47話 超えられない壁
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
激戦が続いて……
クライブは肩で息をする。
体のあちらこちらに傷を負っていた。
深いものではないが、しかし、痛みはある。
それで動きを阻害されているらしく、どんどん動きが鈍くなっていた。
「……」
一方で俺は、特に呼吸は乱れていない。
大した傷もない。
さすがに疲労は感じているものの、まだまだ十分に動くことができる。
「くそっ、どうしてだ!? たかがセイルごときが、なぜ、勇者である俺とここまで戦うことができる!?」
「そんなこと、俺にはわからんが……」
今のクライブは歪んでいる。
前々から問題の兆候は感じていたものの……
今は酷い。
その心が滅茶苦茶になっているように感じた。
それが体にも影響を与えているのだろう。
パーティーにいた頃よりも弱くなっているような気がした。
チェルシーがひどい目に遭い、俺がキレて、殴り込みに突撃して……
あの時も、いくら油断していたとはいえ、簡単に殴られないはずだ。
「『勇者』にばかりこだわるせいで、他に大事なことを見落としていないか?」
「なにを……!」
「今のてめえには負ける気はしねえな」
「貴様ぁっ……!!!」
クライブは激昂するものの、その剣は届かない。
疲労と怪我。
そして、心の乱れ。
それらが積み重なり、初期のような鋭さも力強さもない。
ただただ荒い剣になっていて、見切ることはさきほどよりたやすい。
「……やはり、貴様がいるから、貴様のせいで!」
「なんのことだ?」
「とぼけるな! お前は、お前は……セイル、貴様は昔から俺の邪魔をして! いつも……いつもいつもいつも、ずっと目障りだったんだよっ!!!」
「……クライブ……」
袂を分かったとはいえ、元パーティーメンバー。
そして、幼馴染でもある。
そんなクライブに、こんな風に思われていたなんて……
……心が痛い。
「貴様に俺の気持ちがわかるか? わからないだろうな……俺は、セイルのせいでずっと惨めな思いをしてきたんだからなぁ!」
「どういうことだ?」
「……昔から、セイルはなんでもできた。神童と呼ばれていて、みんなの注目を集めていた。でも、俺はどうだ? 剣くらいしか取り柄がない。他になにもない」
なにもないなんて、そんなことはない。
そう思うのだけど……
たぶん、もう、俺の言葉はクライブには届かないのだろう。
「貴様と比較される毎日で、俺が、どれだけ惨めな思いをしたか。どれほどの屈辱を味わったか……貴様にわかるか、セイル!!!」
「……」
「そうだ。だから、貴様を利用することにしたのさ。貴様をいいように使い、利用して利用して利用して……俺の踏み台になってもらうためになぁ!」
「なら……」
「お前の言っていることは、いつも正しい。その行いも正しい。見る目は確かで、状況を的確に分析できる。それはそれで利用できたが……お前は、やはりうざいんだよ」
吐き捨てるようにクライブが言う。
「なんでもできて。しかも、俺よりも上で……お前の顔を見る度に、吐き気がするほどの苛立ちを覚えたさ」
「……だから、俺の言うことに反発して、なにも聞かず、そして追放したのか?」
「ああ、その通りだ」
それが、俺がパーティーを追放された真相……か。
実は評価されていたことを喜ぶべきか。
クライブのどろどろとした感情を悲しむべきか。
「セイル……もうお前はいらない。俺の覇道に邪魔になるだけだ。だから……ここで消えてくれ」
「……」
少し前の俺なら……
それこそ、パーティーを追放されたばかりの俺なら、クライブの言葉を受け入れていたかもしれない。
死ね、と言われたら、さすがに断っていただろうが……
冒険者を辞めるとか。
辺境でおとなしく過ごすか。
そういう選択肢を突きつけられたら、それを選んでいたかもしれない。
でも、今は違う。
アズがいる、ユナがいる。
チェルシーがいる。
俺一人ならなにも気にしないが、でも、仲間がいる。
クライブ達とは違い、本当に大事にしたいと思えるような、そんな仲間が。
だから……
「……俺の答えを教えてやるよ、クライブ」
「なんだ? 聞かせてみろ、治癒の勇者とやららしく、高尚な説教でもするつもりか!?」
「うるせえ、ボケ。とりあえず一発殴らせろ……だ」




