55話 師匠
「これからのあたし達の方針を決めるよー!」
とある日の朝。
宿の一階にある食堂に集まると、チェルシーがそんなことを言い出した。
なんとなく、教鞭を執るのが似合いそうだ。
「方針って、なんですか?」
「なにを目的として活動するか? 冒険者なら、簡単にでもいいから決めておかないとね」
「なるほど」
ユナとアズは納得するものの、
「んなもん、適当でいいだろ」
俺は特に興味がないため、話半分で聞いていた。
「甘い!」
「んだよ?」
「あたし達のパーティーはセイルがいるとはいえ、まだまだ連携も甘いし、発展途上。適当な活動なんてしていたら、そのまま、どこにでもいるような適当なパーティーになっちゃうし。きちんと目標、方針を設定することで、いくつもランクアップしていくことができるんだからね!」
「めんどくせぇ」
「はぁ……そうだよね。セイルって、規格外の力を持っているのに、それを積極的に活用しようとしないんだよね」
俺は、世界を救うとか魔王を討伐するとか、そんなだいそれたことなんて考えていない。
やる気もねえ。
日々を穏やかに過ごして。
時折、ちょっとした贅沢ができればそれでいい、って考えるタイプだ。
目標に向けてガツガツと邁進、ってのは性に合わねえんだよな。
ま、治癒師としての活動はしたいけどな。
「ユナちゃんとアズちゃんは、どうしたい?」
「そうですね……私は、セイルさんのサポートができればそれでいいんですけど……ただ、やっぱり少しくらいはがんばりたいな、って思います」
「あたしは賛成! 冒険者だろうがなんだろうが、それになったからには、一度くらいはトップを取りたいわよね!」
「うんうん、二人は向上心があってよろしい。それに比べてセイルは……はぁ」
「おい。なんだそのため息は」
「わかるでしょ? まだまだ若いのに、心は枯れたおじいちゃんみたいになっちゃって」
「ぐっ」
そういうところは多少自覚していたため、反論ができない。
「目標を決めると、色々とがんばれるものじゃない。でしょ?」
「……まあな」
「セイルは、なにかないの? 冒険者に限らなくてもいいから、なんかこう、こうなりたい! とか、こんなことをしてみたい! とか」
「やりたいこと、なりたいこと……ねぇ」
一応、真面目に考えてみる。
すると、一つだけ答えが出てきた。
「……師匠みたいになりてぇな」
「師匠?」
「チェルシー達に会うずっと前の話だな。俺とクライブが、まだ故郷の村を出る前の話だ。俺は、故郷で特になんてことない日々を過ごしていたんだが、そこに、ふらっと師匠が現れてな。もうダメだ、って思われていた重病人や大怪我をした人をあっさりと治したんだよ。それを見て、子供心にすげえ! って思ってな。勢いで弟子入りしたってわけだ」
「そういえば、セイルに師匠がいることは知っていたけど、その師匠について詳しい話を聞いたことはなかったかな?」
「あん時の俺はガキで、治癒師の『ち』も知らないような未熟者だ。師匠がなにをしたか、さっぱりわからなかったが……それでも、めちゃくちゃすげぇ、ってことだけは理解したよ」
「それで、そのまま弟子入りしたんですか?」
「ああ。もっとも、最初は断られて蹴り飛ばされたけどな」
「け、蹴り飛ばされたって、なんでよ……?」
「『私は弟子なんていらん。鬱陶しい、消えろ』って感じだ」
「セイルの口の悪さって、その師匠のせいじゃないのかしら……?」
アズがそんなことを言うのだけど、それは正解のような気がした。
確か……
ガキの頃の俺は、もうちょっとまともだったはずだ。
師匠に弟子入りしてから、色々と擦れていったような気がする。
「その後、どうにかこうにか弟子入りを果たしてな。毎日、死ぬほどコキ使われて鍛えられたが……おかげで今の俺がある」
「なるほど。セイルの師匠は、規格外生産装置なのね」
人の師匠を人外っぽく言うんじゃねえよ。
……いや。
あれは人外と言っても過言じゃないか。
「あれからそこそこ成長したと思ってるが、まだまだ甘い。師匠には遠く届かねえ」
「……セイルさんって、そこそこのレベルなんでしょうか」
「……師匠さんって、どれだけの化け物なのよ」
「だから、俺の目標としては師匠みたいになりてえ、ってところだな」
「ふーん……いいんじゃない?」
「あん?」
「私達のパーティーの目的、それにしましょう。セイルが師匠みたいに強くなること。強くなるだけじゃなくて、治癒師としての練度も高めていく、ってことなのかな? それでいいんじゃない?」
「俺のわがままにお前らを付き合わせてどうするんだよ」
「いいのよ、別に。今は、特に急いでやることはないから、なんでもいいから目標、方針を定めておきたいの。ユナちゃんとアズちゃんは?」
「私も賛成です」
「あたしも」
「っていうわけで……3対1で決まりね」
「……勝手にしろ」
妙な目標を設定されてしまったが……
こうなると、反対するだけ面倒というか労力の無駄だ。
女とガキには勝てない。
それが、今までの人生で学んだことの一つ。
「セイルさんの師匠さんって、どこにいるんですか?」
「さあな。家を持たず、ずっとふらふらした人だったから、どこでなにをしているのやら」
俺の故郷に長期滞在したのが奇跡なくらいの根無し草な人だ。
どこにいて、なにをしているのか。
まったく見当がつかない。
「なんとか探し出せないかしら?」
「あん? アズは師匠に興味があるのか?」
「ものすごくあるし、色々な話を聞きたいけど……セイルが今以上に成長したい、ってことなら、その師匠さんに会うのが一番でしょ」
「そりゃ、まあ……」
「できるかわからないけど、ちょっと探してみましょう。うまくいったら、すぐに見つかるかも!」
「……好きにしろ」
やはり反対することはできず、俺は、そう言うしかないのだった。




