56話 癒やしの聖女
「癒やしの聖女……だぁ?」
あれから数日。
三人は師匠についての情報をしっかりと集めていたらしく……
朝の食事の際、そんな話をされた。
ユナが、ベーコンエッグにマヨネーズをつけて食べつつ、言う。
「はい。東に行ったところにある港町に、そう呼ばれている人がいるみたいです」
アズが、ベーコンエッグにソースをかけて食べつつ、言う。
「どんな怪我も病気も、たちまち治すんだって。その人に治せないものはない、とか」
チェルシーが、ベーコンエッグを塩で食べつつ、言う。
「治療費はとらないで、タダみたい。おかげで、『聖女』って呼ばれているみたいね」
話の流れは理解した。
もしかしたらその聖女が師匠なのでは? と言いたいのだろうが……
「そりゃ師匠じゃねえな」
「あれ、違うんですか?」
「セイルみたいな凄腕らしいし、女の人みたいだから、もしかして……と思ったんだけど」
「治せない人はいない、っていうくらいの能力があるなら師匠かもしれねえが……でも、タダってのはありえないな。師匠なら法外な金額をむしり取るはずだ」
師匠は、治癒師としては、たぶん、世界一だと思う。
彼女以上の治癒師を俺は見たことがない、聞いたこともない。
ただ……
かなりの性格破綻者だ。
タダで治療なんて絶対にしない。
いつも法外な料金をふっかけていた。
「な、なんか、イメージと違いましたね……」
「そう? あたしはイメージ通りね。なにしろ、セイルの師匠なんだから」
「そう言われてみるとそうだね」
「おい、なんで納得した?」
「あはは。それは、セイルならわかるんじゃない?」
「……ちっ」
チェルシーの笑顔が小憎たらしい。
「そんなわけで……せっかくだから、その癒やしの聖女に会いに行ってみない?」
「めんどくせえ」
「セイルの師匠かどうかはわからないけど、同じ治癒師同士、話が弾むかもしれないじゃん。もしかしたら知識を交換して、レベルアップできるかもよ?」
「それは……」
「こういう機会は逃したらダメ。がっちり捕まえないと!」
「……はぁ、好きにしてくれ」
やっぱり、女子供には勝てねえな……
男は、口では負ける運命にあるのかもしれない。
――――――――――
港町まで、馬車で三日。
そこそこの距離だ。
その港町に今、噂の『聖女様』がやってきているらしい。
三日の距離があるにもかかわらず噂が届いてくる。
かなりの人気なのだろう。
曰く、瀕死の重傷を治してみせた。
曰く、不治の病を癒してみせた。
曰く、失われた手を元に戻してみせた。
その噂が本当ならば、かなりの腕を持つのだろう。
師匠に似たところがあるというか……
師匠を思わせるような実力者だ。
とはいえ、あんな化け物がそこらにほいほいいてたまるものか。
かなりの人格者らしいから、その点も思い切り違う。
『聖女様』の後光を拝みたい、なんてくらだないことは考えていない。
ただ、同じ治癒師として、その技術には興味があった。
というわけで、アズやユナ。
チェルシーに誘われるまま、『聖女様』を見に行こうと隣町へ行くことになった、というわけだ。
「……おい、ついたぞ」
「「んにゃ……?」」
仲良く互いにもたれかかり、寝ていたユナとアズを起こした。
すでにチェルシーは馬車を降りて、長旅で固まった体をぐぐっと伸ばしている。
「わぁ……」
「ここが……」
二人は眠そうにしていたが、馬車を降りると笑顔になった。
眠そうにしていた目を大きくして、一瞬で目が覚めたようだ。
「ま、そうなるわな」
馬車が降りたところは街の入り口だ。
街を貫くかのように、一本、大きな道がまっすぐ伸びている。
左右に数え消えないほどの建物が並んでいて……
一定間隔で木が植えられていて……
そして最奥。
道の果てに海が見えた。
入り口からだと、そこそこの距離があるのだけど、それでもはっきりとわかるほどに大きくて綺麗な海だ。
「ねえねえ、セイル」
チェルシーが話しかけてきた。
「この街に来たのは『聖女様』目的、ってのはわかるんだけどさ」
「ああ。それがどうした?」
「他にも、やりたいことがあるなー、って」
「……海か?」
「正解♪」
チェルシーは、とてもいい笑顔で頷くのだった。




