4話 奴隷商人という悪はいつも栄える……虫かよ
なにか嫌な予感がした。
気配を消して、足音も消して移動。
物陰に身を潜めつつ進むと、森の中に二台の馬車が見えた。
先頭を走る馬車は、やや装飾が派手ではあるものの、それ以外は普通だ。
後ろを走る馬車は、荷台が牢に改造されていた。
幌で隠そうとしているものの、その幌がボロボロなので、中が見えた。
中に二人の女の子が見える。
光を束ねたかのような金色の髪。
宝石よりもなお輝いている銀色の髪。
共に肌は陶器のように白く、手足はスラリと伸びている。
体のラインは正反対。
一方は慎まかだけど、もう一方はわがままだ。
そして、ピンと尖る耳。
「……どうして、こんなところにエルフが?」
エルフは珍しい種族だ。
人間を嫌う者が多いため、なかなか表に姿を見せることはない。
「……この連中、奴隷商人か」
牢の中の二人のエルフは、手足を鎖で拘束されていた。
殴られたような跡も見える。
そして、なによりも片方は……
「おい、ちと待て」
もう姿を隠す必要はない。
連中の行く手を塞ぐように馬車の前に出て、強く呼びかけた。
「なんだ、貴様は!?」
「この馬車は、とある高貴な方が乗っておられるのだぞ。貴様ごとき平民が関われるような相手ではない、散れ!」
「へぇ、高貴な方……ねぇ。その高貴な方とやらは、奴隷売買を行ってるのか?」
「ちっ、こいつ……」
「消すか……?」
「まあまあ、早まるな。とりあえず奴隷の扱いは置いといて、俺は、そのエルフ達を治療したいだけだ」
「は?」
「なんだ、気づいてねえのか? お前らの目は節穴かよ……片方は魔力汚染が深刻だ。けっこうやべえ状態だな。このまま放っておくと、死ぬぞ? 商品が死ぬのは困るだろ? だから、そうなる前に俺が治してやる。ってか、黙って治させろ」
「なんだ貴様は……」
「新手の詐欺師か……?」
「もういっそのこと、この場で斬り捨てて……」
「まあ、待て」
馬車から恰幅のいい男が降りてきた。
高価な服で身を固めているものの、センスはゼロだな。
品というものがまるでない。
「私は面倒が嫌いだ。人一人、殺すことは造作もないが、後であれこれと探られるのは嫌いでな。そこのお前、これをくれてやる。ほれ、お前のような庶民には、一生かかっても手に入らないような大金だぞ、泣いて喜べ」
小袋を投げられた。
たぶん、硬貨が入っているのだろう。
「いいな? それで、私達のことは見なかったことにしろ。そうすれば、ここは私達の方が見逃してやる。ははは、なんで私は寛大なのだろうな!」
「知るか」
小袋を投げ返してやる。
その拍子に袋が開いて、中に入っていた金貨がぶちまけられた。
「小僧……この私を敵に回して生きていけると思うな? 私は、各国に大きな影響力を持つ商会の主で、裏から経済を支配して……」
「うぜえ話はどうでもいい。俺は、そのエルフを治したいだけだ。治癒師なんで、そういうのを見たら放っておけないんでな。ほら、さっさと渡せ。痛い目に遭いたくないだろ?」
「殺せ」
奴隷商人の合図で、護衛の二人が剣を抜いて斬りかかってきた。
「平民ごときが、この私に生意気な口を効いたこと、後悔するがいい! その二人は、元Aランクの冒険者だ。平民ごときが敵う相手では……」
「ふぎゃ!?」
「ひぁっ!?」
「……は?」
それぞれ殴りつけて、一撃で昏倒させると、奴隷商人は目を丸くして驚いた。
「なんだよ、これがAランクか? 大したことねえな」
「なっ、ななな……なんだと!? バカな!? 元Aランクなのだぞ!? それなのに、なぜ平民ごときが勝てる!?」
「経歴詐称でもしているんじゃねえの?」
「はっ!? もしかして、お前もベテラン冒険者なのか!?」
「いや。Gランクだ」
「最低がAランクを倒せるわけないだろうがっ、ふざけるな!?」
嘘は吐いていない。
もっとも、全てを話しているわけでもないが。
「そ、そうか! 貴様、なにか特殊な職業に就いているな? バトルマスターか? あるいは、パラディンか? それだけの力、他に理由が考えられん」
「いや。俺は、ただの治癒師だ」
「元Aランクを殴り倒す治癒師がいてたまるか!?!?!? 治癒師は後衛だろうが!!! そもそも攻撃担当じゃないだろうが!!!?」
「癒すには……まず殴る必要があんだよ」
なにせ、クライブ達は被弾を気にせずに、どんどん突撃していったからな。
自然と俺も前に出ていくことになり、近接が得意になった。
そして、それから癒やしていた。
「だから……」
「がっ!?」
「戦いは慣れている」
隠れて不意打ちをしようとしていた三人目を、裏拳で沈めた。
「拳で敵を殴り倒す治癒師は、ありなのか!? なしだろう!?」
「悪人を倒すってことは、世の秩序を治療する、ってことだ。つまり、これも治癒師の仕事の範囲だな」
「拡大解釈がすぎる!?」
なぜ、驚いているのだろう?
俺は、ごくごく当たり前のことを言っただけなのに。
国を人に見立てた場合、悪人は体を犯す悪細胞だ。
ならば、切除するのが当然。
そして、切除のために必要な力を身につけることも、治癒師として当たり前のことだ。
「では……今から、お前達『悪人』という悪細胞を切除する。オペを始めようか」
「ぐっ……!? な、ならこれでどうだ!」
最後に残ったのは奴隷商人だけ。
しかし、簡単に諦めてくれず、手の平をこちらに向けた。
「フレアストーム!」
炎が渦を巻いて、蛇のように襲いかかってきた。
それは俺の体を飲み込み、炭にするために暴れまわるのだけど……
「邪魔だ」
「はぁっ!?」
拳を振り抜いた。
炎を散らしてみせると、奴隷商人は愕然とした。
「き、貴様っ、今なにをした!? 私は、元Bランク冒険者の魔法使いで、上級魔法も使えるのだぞ!? それなのに、いったい、ど、どうして……」
「単に、魔法を『殴った』だけだ。今程度の魔法なら、音を超える速度で殴れば、簡単に散らすことができる」
「は? お、音速だと……? 貴様、本当に治癒師なのか……?」
「どこからどう見ても治癒師だろうが、お前も眼科行くか? それよりも……」
「ひっ……!?」
前に出ると、奴隷商人は、その分、一歩後ろに下がった。
「まだやるか? それとも、殴られるか? 好きな方を選べ」
セイルの本格的(?)な戦闘回でした。
殴るこそ正義!
5話は、今日、18時に更新します。
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