42話 歪んだ欲望
……いつからだっただろう?
セイルに対して悪感情を抱くようになったのは。
小さい頃は、うまくやれていたはずだった。
親友だと思っていた。
しかし、一緒に冒険者になってパーティーを組んでから、少しずつ歯車がズレていった。
セイルは、ただの治癒師だ。
どこにでもいるような、凡庸な存在。
それなのに、彼を褒める声は絶えない。
さすがの判断力だ、すごい能力だ、治癒師なのにそんなこともできるのか……クライブではなくて、セイルが称賛される。
一方のクライブは、セイルほど称賛されることはない。
さすが勇者様と讃えられることはあるのだけど、それは一部だ。
それ以上にセイルの方が英雄視されていた。
なぜだ?
セイルは、所詮、治癒師。
それに対して、自分は勇者なのだ。
選ばれし存在なのだ。
讃えるべきは、自分。
セイルではない。
決して、セイルなどではない……!
セイルが称賛される度に、クライブは、自分の存在に価値を見いだせなくなった。
勇者という誇りが失われていくような気がした。
だから、セイルを疎ましく思うようになった。
彼の話なんて聞きたくない。
視界に入れるのも嫌だ。
戦術なんて聞かされた日は、鬱陶しさのあまり怒りをぶちまけていた。
……気がつけば、クライブはセイルに対する当たりを強くしていた。
同郷の幼馴染という感情は、もう消えた。
忌々しい、としか思うことができない。
そして……パーティーを追放した。
セイルは落ちぶれていくだろう。
代わりに、邪魔者がいなくなった今、クライブは今度こそ称賛されるだろう。
人々から認められるだろう。
しかし……
実際は真逆。
セイルが『癒やしの勇者』として称賛されて、クライブは犯罪者に堕ちて投獄。
今も灯りのない牢に囚われている。
「……このまま、終わる? いや、終われるわけがない……見ていろよ、セイル。この俺こそが……セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル、セイル……俺は、お前を……!!!」
――――――――――
「クライブ達が脱走した?」
ある日。
憲兵所に呼ばれ、そのような話を聞かされた。
憲兵を束ねる隊長は、申しわけなさそうに言う。
「すまない、我々の落ち度だ……」
「いったい、どうやって? 地下牢に閉じ込めておいたんだろ?」
「事情聴取の際は、外に出していたんだが……彼の執念を甘く見ていたな。部下に噛みついて……そして、両手首の骨を折りつつ枷を外して、脱走したよ」
「……そこまでか」
「仲間の二人も脱走させて、彼らは、そのまま姿を消した……言い訳のしようもない、我々の失態だ」
「で、なんでその話を俺に?」
「聞くところによると、キミは彼と因縁があったらしいな? もしかしたら、クライブはキミの前に現れるかもしれない」
復讐……か。
「しばらくの間は、我々、憲兵隊がキミの警護をしよう。その間に、クライブ達の再びの捕縛を……」
「いらねえよ」
「っ……!? し、しかし……我々が頼りないと思うのは仕方ないだろう。ただ……」
「そうじゃねえ」
俺は立ち上がり、隊長に背を向ける。
「……あいつと決着をつけるのは、俺だ」
――――――――――
「……ってなわけだ」
宿に戻り、クライブ達の情報をみんなに共有した。
「クライブが……だとしたら、セイルは危険かもしれない。あたしが一緒にいた頃のクライブ、ちょっとおかしいっていうか……セイルに対して、異常なまでの執着を見せていたから」
「そうですね。話を聞く限り、気をつけた方がいいと思います。チェルシーさんにしたことを考えても、襲ってくる可能性が高いかと」
「要塞のような、鉄壁の防御を敷くべきね!」
「いや、それはしねえ」
「「「え?」」」
三人共、揃って小首を傾げた。
「待つのは性に合わないんでな。こちらから赴いて……今度は、完膚なきまでにぶちのめす」
「「「えっ!?」」」
今度は驚きの表情。
「反対か?」
「反対というか、こっちから攻める、っていう発想はなかったかも。んー……でも、アリかな? セイルの性格的に、そっちの方が合ってそう」
「私も賛成です。守りに徹すると、どうしても、先手を取られてしまいますから……相手がなにをするかわからないから、もしかしたら、街ごと巻き込んでくるかも」
「そうならないように、あたし達が先手を打ってやる、ってわけね。いいんじゃない? あたしも賛成よ」
三人は不敵に笑う。
うちの女性陣は強いな。
いずれ尻に敷かれてしまいそうだ。
「でも、攻めるにしても、どこに……?」
「場所がわからないわよね」
「いや、それなら大丈夫だ」
確信はない。
ただ……
「なんとなくだが……クライブは、あそこにいると思う」
俺とクライブが冒険者になり……
初めての依頼で赴いた場所。
とある砦でクライブは待ち受けているような気がした。




