32話 過去と現在
「セイルさん、やりましたー!」
「あたし達だけで、ブラッディベアーを討伐したわよ!」
しばらくの時間が流れて……
俺達は、今日も変わらず冒険者として活動を続けていた。
今回請けた依頼は、街道の旅人などを襲う魔物の討伐。
本来なら、Eランクからという受注制限があるのだけど……
ここ最近、コツコツとがんばってきたおかげで、俺達三人、全員、Eランクに昇格していた。
さっそく魔物の討伐に出て……
なんと、ユナとアズだけで倒してしまった。
ソルがいるため、俺は観戦。
もちろん、いざとなれば手を貸すつもりだったが、杞憂だったらしい。
「すごいな、二人共」
「えへへ。普段、セイルさんに稽古をつけてもらっていますから、そのおかげだと思います」
「まあ、これがあたしの本当の実力ね! ふふんっ」
照れるユナと、ドヤ顔をするアズ。
どちらも、素直に可愛いと思う。
「討伐は二人に任せてしまったからな。解体は俺に任せろ」
「え? でも、これだけの大物となると、ギルドに頼んだ方が……」
「そうよ。それに、かなりの時間がかかるでしょう? 道を塞いじゃうし、なによりも血の匂いに誘われて他の魔物が来ないとも限らないわ」
「大丈夫だ、すぐに終わる」
俺はメスを手に取り……一閃。
文字通り、すぐに解体を終わらせた。
「でもって……ファイア」
解体で流れた血。
それと、素材にならない部分などをまとめて燃やしておいた。
最後に、水を流して清めておく。
これなら魔物が誘い出されることもないし、アンデッドとなって復活することもないだろう。
「素材をアイテムボックスに収納して……よし、完了だ。行くか……って、二人共、どうしたんだ?」
「「……」」
なぜか、ユナとアズがぽかーんとしていた。
「いえ、その……」
「解体するの、速すぎない……?」
「私、なにをしたのか、ぜんぜん見えませんでした……」
「そうか? これくらい普通だろう」
「「普通じゃないから!!」」
「そうか、普通ではないのか……」
揃って否定されてしまう。
最近、こうして二人に否定されることが多いのだけど……うーん。
俺は、やや世間とズレているところがあるのだろうか?
長い間、クライブと行動を共にしていたから、『勇者』の基準が俺の一般的なラインになってしまっているのかもしれないな。
クライブからは、これでもまだ遅すぎると、怒鳴られていたからな。
『普通』を身に着けようとしているのだけど、なかなかうまくいかない。
「でも、どうやって、そんなに高度な解体技術を身に着けたんですか?」
「とても鮮やかな切り口に、まったく傷がついていない素材。そして、一瞬の解体。こんなの、生涯を解体に捧げてきた、超一流の解体師の仕事じゃない」
「師匠の話はしただろ? 彼女に教わったんだ。だから、上手になったのかもな」
「「……彼女……」」
なぜか二人がジト目になる。
「どうしたんだ?」
「いえ……それよりも、その……」
ユナは、迷うように視線を揺らす。
ややあって、決意した様子でこちらをまっすぐに見る。
「……先日のこと、ずっと気にしないようにしていたんですけど、でも、やっぱり無理そうで」
「あー……」
「たぶん、良い思い出じゃないんだろうな、って。私、とても失礼なことを聞いているのかもしれません……でも、セイルさんのことを知りたいんです!」
「あたしも同じ意見よ。セイルが触れてほしくなさそうにしてたから触れなかったけど……やっぱり、ダメ。セイルの過去を教えてくれない?」
「……だよな」
「本当に嫌ならいいけど……でも、できれば聞きたいわ。だって、あたし達、仲間でしょう!?」
その言葉が俺の胸を打つ。
「仲間だからなんでも話せ、なんてことは言わないけどさ……でもやっぱり、知りたいじゃない。あたしにとって、セイルは、その……仲間以上に大切なんだから」
「私も……セイルさんのこと、仲間以上だと想っているから、教えてほしいです。そして、できるなら支えたいです」
「アズ……ユナ……」
空を見上げた。
そして、ため息を一つ。
俺はバカだな。
迷惑をかけたくないとか、そんなことを思って黙っていたが……
二人は、こんなにも俺のことを考えてくれている。
「ありがとな、ユナ、アズ。二人の想いは素直に嬉しい」
「それじゃあ……!」
「そうだよな。俺達は……家族のようなものだ。隠しごとはなしでいこう」
「「えぇ……」」
なぜか、二人は落胆した顔に。
「わふぅ」
俺の頭に乗るソルが、やれやれ、という感じでため息をこぼした……ように見えた。
「……今の流れで、なんで家族、ってことになるのよ?」
「……私に聞かれてもわからないよぉ」
俺は、なにか失敗しただろうか……?
「ま……ちと、つまらねえ話をするぜ」
――――――――――
「「なにそれっ、ふざけるな、っていう感じ!!」」
勇者パーティーに在籍していたけれど、追放されたこと。
それらを簡単にまとめて話すと、アズとユナは大きな声を出した。
長い耳がピーンと逆立っている。
猫の尻尾みたいだ。
「そんな理由でセイルさんを追放するなんて……!」
「というか、その勇者達、バカじゃないのかしら? うまくいっていたのは、どう考えてもセイルのおかげじゃない」
「そうだよね、お姉ちゃん! それなのにセイルさんを……うー、すごく納得いきません!」
「もしも勇者パーティーに出会ったら、あたしの拳が唸っていたところね!」
「ま、気持ちだけ受け取っておくさ」
ユナとアズは、俺のために真剣に怒ってくれていた。
そのことが素直に嬉しい。
心のつかえが取れたような気がして……
こんなにも晴れ晴れとした気持ちになったのは、いつ以来だろう?
「俺はもう、大して気にしてねえからな。過去は過去、今は今。どうでもいい昔のことなんて忘れて、楽しくやればいいさ」
「はい! 私が、セイルさんを慰めてあげますね! 具体的に言うと、夜とかに慰めてあげたいです! 実は、こっそりと勉強をしているんですよ?」
「なんの勉強をしているのよ、なんの」
「お姉ちゃんでも秘密だよ♪」
「あたしの妹が、どんどんおかしな方向に……」
アホらしい会話に、ついつい笑ってしまう。
「ま、クライブ達のことはどうでもいいが……チェルシーのことは、ちと気になるな」
「チェルシーって、あの魔法使い?」
「この前会った時、一言も話しませんでしたね」
「なんか気にしてるのかもな。チェルシーだけは、いつもかばってくれて、優しくしてくれたんだよな……ただ、あいつ不器用というか、まっすぐすぎて腹芸ができねえからな。うまくクライブ達とやってればいいんだが……」
「わふ!?」
突然、頭の上のソルが起き上がる。
「ん? どうした、ソル」
「おんっ! おんっ!」
地面に降りて、駆け出した。
「お、おい?」
「セイルさん、追いかけましょう!」
「フェンリルだし、なにか感じるものがあるのかも!」
「……わかった」
どのみち、放っておけない。
急いでソルを追いかけた。
街の近くまで移動して……
しかし、中に入ることはなく、道を逸れた先にある小さな森へ。
そこで見つけたのは……
「チェルシー……!?」
ぼろぼろになって捨てられるようにしていた、チェルシーだった。




