3話 在りし日の思い出
「うわっ!?」
転んでしまい、視界がぐるぐると回転した。
坂道も転がり落ちてしまったみたいだ。
「いててて……」
「おいおい、大丈夫か?」
苦笑しつつ手を差し出してくれたのは、クライブだ。
俺の幼馴染。
いつも一緒に遊んでいる。
「ごめん……」
「違うだろ?」
「え?」
「そういう時は、ありがとう、っていうんだよ」
「……うん、ありがとう」
クライブの手を借りて立ち上がる。
「ってかお前、なんかなよなよしてるよな」
「そうかな?」
「もっとこう、男は強気でいかないとダメだぜ? そうだな……まずは口調から変えてみるか。ほら、俺を真似てみな」
「えっと……俺は男気がたっぷりなんだ、ぜ……?」
「あははは! なんだよ、それ。バカみたいじゃねーか」
「むう、がんばったんだけどなあ……」
「ま、おいおい覚えていけばいいさ……って、セイル。お前、膝を擦りむいているぞ!?」
「ああ、道理で痛いと思った。でも、これくらいなら……ヒール」
魔法で治療をした。
「よし、終わり」
「……相変わらず、セイルはすごいな。まだ6歳なのに、魔法を使えるなんて」
「そうかな? でも、それを言うならクライブもすごいじゃないか。この前、ゴブリンを倒したんだろう? 6歳の子供がゴブリンを倒すなんて、聞いたことがないよ」
「ま、俺は天才だからな!」
「うん、そうだね」
「いや、ツッコミを入れろよ。恥ずかしいだろ」
「でも、クライブは本当に天才だと思うよ? 色々なことをなんでもすぐに覚えることができるから。俺なんて、何度も何度も練習して、やっと……っていう感じだからね」
「……ま、それでいいんじゃねーか?」
クライブはぶっきらぼうな感じで言い、明後日の方を見る。
「俺はなんでもできる天才だから……セイルくらい、俺が守ってやるよ」
「……クライブ……」
「だから、セイルも俺を助けてくれよ。回復魔法は、セイルの方がきっと上手いからさ」
「うん、もちろん!」
ニカッと笑い、握手を交わす。
「俺達、冒険者になろうな」
「世界で一番の冒険者に!」
「誰も成し遂げたことのない偉業を達成して」
「最高の旅をする!」
「へへっ、相棒、頼んだぜ!」
「クライブこそ、頼んだよ」
俺達は笑う。
無邪気に笑う。
思えば……
この時が一番、幸せな頃だったかもしれない。
守りたいものがあるから、俺はこの力を磨いた。
徹底的に。
しかし、今は守るものは……
――――――――――
「……夢か」
目が覚めると、見慣れない宿の天井。
部屋にいるのは俺一人だけ。
その寂しさが、昨日、パーティーを追放されたことが夢じゃないと教えてくれる。
「……ちっ、胸糞悪い夢を見たな……」
もう一度、ベッドに横になった。
「しかし……まさか、クライブにあんな風に思われていたなんてな……」
同じ村で育った幼馴染。
冒険者になって世界を旅しようと約束して、その通りにパーティーを結成して……
ある日、クライブは勇者と認められた。
思えば、その日が転換点だったような気がする。
勇者になってから、クライブは変わった。
自分勝手に行動するようになって、俺から距離を取り、時に疎ましそうに睨みつけてくる。
一時的なもの。
そう信じて、一緒に旅を続けてきたが……
しかし、昨日、全てが終わってしまった。
俺は、パーティーを追放された。
まあ、元々、これはもうダメだ、と見限っていたところはあるが……
それでも、幼馴染であるクライブの口から直接言われると、堪えるものがある。
「さてと……これからどうすっかな?」
冒険者を辞めて、村に帰るか?
それとも、どこかの店で働くか?
