24話 本当の支配者
『はははっ! 人間ごときの矮小な拳で我と戦うというのか? 正気か? それとも……我を舐めているのか?』
「まさか。俺は、いつでも本気だぜ」
『そうか……』
ゴウッ! と、質量すら持つ殺気が放たれた。
後ろでユナとアズが抱き合うようにして震えた。
密猟者達は、耐えられずに全員、気絶して倒れた。
『ならば、貴様を最初の贄としてくれるわ! 気が変わった、やはり殺してやろう……死ねっ!』
フェンリルが地面を蹴る。
音よりも速く、確実な殺意と共に前足を振り抜いてきた。
直撃したら即死は免れない。
なら、直撃しなければいい。
『なっ……!?』
必殺の一撃を回避されてしまい、フェンリルは動揺を見せた。
隙だらけだけど、まだ、俺から攻撃するわけにはいかない。
「なあ、頼むよ。子供をさらったことに関しては、心から謝罪する。本当に悪かった。当人達の命を差し出すし、他に、無茶な要望でなければ応えるようにする。だから、それで手を打ってくれないか?」
『戯言を……舐められたまま終わるわけにはいかぬ! やはり、まず最初に、貴様を血祭りにあげてやろうっ!!!』
フェンリルから放たれる闘気がさらに増した。
先の強烈な一撃は本気ではなかったのだろう。
「せ、セイルさん、にげ、逃げてください!」
「無茶よ!? そんなヤツと、た、戦うなんて……絶対に無理よ!」
俺も無茶だと思う。
でも、ここで退くわけにはいかない。
「俺は、治癒師だ。ここで退けば、街の人が危険に晒される。そして、たくさんの怪我人や……死者も出るだろう。それだけは許容するわけにはいかねえな」
「ど、どうしてそこまで……」
「セイルがそんなにがんばらなくても!」
「がんばるさ」
なにしろ、俺は治癒師だからな。
「いくぜ」
『無様に抗ってみせろ、矮小なる存在よ』
こうして、俺とフェンリルの戦いが始まり……
――――――――――
『な、なかなかやるではないか、矮小な存在よ……あ、いや。つ、強き人間よ……うむ。見直したぞ。本当にやるではないか』
……三十分後。
ぼろぼろになったフェンリルがいた。
しっかりと言葉を話しているものの、体のあちらこちらが傷ついている。
散々殴りまくったせいなのだが、自衛のためなので勘弁してほしい。
一方の俺は、特に怪我をしていない。
強いて挙げるとしたら、服が汚れたくらいか?
『貴様は……本当に人間なのか?』
「もちろん。どこにでもいる、普通の治癒師だ」
『貴様のような者がどこにでもいてたまるか。世界が滅びてしまうわ。それと、明らかに異常な治癒師ではないか。戦闘中、一時的とはいえ、敗北の運命を治療して攻撃を避けるなんてでたらめなことをするなんて、ありえないぞ。それに……いかん、ツッコミどころが多すぎて、我では追いつかぬ』
「その気持ち、よくわかります……」
「あたし達も、日々、セイルの非常識さに悩まされているわ……」
『おお、そうか。エルフの姉妹もそう思うか。仲間がいて嬉しいぞ』
お前ら、いつの間に仲良くなったんだよ?
「で、まだやるか?」
『……非常に悔しいが、認めたくはないが、我の負けだ』
「そうなのか?」
『貴様には、まだまだ余力がある。対する我は、体力も魔力も、ほぼほぼ空だ。これ以上、戦闘が長引いたら、どこかで押し切られてしまうだろうな』
「……なら、引き分けってことだな」
『なに?』
「俺も、わりとギリギリだ。余裕見せてるが、強がりだな。ってことで、引き分けだ。引き分け。それでいいな?」
『貴様というやつは……』
しばしの沈黙の後、フェンリルは頭を下げた。
『我の負けだ、素直に認めよう。その上で、我が非礼を詫びると同時に、貴様という類まれなる強者に免じて、街を攻撃するのは止めよう』
「ありがとな」
和解の握手の代わりに、俺とフェンリルは、こんと拳を軽く合わせた。
「それと、この連中、さっきも言った通り好きにしていいぜ」
『ふむ』
「「「ひぃ……!?」」」
フェンリルに睨まれて、密猟者達は体を震わせた。
中には再び失神する者もいる。
『……まあ、いいだろう。街に手を出さないということは、その者達にも手を出さないということだ。貴様に任せよう』
「わかった」
密猟者達は、あからさまに安堵してみせるものの……
連中のせいで街が滅びるところだった。
良くて、労働奴隷の刑。
悪くて、極刑だろう。
安心できる要素なんてねえからな? ボケが。
『それと、もう一つ』
フェンリルは、ぐいっと顔を近づけてきた。
『貴様は、妙な匂いがするな』
「え? セイルさん、お風呂に入っていなかったんですか……?」
「だ、大丈夫! あたし達も、奴隷だった頃はお風呂なんて入れなかったし、あたし達は気にしないわ!」
「入っているからな!?」
あらぬ疑いをかけられて、ついつい大きな声を出してしまう。
『すまぬな、言葉が悪かった。なにか、奇妙な縁を感じるということだ』
「縁……?」
『うまく言葉にできないが、貴様は特別かもしれない、ということだ』
「セイルさんが特別……?」
「おかしい、っていう言葉ならぴったりくるんだけどね」
「俺ほど普通が似合う男はいないだろう?」
『「「異常なら似合う」」』
フェンリルにまで言われてしまう。
むぅ……
俺はもしかして、おかしいのか?
クライブのパーティーにいた頃は、そんなこと、一度も言われたこともないが……
……まあ、三人の過大評価だろうな。
俺は運がよくて、たまたま、うまくいっているだけ。
それを俺の実力と勘違いしているだけだ。
過信してはいけない。
慢心してもいけない。
常に謙虚で、そして、いつも全力で。
それが、人生をうまく生きていくためのコツだ。
そう、師匠に教わった。
『我らが娘も懐いているみたいだしな』
「くぅーん」
こいつ、メスだったのか。
それと……ユナにアズ?
なんで、ものすごい目で睨んでいるんだよ。
『また会うかもしれぬな。その時は、貴様の力になることを約束しよう』
『……ありがとう、心優しき人間よ』
初めて、母フェンリルの声を聞いたな。
それから、二匹のフェンリルはぺこりと頭を下げて、どこかへ立ち去った。
「よし、俺達も帰るか……って、ユナ? アズ? どうしたんだ、ぼーっとして」
「いえ、その……」
「その子……気づいていないの?」
「あん?」
言われてみると、なにやら頭が重い。
手を伸ばしてみると、
「おんっ!」
フェンリルの幼体が元気よく鳴いた。
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