26話 剥奪
「ちくしょうっ!!!」
とある宿の一室。
外にまで響くような、クライブの怒声が響いた。
イスを蹴り飛ばして。
それでも足らず、テーブルを殴りつけて。
近くにあるものに怒りをぶつけていく。
しかし、怒りが晴れることはない。
それもそのはず。
なにしろ……
「どうして……どうして、この俺が勇者でなくならなければいけない!? なぜ、勇者の称号を剥奪されなければならないんだ!!!」
先ほど、クライブの勇者の称号を剥奪する旨が記された手紙が届いて……
それが正式なものであることを確認して、クライブは荒れに荒れていた。
それは、ルルカとティトも同じだ。
「剥奪の理由って、この前のフェンリル騒動でなにもしなかったから、だっけ? ちょっと無茶苦茶な理由じゃない?」
「そうだね。僕達は、討伐に向けた準備をしっかりとしていた。それなのに、なにもしていないと判断されるのは心外だ」
「たまたま、誰かが適当にやって運良く解決しただけでしょ? そちらが評価されて、あたし達だけ低評価ってのは、贔屓じゃないかしら?」
「厳重に抗議をする必要があるね。僕達の正当性を認めさせてやろうじゃないか」
仲間達が憤りを見せる中……
「……」
チェルシーは、一人、冷めた表情だった。
手元には、以前、ルルカに頼んでまとめてもらった情報がある。
興味ないから、とルルカは中を確認していない様子だったが……
それを見たチェルシーは、色々と納得した。
パーティーの不調。
それと、もう一人の勇者の噂。
全ての疑問が解決した。
目の前では、仲間達が憤っている。
その怒りが見当外れで、身勝手なものであると、それに気づいているのはチェルシーだけだ。
あたしがどうにかしないと。
チェルシーは意を決して、真実を告げることにした。
「それ、セイルだよ」
「……なんだって?」
クライブの動きがピタリと止まる。
「フェンリルの事件を解決したのは、セイルのパーティーだよ」
「それは本当なのか、チェルシー……?」
「うん。あたし達が……準備をする、っていう名目でもたもたしている間に、セイルは問題を解決して、街を救ったんだよ」
「あいつが……そうか、あいつが俺の手柄を横取りしていたのか! そのせいで俺は、勇者の称号を……そうか! それがセイルの狙いか!? パーティーを追放されて、その逆恨みで俺に嫌がらせを……」
「もうやめてよっ!!!」
チェルシーの悲鳴のような声が響いた。
目にいっぱいの涙を溜めて。
いい加減に目を覚ましてほしいと、必死に訴える。
「セイルはそんなことしないよ! ただ、誰かを助けたい、ってそう思って行動しただけだよ。セイルの性格ならそうするだろうし、街の人の話を聞けば、すぐにわかることだよ」
「ふざけるな! なら、なぜ俺の勇者の称号が剥奪されなければならない!? あいつが裏で糸を引いていたとしか考えられないだろうが!」
「だって、クライブは……ううん。私達、なにもしてないじゃん!」
今回の件だけではなくて。
ここ最近、クライブ達は失敗だけ。
なにも達成しておらず、報告も遅く、プライドを優先して、時に情報の隠蔽も図る。
そのようなことを続けていれば、称号の剥奪は当然だ。
チェルシーだけがちゃんとその事実を見ていた。
「失敗ばかりで、なにもしてなくて、ずるいこともして……ぜんぜんダメだよ」
「た、たまたまだ! 少しくらい不調になる時はあるだろう!?」
「そうだとしても……セイルは、その間に、たくさんの依頼をこなしてきた。たくさんの人を助けてきた。私達とは、ぜんぜん違うよ」
「お前っ……! セイルを褒めて、俺達をけなすつもりか!?」
「事実でしょ!」
クライブの怒声に怯まず、チェルシーは必死に訴える。
今なら、まだやり直せる。
引き返すことができる。
「セイルはうまくいってて、私達は失敗続き……みんな、もうわかっているよね? 認めたくないだけで、本当は気づいているよね? 私達のパーティーには、セイルが必要だ、って」
「「……」」
ティトとルルカは苦い顔をした。
しかし、クライブは表情を変えない。
「セイルに、パーティーに戻ってもらうようにお願いしよう? 謝ろう? そうすれば、また以前みたいに、ちゃんとできるよ。勇者の称号だって、また、元に戻してもらえるはず。だから……そうしよう? ね?」
「……」
クライブは言葉を返さない。
激しい葛藤があるらしく、表情をひきつらせている。
怒鳴ろうとして。
しかし、飲み込んで。
意味もなく口を開けて閉めて。
「……いいだろう」
しばらくして、小さく頷いた。
「そこまで言うのなら、セイルと話をしようじゃないか」
「クライブ!」
「チェルシーは、セイルの居場所を探しておけ。それと、話ができそうな場所と時間もな」
「うん! うん!」
チェルシーは笑顔になる。
セイルが戻ってきてくれれば、以前のようにうまくいくはずだ。
パーティーも、また一つになるはず。
……そう思っていたのだけど。
事態は、彼女が思っている以上に深刻で。
そして、それ以上にクライブがどうしようもないということに、チェルシーは気づいていなかった。




