終わったぜ」
「ちょ、ちょっと見せて!!!」
女の子は慌てて駆け寄ってきた。
「すごい……首輪は完全に取れていて、それに、顔色もよくなって……」
「これで奴隷契約も呪いも、全部、解呪できた。体調は落ち着いてきているな。体調を回復させるための薬は……必要なさそうだな。熱も下がっているし、呼吸も安定した。これなら、しばらくすれば目が覚めるだろう」
「そっか……そっか。ユナは助かるのね……よかったぁ、ふえぇえええええーーーん」
ずっと我慢していたのだろう。
女の子は泣き出してしまう。
「泣くな。俺は、ガキの泣き声が苦手なんだ」
「とか言いながら、あ、頭、撫でる、なぁ……ひっく、えっぐ」
「うるせえな、体が勝手に動いているんだよ」
「やっぱ、撫でて……うぇえええ」
「どっちなんだよ、ったく」
「……セイル」
女の子は、涙で顔を濡らしつつ、こちらをまっすぐに見た。
「ありがとう……あなたを信じてよかった」
「だから泣くな、ガキの涙は嫌いだ。それに……癒したのは俺の仕事だからな」
苦笑しつつ、女の子が落ち着くまで頭を撫でた。
それから、今度は女の子の首輪と鎖……呪いも解呪して。
そうしたところで、寝ていた子が目を覚ます。
「ん……あれ、私……?」
「ユナ!」
「きゃっ、お姉ちゃん……?」
「よかった、よかったよぉおおおおお……ユナ、死んじゃうかと思ったぁあああああ……」
安堵で再び泣き出してしまう。
「ど、どうしたの、お姉ちゃん? そんなに泣いて……って、あれ? 私、鎖が……」
「全部、解呪した」
「あなたは……」
女の子はこちらをじっと見て……
それから、丁寧に頭を下げる。
すぐに状況を察したらしい。
賢い子だ。
「助けていただいて、ありがとうございました。あなたは、私達の恩人です。ほら、お姉ちゃんも」
「う、うん……ありがとう。あと、最初に疑うようなことを言ってごめん……」
「気にすんな。俺はただ、やりたいことを勝手にしただけだ。わざわざ礼を言うことはねえよ」
「「……」」
二人は、ぽかんとして。
それから、くすりと笑う。
「お姉ちゃん。私、知っているよ。こういう人のこと、ツンデレっていうんだよね」
「そうね。立派なツンデレね」
「おいこら」
不名誉な称号を勝手につけるな。
「あ……ごめんなさい、名乗りもしないで。私は、ユナ・ユーグリッドです。見ての通り、エルフです」
「あたしは、アズ・ユーグリッド。ユナの双子の姉よ。あ、エルフだけど、歳は見た目通りの16歳よ」
「俺は、セイル・セインクラウス。駆け出しの冒険者で、治癒師だ」
それぞれ自己紹介をして、軽く握手を交わした。
と、その時。
キュルルル……という、奇妙で、変に可愛らしい音が。
「「……」」
見ると、ユナとアズが真っ赤になって俯いていた。
「あー……そのまま腹の音を聞かされるのは、うっとうしいからな。保存食しかないが、食べるか?」
――――――――――
まずは、アズの首輪も解呪して。
それから、三人で保存食を食べた。
「はぁ……久しぶりにこんなごちそうを食べたかも」
「本当だね。すごく美味しかったね」
保存食でここまで喜ぶなんて、今まで、どんな酷い生活を送ってきたんだ?
気になるが、さすがに、ずかずかと踏み込むわけにはいかないか。
「これからのことだが……」
ここで、はいさようなら、なんてわけにはいかない。
きちんと街へ連れて行き、しかるべきところで保護してもらうべきだ。
そういうアフターケアーも治癒師の仕事だ。
病気を治した後、同じ病気にかからないように生活習慣を注意するのと同じだな。
「あ、あの……!」
ユナが、なにか決心した様子で大きな声をあげた。
「助けてもらって、なにもしないなんて、ダメだと思うんです」
「俺は気にしねえよ。言っただろ? 俺は、俺の好きにやっただけだ、って」
「いいえ。そうだとしても、助けられたのは事実です。なにもしなかったら私の気が収まりません。セイルさん風に言うなら、私が納得できませんから、このままではダメです」「ったく……口は回るな」
「だから……」
ユナはぎゅっと両手を握り、とてもまっすぐな表情で……
とんでもない爆弾発言をかます。
「私をもらってくれませんか!?」
爆弾発言で締めた回でした!
殴るヒーラー、まだまだ本領発揮はこれからです。
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7話は、明日12時に更新予定です。お楽しみに!