31話 従わない者は敵だ、仲間じゃない
「どういうことだっ!!!」
再び、とある宿の一室。
クライブの怒鳴り声が響いた。
怒りの矛先であるチェルシーはびくっと震える。
「チェルシーがどうしてもと言うから、この俺が、わざわざ、セイルのところまで赴いたんだぞ!? 我慢して、ヤツをパーティーに戻すように言ったんだ! それなのに……なにもうまくいっていないじゃないか!? どういうことだっ!!!」
「そ、それは……」
チェルシーは返す言葉を持たない。
正直、この結果は見えていた。
あれほど酷い扱いをして、酷い言葉をぶつけて、追放したのだ。
それで戻って来る者がいたとしたら、それは相当なマゾである。
ただ、パーティーが存続するには他に方法がなくて……
誠心誠意頼み、謝罪をすれば、あるいは……と考えていた。
しかし、実際はあの様だ。
クライブはひたすらに上から目線。
謝罪の欠片も口にしない。
ティトとルルカも同様。
戻ってきてもらえるはずがない。
「それと……チェルシー。キミは、『癒やしの勇者』について知っているな?」
「えっ!? そ、それは……」
「俺も、バカじゃない。独自の情報網を持つ。それで調べてみれば、『癒やしの勇者』とやらに称賛が集まるばかりで、逆に、俺達の評価は下がっていく」
傾いたパーティーを立て直す。
クライブ達は確実に依頼を遂行することにして、魔物の討伐を続けてきた。
しかし、勇者パーティーの名声が上がることはない。
むしろ、下がっていた。
『弱い魔物しか討伐してくれない』
『討伐に高額な依頼料を請求される』
『サインが欲しいという子供を、大きな声で追い払った』
……などなど。
悪評が絶えず、パーティーの改善には繋がっていない。
それは全て事実なので、仕方ないといえば仕方ないが。
一方で、『癒やしの勇者』の評判は増していく一方だ。
『不治の病にかかって諦めていたが、癒やしの勇者様が治してくれた。あの方は聖人だ』
『治癒だけではなくて、戦闘能力もすごい。たった一人で盗賊団を壊滅させた』
『カリスマも圧倒的だ。彼を慕う人は多いが、それだけではなくて動物にも好かれている』
……などなど。
評価は上昇する一方で、下落する気配が欠片もない。
噂ではあるが、王が名誉騎士受勲を考えているとか。
「忌々しい話だ……! それで、さらに踏み込んで調べてみたら、『癒やしの勇者』は……セイルという話じゃないか!」
「それは、その……」
「それを知っていて、この俺に、セイルに頭を下げさせようとしたのか!? この俺の心を傷つけて、プライドを折ろうとしたのか!?」
「ち、違っ……そうじゃなくて! あたしは、ただ、もう一度みんなで……」
「黙れっ、この裏切り者が!!!」
「きゃあ!?」
クライブはチェルシーを殴りつけた。
チェルシーは吹き飛ばされて、壁に叩きつけられた。
痛い。
痛い。
痛い。
立ち上がることができず、四つん這いで、なんとか体を支えた。
……しかし。
「チェルシーのつまらない企みに、僕達も巻き込もうとしたよね? はっきり言って、かなり不愉快だったよ。ねえ……憂さ晴らしをしてもいいよねぇ!?」
「あうっ!?」
ティトに蹴り上げられて、チェルシーは床に転がる。
「あんたが、セイルの情報を集めてほしいって言うから、仕方なく協力したのに……結果、なんの役にも立たないし、私に恥をかかせるし。舐めてるの?」
「うぁ……!?」
ルルカにも蹴られて、チェルシーは体をくの字に折り曲げた。
「くそっ、忌々しい……!」
クライブの苛立ちは止まらない。
癒やしの勇者は偽物だ。
勇者の神託を受けたのは、この俺なのだ。
俺こそが勇者にふさわしい。
それなのに、セイルごときが称賛を集めていて……
クライブは、怒りの目で床に転がるチェルシーを睨みつけた。
「全部、貴様のせいだ! 貴様が余計なことをするからっ!!!」
「あううう!? や、やめ……お願い、や、やめ……あぐっ!?」
クライブは、何度も何度も蹴りつけて。
ティトとルルカも、最近のストレスを発散するように蹴りつけて。
チェルシーはなにもできず、ただ、ひたすらに体を丸くして耐えるしかない。
……そこにある光景は、仲間なんてものではない。
獣……いや。
それ以下の、下劣な存在だった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
チェルシーがぐったりとして動かなくなったところで、ようやくクライブは蹴るのを止めた。
ティトとルルカも足を止める。
「くそっ! セイルなんかに負けるわけにはいかない、もう二度と負けるわけにはいかないんだ……いったい、どうすれば……」
「なら、南の砦の攻略に挑んでもいいんじゃない?」
「それは……」
ルルカの提案に、クライブは渋い顔をした。
王国の南にある砦は、元は国防のために作られたものだ。
しかし、魔族の侵攻に遭い、陥落。
今は、魔族の拠点として利用されていた。
この砦を解放しなければ、王国は魔族の脅威に晒されたまま。
国内に魔族の拠点があるというのは、非常にまずい。
領土を削られているようなもの。
また、それを放置することで敵の勢力がさらに拡大するかもしれないし……
国内からの批判も免れない。
その砦を奪還すれば?
とても大きな功績だ。
国は、クライブの勇者の称号剥奪を考え直すだろう。
「……わかった。ルルカの言う通り、砦の攻略に挑むことにしよう」
「ええ、そうしましょう。ティトも、それでいいわよね?」
「問題ないよ。僕らの力なら、本気を出せば簡単に奪還できるはずさ」
その自信は、いったいどこから来るのか?
この場に他の者がいたら、誰であれ、呆れ果てていただろう。
「で……それはどうする?」
ティトは、ぼろぼろになって床に転がるチェルシーを見た。
ルルカも冷たい視線を投げかけている。
クライブは鼻で笑う。
「これは『ゴミ』だ。俺達のパーティーに必要ない……適当なところに捨てておけ」
「了解、それが一番だね。あははは!」
「チェルシー、あんたが悪いのよ? 私達に指示して、騙して、くだらないことをするから」
仲間達の哄笑が響いて……
「あ……ぅ……」
チェルシーは、動くことも立ち上がることできず、涙をこぼした。




