33話 絶対
「チェルシー……!?」
慌てて駆け寄り……
しかし、差し出した手を止める。
「……ぅ……あ……」
かろうじて息がある、というような感じだ。
瀕死の状態。
下手に触れただけで、それが死を招いてしまうかもしれない。
「な、なにこれ……」
「酷いです……」
アズとユナが顔を青くした。
それくらい酷い状態だ。
「二人共、手伝ってくれ! すぐに手術を始める!」
「は、はいっ!?」
「なんでも言って!」
ありったけのポーションを取り出して。
手持ちの医療品、全部取り出して。
野外ではあるが、緊急手術を始めた。
――――――――――
「……よし」
切開した腹部を縫合して。
最後に、何本目になるかわからないポーションを飲ませて、チェルシーの手術は完了した。
「お、終わったの……?」
「ああ、終わった」
「その人は……」
「大丈夫だ。しばらく動けないだろうが、じきに目を覚ますだろう」
「よかったです……はふぅ、つ、疲れました」
「あたしも……」
二人が音を上げるのも無理はない。
手術は三時間に及んだ。
それくらいの手術は、わりと日常的にあることではあるが……
アズとユナは医療関係者ではなくて、初めての経験だ。
精神的な負担が大きく、相当な疲労が溜まってしまうのも無理はないだろう。
「この状態なら宿に連れて行くことができる。二人は、自力で歩けるか?」
「が、がんばるわ……」
「私達まで、迷惑をかけるわけにはいきませんから」
「そうか、偉いな」
「んっ」
「ふゅ」
頭を撫でると、二人は嬉しそうに耳をぴこぴこと動かした。
――――――――――
半日後
陽が落ちた頃に、チェルシーは目を覚ました。
「うっ……こ、ここは……?」
「目が覚めたか」
「……セイル? それと……一緒にいた、エルフの双子ちゃん……」
「あっ!? セイルさん、起きました! 起きましたよ!?」
「大丈夫!? 喉乾いていない!? あたし、水持ってくるわ!」
「私、簡単につまめるものを持ってきます!」
アズとユナは、ばたばたと慌ただしく宿の部屋を出ていった。
「悪いな、うるさくて」
「う、ううん、それは気にしてないけど……どうして、セイルが……っ!」
「まだ動かない方がいい。手術は成功したが、瀕死の状態だったんだ。しばらくは痛むし、安静だな。治癒師とて、いきなり瀕死を全快させることはできない」
「……そっか。あたし、セイルに助けられたんだ」
「正確に言うと、こいつだな」
「おんっ!」
ソルが誇らしげに鳴いた。
「こいつが走った先に、チェルシーが倒れていたんだよ。礼なら、このわんころに言ってくれ」
「そっか……ありがとう」
「おふんっ」
驚いたことに、ソルはベッドに飛び乗ると、チェルシーの顔をぺろぺろと舐めた。
アズとユナの話だと、滅多なことで人に懐かない、って話だったが……
ま、チェルシーなら納得か。
クライブのパーティーにいても、性格がねじ曲がらないような、バカがつくほどまっすぐなヤツだからな。
……一応、褒め言葉だ。
「……チェルシー、なにがあった?」
「そ、それは……」
「クライブ達がどうなろうが知ったことじゃねえが、チェルシーは別だ。俺は、お前には恩を感じている。そのチェルシーがあんな目に遭っていて、見なかったことにできるほどバカでもクズでもねえよ」
「……」
チェルシーは視線を逸らしてしまう。
話すつもりはない。
というよりは……
話すことを恐れている、という感じか。
瀕死に遭ったことで、犯人をひどく恐れている様子だ。
こんなことができる相手といえば……
「……クライブ達か」
「っ」
「わかりやすいな、チェルシーは」
「う……だ、だって、それは……」
「そういうところ、俺は嫌いじゃなかったぜ」
「……え……」
「飲み物、持ってきたわ!」
「果物も持ってきました!」
ちょうどいいタイミングでアズとユナが戻ってきた。
「二人共、俺はちょっと出かけてくるから、チェルシーを頼む」
「はい、わかりました!」
「看病したら、泣いてもう勘弁してくれ、って言われたあたしに任せなさい!」
不安だな、おい。
「ちょ、ちょっと、セイル……!?」
「いいから寝とけ」
俺は、宿の部屋を後にした。
……血が出そうなくらい、拳を強く握りしめて。




