23話 獣王の怒り
ギルドに赴くと会議が開かれていて、詳しい情報を知ることができた。
街のすぐ近くに、フェンリルの番が確認されたらしい。
ひどく気が立っている様子で、偵察に出た冒険者が半死半生で戻ってきた。
その冒険者を治療して話を聞くと……
すぐに我が子を返せ。
でないと街を滅ぼす……と、番のフェンリルに言われたらしい。
「貴重な情報、ありがとな」
「い、いや……こちらこそ、治療してくれてありがとう。あんな怪我を負ったから、もう冒険者は諦めるしかないと思っていたが、まさか、後遺症の一つもなく完全に回復してしまうなんて……キミは、すさまじいな」
「治癒師として、やるべきことをやっただけだ」
それよりも、肝心の問題は解決していない。
「成体のフェンリルが二頭……か。この街は終わりかもしれないな」
初老のギルドマスターが沈痛な表情で言う。
内容が内容だけに、会議にはギルドマスターも参加していた。
討伐や避難などが話し合われるものの、どれもフェンリルが相手では意味はないと、会議は遅々として進まない。
「ちといいか?」
怪我人の治療を優先していたため、子犬のことを説明するのが遅れていた。
「フェンリルの幼体なら、すでに確保したぞ」
「なんだって!?」
「密猟者もセットでな」
「本当か!?」
密猟者を引きずり出して……
それと、フェンリルの幼体を抱いたアズとユナが姿を見せる。
「こいつらが密猟者だ。それと、幼体はこの子達が抱えている」
「オンッ!」
フェンリルの幼体は二人に抱えられて、とても満足した様子だ。
時折、アズの肩の上に移動したり、ユナの頭の上に移動したりする。
ユナの頭の上と、アズの肩の上がお気に入りの場所らしい。
「おぉっ、素晴らしい! キミは……そうか、この前登録した勇者パーティーの……」
「んな話、今はどうでもいいだろ? 対策を考えようぜ」
「そ、そうだな」
「対策もなにも、幼体がいるなら、素直に返せばいいんじゃないか?」
話を聞いていた冒険者が、そんなことを口にした。
俺は首を横に振る。
「素直に返したとしても、そこで終わらねえだろうな。我が子をさらわれた上に、傷つけられた。激怒しているだろうな……報復として街を攻撃する可能性が高い」
「そ、そんな……」
「ただ、俺に考えがある。うまくいけば、おとなしく引き返してくれるかもしれない。任せてくれないか?」
「「「……」」」
ギルドマスターを含めて、会議に参加する者が迷い、黙る。
失敗したら街が滅びる。
それなのに、たった一人の冒険者に任せていいのか?
全員で討伐を試みた方が、まだ可能性があるのでは?
そんな葛藤が伝わってくる。
「……わかった、キミに任せよう」
最終的に、ギルドマスターはそんな判断を下した。
――――――――――
「ユナは、幼体をしっかりと頼んだ」
「はい、任せてください!」
ユナは頭に幼体を乗せて、力強く頷いた。
……幼体が落ちそうになって、じたばたと駆け上がっていた。
「アズは、密猟者達を頼む。拘束してあるから、下手な抵抗はできないと思うが、油断はするんじゃねえぞ。暴れたら、股間でも蹴り上げてやれ」
「そ、そんなことしないけど……ええ、大丈夫よ」
密猟者を連れてきて、その管理をアズに任せた。
そうして、幼体と密猟者を連れて、俺達は、街の外にいる番のフェンリルの前にやってきた。
5メートルほどの巨体。
壁が動いているかのようで、ともすれば心を折られてしまいそうなほどのプレッシャーを放っている。
これこそが生きる天災、か。
「こ、これが……カテゴリーSの、天災級……」
「す、すさまじいプレッシャーね……ちょっとでも気を抜いたら気絶しそう……」
「よし。密猟者達は、そこに並べ。ユナ、幼体をよこせ」
「……セイルさんは、いつもとまったく変わりないね」
「……本当、すごいわ。どうしたら、ここまで強い心を持つことができるかしら?」
「私達もがんばらないとだね、お姉ちゃん」
「ええ!」
ユナから幼体を受け取る。
そのままフェンリルの近くに歩み寄り、幼体を差し出す。
「マジで悪いことをした。ただ、見ての通り、この子は無事だ」
『おぉ! よくぞ無事に……心配したぞ』
「わふっ!」
親子は無事に再会を果たした。
母らしきフェンリルは我が子を迎えて、嬉しそうに抱き寄せる。
一方で、父らしきフェンリルは、ダンッ! と強く大地を踏みしめた。
闘気が迸る。
『では、これでもう、あの街に用はないな。消し飛ばすとするか』
「待て。子供はちゃんと返したぜ?」
『返せば攻撃しない、という約束はしていない』
やはりそうなるか。
フェンリルは、最上位のカテゴリーSではあるが、気性はわりと穏やかで、やたら無闇に襲いかかってくることはない。
しかし、家族や群れの仲間を傷つけられた時は別だ。
その時は激怒して、鬼神のごとき戦いを見せる。
子供を返しただけで引き下がってくれるとは思っていなかった。
だから、密猟者を連れてきた。
「今回の事件の犯人は、この連中だ。なぶり殺すなり好きにしていいから、街を攻撃するのはやめてくれねえか?」
密猟者達が慌てるものの、口を塞がれているため、むーむーとしか呻くことしかできない。
こうなる展開が見えていたので、あらかじめ口を塞いでおいた。
あと、生かしておいたのも、この時のためだ。
『ほう……自分達が生き延びるために同族を売るか』
「もともと、この連中の自業自得だ。他者に害を与えるようなクズまで、俺は救うつもりはない。治癒師は、全ての人を善悪関係なく救うべき、という人もいるが……俺は、そうは思わない。他者に危害を与えるようなヤツは、治療の邪魔にしかならないし、そもそも、そいつ自身が病原体のようなものだからな。ゴミはいらねえよ」
『ふむ』
考えるような間。
ややあって、フェンリルは首を横に振る。
『街を滅ぼすことは止めよう。しかし、そやつらでは足りぬ。二度とこのようなことが起きぬように、見せしめとして、貴様にそれなりに痛い目に遭ってもらうことにしよう』
「はぁ……やっぱり、こうなるかよ」
フェンリルって、意外と頑固なんだよな。
舐められてはいけないと力を示す傾向がある。
そこそこの確率でこうなることを予想していた。
だから俺は……
「悪いが、街を攻撃させるわけにはいかねえよ。街の人々に落ち度はねえからな。人々を怪我の可能性から予防する……そのために戦いが必要ならば、俺は、戦おう」
俺は拳を構えて、フェンリルと対峙した。
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