20話 どこまでも落ちていく
……一方、その頃。
「ちくしょうっ!!!」
宿の一室。
部屋を借りているクライブは、備えつけられているイスを蹴飛ばした。
派手な音を立てて吹き飛んで、壊れる。
「くそっ、くそくそくそ!!! 勇者であるこの俺に対して、あの貴族は、ふざけた態度を……!!!」
思い返すのは、先程のこと。
クライブ達は、とある魔物の討伐をするように要請を受けて、ダンジョンに赴いたのだけど……
先日から続く不調は回復できず。
むしろ、さらに悪化して、パーティーの戦闘技術も連携も最悪。
敗北して、情けなく撤退するハメに陥った。
まずは回復に努めて。
後日、貴族に報告に向かったのだけど……
『……失敗したという話は、すでに知っていますよ。というか、それは数日前の話ですよね? なぜ、もっと早くに知らせてくれなかったのですか? そのせいで、一部の冒険者に被害が出たのですよ』
『回復に努めていた? その割に、あなた方は元気そうですね。いやはや、素晴らしい回復力だ。数日前は、誰も報告に行けないほど動けないというのに、それほどの怪我をたったの数日で回復するとは。本当に素晴らしい回復能力だ』
『ああ、そうそう。もう魔物の討伐は必要ありませんよ? とある冒険者が倒してくれましたからね。あなた方と違い、事前情報も準備もなかったようですが、圧勝だったらしいですよ』
『報酬? なにをバカな。あなた方はなにもしていません。払う報酬なんてありませんし、むしろ、違約金を払ってもらいたいくらいだ。私としては、無銭飲食をされたような気分ですよ、今は』
『というわけで、さっさと我が屋敷から出ていってもらいたい。勇者(笑)殿には、もう用はありませんからね。まあ、ゴブリンが出たら、その時は討伐をお願いしましょうか。さすがに、ゴブリンくらいなら相手にできるでしょう?』
……という塩対応を受けたのだ。
とはいえ、仕方のない……というか、当たり前の話である。
依頼に失敗しただけではなくて、遅れた報告と、その内容のごまかし。
三流のすることである。
「くそっ、この俺に向かって舐めた口を……!」
「……そのことなんだけど、ちょっと気になる話を聞いたわ」
ルルカが口を挟む。
「なんでも、魔物を討伐した冒険者は、『癒やしの勇者』とか呼ばれているらしいわ」
「は? 癒やしの勇者だと?」
聞いたことのない話を耳にして、クライブが眉をひそめた。
「なんだ、それは? 勇者である俺は、ここにいるぞ!」
「私に怒らないで。私は、そういう噂があるってことを聞いてきただけなんだから」
ルルカはため息をこぼす。
「……詳細を」
「本当に噂くらいだから、詳しいことはわからないわ。ただ、今、癒やしの勇者と呼ばれ、少しずつ支持を増やしている冒険者がいるみたい」
「あ、それ、あたしも聞いたことあるわ。なんか、一瞬で怪我を治してみせたとか。不治の病を癒してみせたとか。そんな感じ」
「そんなバカな話、あってたまるか!」
クライブは苛立ちをあらわにして、テーブルを叩いた。
「ふざけた話だ。勇者は、ただ一人。この俺、クライブ・アーネストこそが勇者だ! 他の者に勇者を名乗る資格なんて、欠片もありえん!」
「資格はともかく、気になる話だね」
ティトも話に乗る。
「癒やしの勇者とやらがなにを考えているのか? あるいは、企んでいるのか。僕としては、それなりに気になるかな? 敵対するかもしれないからね」
「ふんっ……どうせ、俺の偽物に違いない。勇者を名乗ることで、地位や富を得られると思っているのだろう」
「ま、その可能性もなくはないね。事実、そういうヤツは、ちょくちょく現れていたし」
勇者を騙り、地位や富を求めた者は多い。
ただ、そのほとんどは偽物であることがバレて、クライブ達が手を下すまでもなく自滅していった。
勇者を名乗ることは、それほどまでに難しい。
