29話 癒やしの勇者
必要最低限の道具しかないけれど、使い魔の症状は重く、猶予がない。
すぐに手術をしなければいけないと判断して、許可を取り、このままギルドのラウンジで手術をすることにした。
ユナとアズにサポートに入ってもらい。
テイマーにも手伝ってもらい。
俺の持つ最大の技術と知識を活かして、救うためにメスを振るう。
「……最後に、切開部分を縫合して……よし、完了だ」
手術は三十分ほどで終了した。
内蔵などを傷つけることなく、寄生型の魔物の排除が終わる。
「えっ……お、終わったのかい?」
「ああ、終わった。寄生型の魔物の排除もできた。こいつがそれだ」
小さな革袋を掲げてみせる。
まだ生きているらしく、時折、動いている感触が。
ただ、寄生型の魔物は外に出たら生きてはいけない。
ほどなく死ぬだろう。
後は、きちんと処理すればいい。
「し、信じられない……あ、いや。実際、こいつはさっきより元気になっているから、確かに手術は成功したんだろうけど……寄生型の魔物の除去なんて、成否に関わらず、最低でも半日はかかるはずの手術だろう? それを、たった三十分で……しかも、ここまで完璧にこなしてしまうなんて……」
「優秀な助手がいたからな」
「えへへ」
「ふふん♪」
ユナとアズが嬉しそうに微笑む。
「ってか、助ける、って約束しただろ? 俺は、口は悪いが、約束は守る方だ」
「あんた……ああ、ああ……! ありがとう、本当にありがとう!」
テイマーは涙をこぼしつつ、俺の手をしっかりと握りしめた。
瞬間、歓声が湧き上がる。
手術に集中していたため気づかなかったが、たくさんの冒険者が成り行きを見守っていたみたいだ。
「あの兄ちゃん、すげえな! 寄生型の魔物を取り除いたんだって? ベテランの治癒師でも、ほとんどが失敗する手術じゃねえか」
「お前、知らないのか? あの人は今、この街でたくさんの人を診てきた、ベテラン以上の治癒師なんだぜ」
「そういや、俺もこの前、骨折したところをたまたま診てもらったな。魔法で無理に治すよりは、自然治癒に任せた方がいいって言われて半信半疑だったけど……でも、いざ治ると、以前よりも格段に動きやすくなっていたんだよな」
時間がある時、たまたま怪我や病気をした人と出会い、治療を施してきたのだけど……
けっこうな噂になっていたらしい。
「ふふん、セイルはすごい治癒師なんだから!」
「なんで、お姉ちゃんがドヤ顔……?」
「おんっ!」
「ソルまで」
周囲の反応に苦笑してしまう。
とはいえ、手術が無事に終わり、なによりだ。
「しばらくすれば、元通りに回復するはずだ。それまでの間は、ポーションなどの薬を使ってほしい。あとは、栄養のある餌だな。多少、太ったりしてもいいから、とにかく栄養を与えてくれ」
「魔法じゃダメなのかい……?」
「魔法の治癒は簡単ですぐ終わるけど、耐性がつかないからな。緊急時でない限り、薬で補助した自然治癒が望ましい。ただ、元気がなかったりした時は、迷わず魔法に頼れ」
「……その時は、また、あなたに診てもらっていいかな?」
「ああ、いいぜ。それが俺の仕事だからな」
「ありがとう! 本当にありがとう!」
テイマーの男は泣いて感謝した。
それから、思い出した様子で財布を取り出す。
「そ、そうだった。すまない、謝礼を忘れていた。今回の治療費はいくらだろう?」
「ん? いらねえよ」
「えっ!? そ、そんなわけには……」
「正式な依頼じゃなくて、俺が勝手に手術をしただけだからな。治療費なんて……」
「おいおい、セイルさん。あんた、いつもそれだよな」
「俺の時も、治療費はとらなかったよな。無理矢理受け取らせたけどよ」
「その志は素晴らしいけど、ちゃんと受け取らないと、私達も心苦しいのよ?」
周りから、なぜか、治療費を受け取るように催促されてしまう。
ほんとにいらねえんだけどな……
「あー……なら、金貨3枚で」
「そ、それだけでいいのかい……? 寄生型の魔物の切除手術なんて、成功しようが失敗しようが、最低でも金貨百枚以上かかるのだけど……」
