39話 キングとクイーン
通常のゴブリンの十倍はありそうな巨体。
今まではこちらが見下ろしていたが、今度はこちらが見上げる番だ。
手に持つ武器は、丸太を使って作り出したかのような巨大な棍棒。
威嚇しているのか、軽々と振り回していた。
そんな巨大なゴブリンが二体。
「うぇ……な、なによあいつら!?」
「す、すごく大きいです……」
「慌てないで。ああいう個体がいるだろう、っていう話もしていたでしょ?」
「チェルシーの言う通りだ。あいつは、ゴブリンキングとクイーンだな。群れを統率するボスだろう」
カテゴリーBランクの災害クラスだ。
ベテラン冒険者のパーティーでないと、討伐に失敗してしまう難易度だな。
「どうする? 撤退する?」
チェルシーがそんなことを言うのが驚きだ。
クライブのパーティーにいた頃は、一度も撤退なんて口にしなかったのに。
驚いている俺を見て思っていることを察したらしく、チェルシーが苦笑する。
「いやー、前はクライブが絶対頷かないと思っていたから。まあ、そのせいでセイルに苦労かけて、本当にごめん」
「あ、いや……それはいい。苦労とは思ってないからな」
「マジ? いつだったか、百匹近いコボルドを引き寄せていた時は、さすがのあたしもダメかと思ったんだけど……」
「あれくらいなら、まだ楽な方だな。双頭竜をさらに二頭、相手させられた時の方が辛かった」
「あー……いや、マジでごめん……」
「チェルシーのせいじゃなくて、クライブのアホのせいだ。それよりも……」
キングとクイーンは号令を発して、部下を一斉にけしかけてきた。
「今更、撤退はできないな」
「なら、やろっか」
「ユナとアズは、今度は後方支援に回ってくれ。自分の安全を一番にしつつ、適度に周囲のゴブリンを減らせ。キングとクイーンは俺とチェルシーがやる」
「は、はい。わかりました!」
「任せて!」
「俺が時間を稼ぐから、チェルシーはとっておきを頼む」
「おっけぃ!」
「ソルは、アズとユナを頼む」
「おんっ!」
ソルが任せろというように吠えて、ユナとアズの足元に移動した。
それを確認した後、俺は前に出た。
クライブのパーティーにいた頃は仲間に対する不安があり、本当に大丈夫だろうか? と後ろを何度か振り返っていたものの……
今回は、そんなことはない。
不思議な安心感があって、前に集中することができた。
拳を構えて。
片足を軸に回転して、横に縦に跳んで、時に蹴撃を織り交ぜていく。
キングとクイーンの体に細かい傷が増えていき、連中は怒りに吠えた。
棍棒を力任せに振り回してくるものの、それがヒットすることはない。
当たれば脅威だが、当たらなければただの木の棒だ。
「ファイア!」
「てぇい!」
ユナの魔法とアズの鉄拳が、周囲のゴブリン達を蹴散らしていく。
俺に近づけさせまいと、あちらこちらを駆け回り、攻撃を繰り返していた。
頼りになるな。
その期待に応えなければと、さらに力が湧いてきた。
「ガァッ!!!」
キングとクイーンの二匹と同時に相手にする。
連中の動きは鈍く、攻撃は予測しやすい。
ただ、油断は禁物だ。
攻撃は敵意を稼ぐ程度にして、最低限に。
回避に専念して、時間稼ぎに徹する。
俺の記憶が確かなら、チェルシーのとっておきまで、あと五分はかかるはずだ。
戦場の五分は長い。
ただ、俺が言い出した以上、きっちりと時間を稼いでみせる。
なんなら十分でも……
「セイル!」
チェルシーの声が後ろから飛んできた。
思っていた以上に早い。
だからこそ、頼もしい。
俺を呼ぶ声が、同時に合図でもあると悟り、俺は大きく後ろに跳んだ。
直後……
「プラズマストライク!!!」
天から雷が落ちてきた。
それは神の怒りを表すかのようで、キングとクイーンを撃つ。
キングとクイーンの巨体がびくんと震えた。
その後、ぶすぶすと全身が焼けて、煙が舞い上がり……
ズンッ、という大きな音を立てて、その巨体が地面に転がる。
一撃。
さすがだな。
「ギッ!?」
「ギーーーッ!?」
主がやられたことで、残ったゴブリン達に動揺が走る。
足を止めて、うろたえるばかり。
格好の的だ。
俺やチェルシーが動くまでもなく、ユナとアズが残りを掃討した。
二人もだいぶ戦いに慣れてきたみたいだ。
「ふぅ……これで終わりだな」
完全にゴブリンの気配が消えたところで、俺は体の力を抜いた。
キングとクイーンがいたのは想定外だが、うまく対処することができた。
チェルシーのおかげだろう。
「やったね、セイル! おつかれー」
「ああ」
チェルシーが笑顔で駆け寄ってきて、手を挙げる。
パン、とハイタッチを交わした。
「えへへ」
「はは」
クライブのパーティーにいた頃は、こんなことをしたことはない。
でも、今は……うん。
すごくいい感じだ。
「えっと……そ、それで、どうかな? あたし、うまくやれていた?」
「ユナ、アズ。どう思った?」
「それは……」
「もちろん……」
二人を見ると、ユナとアズは笑顔に。
その反応で答えは十分だ。
「ソル」
「わふっ!」
ソルは、チェルシーの足元にじゃれついていた。
やはり、それで答えは十分。
「チェルシー」
チェルシーに手を差し出した。
「ん? なに、それ?」
「これからよろしく、っていう握手だよ」
「それじゃあ……」
「チェルシーがパーティーに参加してくれたら、もっともっと良いものになると思った。ユナとアズ……ソルも異論はない。だから……よろしくな」
「あ……ん! よろしくね!」
チェルシーは、花が咲いたような笑顔を浮かべた。
すみません、あまりにも暑いので夏休みをください……
8月第三週の更新はお休みします。ごめんなさい……