人々の期待に応えて、救いの手を広げて、悪を断つ。
それだけのことをしなければいけないのだ。
しかも、失敗は許されない。
当たり前のようにこなしていかないといけない。
「くそっ……苛立つ話だな」
「ま、そんなムキになることもないんじゃない? 今までと同じように、『自称』勇者は、勝手に消えていくと思うよ。『勇者』はそこまで簡単なものじゃないさ。勝手に名乗るヤツは自滅していくだろうね」
「……まあ、確かに」
ティトの言うことも一理ある。
そう受け止めたクライブは、いくらか落ち着きを取り戻した。
「そうだな、ティトの言う通りだ。どうせ、今回も大したことのない小物……詐欺師でしかない。そのような者に構っているほど、俺はヒマじゃない」
「そうそう、気にしないことが一番さ」
「……ああ」
同意するものの、クライブの表情は晴れない。
今回の一件だけではなくて。
ここ最近、ずっと任務に失敗していた。
まともな成功がない。
それを国も重く見ているらしく……
『勇者』の称号の剥奪を検討しているとか。
そのようなことになれば国中の笑いものだ。
いや。
世界から失笑されるだろう。
まともに活動なんてできない。
仮にそうなったとして、冒険者として再起を図ることも無理だろう。
誰も知らないような辺境でひっそりと生きていくしかない。
最悪の未来に震えてしまう。
「……あのさ」
チェルシーは、ルルカにだけ聞こえる声で言う。
「ちょっと内緒の相談があるんだけど……」
「改まって、なによ?」
依頼の失敗が続いて。
称号の剥奪も検討されて。
後がなくなり始めていた。
あと数回、失敗を重ねれば……
あるいは、大きな失敗を一つでも見せたら、そこで終わり。
なにもかも失うだろうと、チェルシーは考えていた。
だから、それを回避するための最善の策を打たなければいけない。
そして、その策は一つしかないと考えていた。
「セイルのこと、調べてくれないかな?」
「セイルを?」
「やっぱり、セイルを追放するべきじゃなかったんだよ。クライブが強く主張したから、あの場は、あたしも押し切られちゃったけど……でも、セイルがいなくなってから、パーティーはバラバラだよ。戦闘だけじゃなくて、あたし達の繋がりも。このままだと……」
チェルシーは、必死にセイルの必要性を訴えた。
彼がいたからこそ、パーティーはうまく戦うことができていた。
皆が一つになっていた。
チェルシーにとっては、セイルのことを力だけで量っているわけではない。
優しく、優しく。
春のひだまりのような心を持つ人。
クライブの隣に立つのなら、セイルのような人なのだ。
自分達ではうまく支えることができない。
それに……
個人的にも、セイルに戻ってきてほしいと思っていた。
大事な……本当に大事な仲間と思っているから。
しかし。
「なにを言っているの?」
ルルカは、呆れた様子で言う。
「セイルが必要? そんなこと、ありえるわけないじゃない」
「そんな……でもっ」
「私は、セイルを追放したことに納得しているわ。間違っているなんて思っていない」
「それ……本気?」
「当たり前でしょう? チェルシーこそ、下手な同情をしてどうするの?」
「違うよ。あたしは本気で……」
「はい、つまらない話はおしまい。チェルシーも、あんな役立たず、さっさと忘れなさい」
ルルカは本気で言っているのだろう。
そのことを感じたチェルシーは、絶望に似た感情を抱いた。
「あたし達には、絶対にセイルが必要なのに……」
誰も理解してくれない。
誰もセイルを必要としていない。
罪悪感すら抱いておらず、自分達が正しいと信じている。
なんて……
「……傲慢なんだろう……」
もう無理かもしれない。
チェルシーは、諦めと絶望を同時に感じていた。
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