「いや……」
思い返すのは、昔のこと。
クライブと一緒に、吟遊詩人による冒険者の詩を聞いて。
偉業を成し遂げた冒険者の著書を読んで。
心をワクワクと踊らせていた。
いつか俺も、と夢見ていた。
こんなことになってしまったが、その夢は、今も俺の中で燃え続けている。
「追放? 上等だ。だったら、世界でも救って一人前と呼ばせてやるか」
起き上がり、ベッドから降りた。
「起きたことは仕方ねえ。過去を振り返るのじゃなくて、これからを考えるか」
凹んでいても仕方ない。
無理矢理にでも前向きにならないとな。
「今日からは、ソロで活動する」
――――――――――
勇者パーティーは特別な存在だ。
冒険者ではあるものの、冒険者の枠に囚われない自由な活動が可能だ。
ある程度の特権も与えられていて、下手な貴族よりも社会的立場は強い。
そのため、勇者パーティーにランクは適用されていない。
ランクで測ることはできない特別な存在、という扱いだ。
それはパーティーメンバーにも適用されていたのだけど……
追放された今、俺は冒険者ではあるものの、正式なランクを持たない。
なので、改めて登録する必要があり、冒険者ギルドを訪ねた。
「えっ!? セイルさん、パーティーを抜けたんですか!?」
顔なじみの受付嬢に事情を説明したら、ひどく驚かれた。
「それ、本当なんですか……?」
「ああ。クライブの方からも連絡が来てねえか」
「えっと……そのような報告は受けていませんね」
「マジかよ? そんなはずは……いや、そういうことか」
パーティーにいた頃、雑務は全て俺の担当だった。
だから、クライブ達は自分で連絡をする、ということに思い至らないのだろう。
パーティーを追放された本人がその報告をしなければいけない。
……頭の痛い話だ。
連中は、本当に大丈夫なのか?
「単に報告を忘れているんだろうな。ちょうどいいから、そんな感じで受理してくれないか?」
「しかし……いえ、わかりました。そういうことなら」
受付嬢は新しい書類を作成しつつ、ため息をこぼす。
「それにしても、勇者様はなにを考えているんでしょうか? なんてもったいないことを……」
「もったいない、ってのは?」
「セイルさんを手放したことですよ。今後が心配です」
「問題ねえだろ。単に、口の悪い治癒師が一人、抜けただけだ。それくらいでガタつく勇者様じゃねえだろ」
「えぇ……そういう認識なんですか?」
どういう意味だ?
「うーん……とても心配ですけど、でも、セイルさんに負担をかけさせるわけにはいかないし……前々から酷かったですからね。傍目でアレだから、中にいた時はもっと……うん、そうですね! やっぱり、このまま通した方がよさそうですね!」
「あ? よくわからねえが、パーティー脱退の手続きは問題ないか?」
「はい、問題ありません。後で処理しておきますね。それで、セイルさん、今後は?」
「ソロでやるつもりだ」
「そんなのもったいないですよ!!!」
「うぉ」
前のめりに言われて驚いてしまう。
「セイルさんなら、引く手あまたですよ? Sランクのパーティーを紹介しましょうか? あるいは、将来有望のパーティーに入ってもらい、導いてもらうという手も……」
「い、いや。俺は、ソロでいい」
そのようなパーティーに入っても、俺の扱いに困るだろう。
クライブの時と同じように、また追放されるのがオチだ。
「将来的にパーティーは組むかもしれないが……今は、ソロでやるつもりだ」
「そうですか……でもでも、気が変わったらいつでも言ってくださいね? セイルさんなら、どこでも歓迎してくれると思いますから」
「俺のような適当なヒーラー、歓迎してくれんのかね?」
「私が冒険者だったら、大歓迎ですよ」
「ありがとな」
受付嬢は世辞がうまいな。
追放された俺に同情して、ありもしないことを口にしているのだろう。
まあ、気にかけてくれるだけありがたい。
「じゃ、諸々の手続きは頼む」
「はい、わかりました」
「それと俺は……そうだな、なにか依頼を請けておくか」
ソロの感覚を知りたい。
そう考えて、適当な依頼書を探した。
――――――――――
勇者パーティーを抜けてソロで活動することになり、俺は、改めて最低ランクからのスタートだ。
でも、あまり苦労はしていない。
「ま、悪くねえな」
最下級なので、薬草採取などの簡単な依頼しか請けることはできない。
でも、これはこれで楽しい。
「薬草採取なんて、いつ以来だろうな。一人前の治癒師になるため、昔は、毎日のように薬草を摘んたが……ま、初心に戻るってのは、こういう気持ちなんだろうな」
悪くない。
良い感じに作業が進む。
摘んで、籠に入れて。
摘んで、籠に入れて。
摘んで、籠に入れて。
「……なんだ、もういっぱいか」
薬草が山盛りになっていた。
夢中になって取りすぎたな。
というか、しまった。
あまり乱獲したら、後でギルドから怒られるかもしれない。
「悪かったな」
半分の薬草を戻して……それから、魔法で治療。
時間を巻き戻したかのように、薬草が元の大地に戻っていた。
以前、これをした時は、クライブが大層驚いていたが……
なんでだろうな?
「さてと、あとは納品をして……うん?」
少し離れたところが騒がしいな?
ちょっとずつ物語が動いていきます。
この後は、けっこう大きく動くかも……?
明日(4~6話)は朝・夕・夜に1話ずつ更新予定です!
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