40話 得られなかったもの
街へ戻り、依頼達成をギルドに報告した。
それと同時に、チェルシーのパーティー登録もした。
その後、適当な酒場でチェルシーの歓迎会を開くことに。
「「「かんぱーい!」」」
俺とチェルシーはエールで。
ユナとアズはフルーツドリンクで、それぞれ乾杯をした。
「ぷはーっ、お酒が美味しい!」
「チェルシー、それ、おっさんっぽいぞ」
「えっ、マジで!?」
「マジ」
「うー……そう見えても思っても、口にしないのがレディに対する気遣いっていうものでしょー」
「悪い悪い」
「もうっ」
こうして、チェルシーと酒を飲むのは久しぶりだな。
クライブのパーティーにいた頃も、彼女と過ごす時間は楽しくて……うん。
懐かしい感じがして、自然と笑顔になる。
「「……」」
「ユナ、アズ。どうかしたのか?」
「あ、いえ……」
「その、なんていうか……」
二人は、俺とチェルシーの顔を交互に見る。
そっと口を開いて……
でも、言葉を発することなく、ごまかすような笑みを浮かべた。
「んー……」
チェルシーが思案顔になり、そっと口を……
「あぁ、ここにいましたか。癒やしの勇者様!」
「へ?」
突然の声に、チェルシーは間の抜けた顔に。
俺も驚きつつ、振り返る。
見たことのない顔だ。
「なんだ、お前は?」
「失礼しました。癒やしの勇者様を見かけたので、つい気持ちが先走り……私は、廃村を根城とするゴブリンの討伐を依頼した者です」
「あんたが依頼主か」
「改めて、今回の依頼を請けていただいたこと。そして、解決していただいたこと、お礼を言いたくて」
「礼を言われるようなことはしてねえよ。俺達は冒険者だ。依頼を請けて、それをこなした……それだけだ」
「いいえ。癒やしの勇者様は、私にとって特別なことをしてくださいました」
話を聞くと……
あの廃村は、この男の故郷だったらしい。
人口の低下により村を捨てたものの、時折、戻って掃除をしていたのだとか。
しかし、ある日を境にゴブリンが住み着いて、やりたい放題。
故郷を汚されることに耐えられず、男は依頼を出した。
ただ、価値のない廃村のために命を賭ける者はいない。
この依頼は長く流されてきたらしいが……
そんな時、俺達が依頼を請けて、解決した。
「本当にありがとうございます。他の人にとってはただの廃村ですが、私にとっては大事な故郷であり……改めて、ありがとうございました」
「だから、俺達は依頼をこなしただけで、なんも思い入れはねえよ。正直なところ、あの依頼を選んだのもただの偶然だ」
「それでも、私にとっての恩人であることに変わりありません。どのような依頼であれ、全力を尽くす。そして、人々のために戦う……さすが、癒やしの勇者様ですね」
「ったく、よくわからない名前をつけて……好きにしろ」
ここ最近、癒やしの勇者としての知名度が広がってしまったらしく、何度もこんなことを言われるように。
いちいち否定するのが面倒なのと。
それと、相手の気持ちを無碍にできないのもあり、最近は否定しないで曖昧に受け止めることにした。
「仲間の方々も、本当にありがとうございました」
「あ、いえいえ。私は、あまり大したことはしていませんから」
「まあ、あれくらい楽勝よ!」
ユナとアズは、それぞれ『らしい』返事をして……
「……」
一方で、チェルシーはキョトンとしていた。
「あの……?」
「え? あっ……いやいや、どーもどーも。こちらこそ、ありがとう?」
あはは、とごまかすような笑い。
なんだろう?
「では、私はこれで」
男は最後まで礼をして、立ち去る。
良い人だな。
ああいう人が依頼人なら、がんばろう、という気持ちになれる。
「……」
チェルシーは、まだぼーっとしていた。
「どうしたんだ?」
「え? あ、うーん……なんていうか、ちょっと意外というか、新鮮で」
「うん?」
「あたし達、ああやって感謝されたことなんてないからさ」
なるほど、と納得してしまう。
確かに、クライブのパーティーにいた頃、こうして誰かに感謝されたことはない。
魔物を討伐することは当たり前。
国の命令をこなすことも当たり前。
ただ、それ以前に……
「以前のあたし達は、誰かのために、なんて考えたことがない。魔物の討伐を請けたとしても、それは、自分達のためで……だから、ああして感謝されることはなかったんだろうな。本当は、ああいうことが大事なのに……はぁ、あたし、なにやっていたんだろ」
「……いいんじゃないか」
「え?」
「俺だって、クライブのパーティーにいた頃は、そういうことは考えてなくて……でも、今は少しは考えるようになったからな」
「セイルさん、あの依頼を選んだ時、損得勘定はしていませんでしたからね」
「これは困っている人がいるんじゃないか? っていう基準で選んでいたわね」
「んなわけねえだろ。ただ、楽そうだと思ったからだ」
「照れ隠しですね」
「照れ隠しね」
「……ちっ」
そっぽを向きつつ、言う。
「まあ……ようするに、人は変わることができる。良い方向に変わるように努力して、それを意識し続ければ、それでいいだろ? チェルシーなら、それができる……ってか、元からいいヤツだろ、お前は。クライブ達のこと、自分の責任とか、気にしすぎなんだよ」
「セイル……ふふ、ありがとう」
チェルシーは、とても優しい笑みを浮かべるのだった。




