25話 決して懐かないはず
なぜかわからないが、フェンリルの幼体に懐かれてしまった。
こっそりと残り、俺についてくるほど。
その後、すぐに親が戻ってきて引き渡そうとしたのだけど、激しく抵抗されてしまう。
ものすごく懐いている様子。
それに、せっかくだから世界を自分の足で見てきてほしい。
そんな感じで頼まれてしまい、そのままフェンリルの幼体を預かることになった。
「はーい、ご飯だよー」
「いっぱい食べて、早く大きくなるのよ?」
「わふっ」
ユナとアズは、にこにこ笑顔でフェンリルの幼体の面倒を見ていた。
ふわふわもこもこ。
女の子は、やっぱりこういうのが好きなんだろう。
フェンリルの幼体も二人に懐いている様子で、とても嬉しそうだ。
ただ……
「おんっ!」
「っと……」
食事を終えると、フェンリルの幼体は俺に突撃してきた。
怒っているわけじゃなくて、単に甘えているだけだ。
「なんだよ、甘えるならユナとアズにしろ。俺なんかに甘えても仕方ねえだろ」
「わふー」
「……ちっ、めんどくせえな。なんだ、お前は散歩にでも行きたいのか?」
「おんっ!」
「仕方ねえな……適当に扱えば、またお前の親が来るかもしれねえからな。仕方ないから連れていってやるよ。いいか、仕方なくだからな?」
「あおーーーん!」
「「……じー……」」
気がつけば、ユナとアズが、どこか物欲しそうにこちらを見ていた。
まだ、もふもふし足りない?
いや、そうじゃなくて……
「……二人も一緒に散歩に行くか?」
「はい!」
「ええ!」
これで正解だったようだ。
一緒にいたかったらしい。
「それにしても……セイルさん、すごいですよね」
「本当ね」
「なんの話だ?」
「この子ですよ。フェンリルが人に懐いたなんて話、聞いたことがありません。フェンリルっていえば、魔王が従えるものじゃないですか」
「もしかして、セイルは魔王……? 納得ね」
おいおい。
とんでもない勘違いはやめてくれ。
「ユナとアズも懐かれてるだろ」
「あたし達はエルフだからね。人間よりは、っていう感じ。それに、セイルと比べると、ちょっと様子を見られているところがあるし……」
「それに比べて、この子は、セイルさんには思い切り甘えています。親と一緒にいるかのよう……魔物だからこそ、人を見る目が養われているのかもしれませんね」
「セイルを掴まえた、っていうことは、この子、見る目は確かね。まあ、ちょっと甘えすぎていて、うーって嫉妬しちゃう時があるけど……って、今のなし! なしよ!?」
「いっそのこと、私も躾けてほしいです……」
「ユナ、あんた……?」
「つまり……どういう話なんだ?」
「セイルさんはすごい、っていうことです♪」
ユナが自分のことのように嬉しそうに言う。
「ところで、この子に名前をつけないの?」
「そうだな……それも問題ないと親は言っていたから、そろそろ考えた方がいいか」
散歩と従魔登録の前に、まずは名前を考えることにした。
「シロちゃん!」
「ポチ!」
「毛玉」
「「それはない」」
揃って否定されてしまう。
なぜだ?
「セイルさん、色々と規格外ですけど……」
「ネーミングセンスは壊滅的なのね……」
やめろ。
憐れむような目を向けるな。
「この子、女の子だから、可愛い名前がいいと思うんです」
「そうね。なら……シュガー、とかは?」
「フェンリルだから、リル、っていうのもありだと思います!」
「うーん、迷うわね」
二人は目をキラキラさせて名前を考えている。
とても楽しそうだ。
このまま二人に任せて……いや、ダメか。
俺に託されたようなものだ。
採用されないとしても、しっかり名前を考えないと。
「……ソル……」
ふと、そんな言葉がこぼれた。
「ソル?」
「確か、古い言葉で太陽、って意味よね」
「ふと思いついてな。どうだ?」
「ソルちゃん……うん、いいと思います!」
「あたしも。セイルも、全部のネーミングセンスが壊滅的っていうわけじゃないのね」
「ほっとけ」
ユナとアズは賛成みたいだ。
なら、あとは本人次第だけど……
フェンリルの幼体を抱き上げた。
「お前の名前は、ソル……どうだ?」
「わふっ! おんっ、おんっ!」
俺の言葉を理解しているのか、とても元気に鳴いた。
さらに顔を寄せて、ぺろぺろと舐めてくる。
「おい、くすぐったいだろ……って、仕方のないやつだな」
「わふー」
こうしてみると、可愛いな。
いつまで一緒にいられるかわからないが、その間は、大事にしよう。
「……お姉ちゃん。セイルさんが規格外だとしても、フェンリルがあそこまで懐くなんておかしくないかな?」
「……奇遇ね。あたしも今、同じことを思っていたわ」
「……なんで、あんなに懐かれているんだろう? セイルさんは、人間なのに……」
「……人間でも、例外がいるじゃない」
「……勇者?」
「……ま、そういう可能性も、もしかしたらあるかもね」