「それは、治癒師を束ねる治癒師ギルドの方針だろう? 俺は別に、治癒師ギルドに所属しているわけじゃねえから、報酬設定は自由だ」
「えっ!? あんた、野良の治癒師だったのかい!? こんな凄腕の治癒師がいるなんて、聞いたことないぞ……」
凄腕と言ってくれるのは嬉しいが、俺なんてまだまだだ。
師匠に比べれば知識も技術も不足してて、もっと鍛錬を積まないといけない。
「セイルさんが未熟だったら、他の人はどうなっちゃうのかな……?」
「考えるのも恐ろしいことになりそうね」
二人はそう言うが、実際、俺は未熟だ。
救えない命をたくさん見てきた。
だから……
いつか、全てを救えるような治癒師になりたいと思う。
「……わかったよ。今回の件は、本当にありがとう」
「あいよ、どういたしまして」
金貨三枚を受け取る。
「キミは、本当にすごいな……まるで、勇者様のようだ」
「いや、俺は勇者なんてものじゃねえぞ」
「でも、とんでもない力を持っていて、人々だけではなくて、魔物の救済も行う……これ、どこからどう見ても勇者の行いだと思うんだよね」
「治癒師として、当然のことをしているだけだ」
「その当然ができる人は、なかなかいないよ」
とはいえ、俺は勇者ではない。
勇者はクライブだ。
そして俺は、ただの治癒師。
本家がいるのに、勝手にそんな風に呼ばれるわけにはいかない。
「いいではないか」
振り返ると、ギルドマスターがいた。
手術の間、色々と調整を行ってくれていたようだ。
「これを機会に、勇者を名乗ったらどうだろうか? キミはこの街を救い、たくさんの人々を救い、そして、種族の壁を関係なく魔物も助けた。その行いは、まさしく勇者だろう」
「あのな……俺が勝手に勇者を名乗るわけにはいかないだろうが。王家が決めるものだろ」
「細かいことは気にするな。そうだな……ほれ、ご当地勇者というやつだ」
なんだ、そのご当地グルメのパチモンみたいなヤツは。
「なに、キミがわざわざ自分で名乗ることはない。俺は勇者だ! と声を大きくしてアピールするのは、とても滑稽だからな。キミを讃える、我々がそう呼ぶことにしよう」
「いや、しかし……」
「よし、決まりだ! 皆、今日から、彼、セイル・セインクラウスは、『癒やしの勇者』だ! 我々で彼を讃えて、盛り上げていこうではないか!」
「「「おおおおおぉーーーーーっ!!!」」」
どうしてこうなった?
頭を抱えたい気分だ。
「ふふ、大事になっちゃいましたね」
「笑い事じゃねえ……俺は、あまり目立ちたくない」
「そうなの?」
「目立つと、動きが鈍くなるだろう? そうなると、治癒師の活動に影響が出てくるかもしれない」
「まったく。こんな時でも、誰かを助けることばかり考えているのね」
「治癒師だからな」
「ほんと、治癒ばかなんだかだから」
治癒ばか!?
「そうですね。セイルさんは、治癒ばかだと思います」
ユナにまで言われてしまった……
「でも」
ユナがにっこりと笑う。
それは太陽のように温かく、優しい笑みだ。
「そんなセイルさんは、とても素敵だと思います」
「そうよ」
アズは、ちょんと俺の鼻を指先で押してきた。
「セイルは、あたし達の誇るご主人様よ。もっと堂々と、誇らしくしていなさい」
「ご主人様になった覚えはねえよ……」
「言ったでしょう? エルフは、とても義理堅いの。いつかきっと、絶対に恩返ししてみせるんだからね♪」
「別に、気にしなくていいんだがな」
「気にするわ。セイルが気にしなくても、助けられた方は、ずっと覚えているものよ。あの人も、あの魔物も、すごく感謝していると思う」
「はい。だからこそ、セイルさんを讃えたいのかと」
「本当、そういうのはいいんだが……」
とはいえ。
「それが感謝の気持ちっていうのなら、否定するのは無粋か」
俺は苦笑して……
大層な称号はともかく、人々の感謝の気持ちは受け取るのだった。
苦笑して……
「……見つけたぞ、セイル」
そんな声が響いた。




