2話 口が悪いからパーティーを追放された。まあいいか
「セイル、お前はクビだ」
ダンジョン攻略を終えて、街に戻った後。
会議を行うと集められた宿の一室で、そんな話を告げられた。
俺にクビを告げたのは、幼馴染のクライブだ。
俺と同じ冒険者で、『勇者』の称号を授かっている。
そんな親友の力になれることを誇りに思い、俺は、治癒師としてパーティーに貢献してきたのだけど……
「俺のパーティーにお前のような、ただ回復することしかできない無能な治癒師なんて必要ない。今すぐに荷物をまとめて、出ていけ!」
親友のはずなのに、そんな酷い言葉を浴びせられてしまう。
今までは、そのことを辛く悲しく思っていたが……
ここ最近は、なんとも思わなくなっていた。
むしろ、呆れが強い。
「あー……一応、理由を聞いてもいいか?」
「理由? そんなこともわからないのか、お前は。この俺に指摘されるまで、本当に問題点に気づいていないのか? そういうところがダメなんだよ、少しは考えて頭を使え!」
「問題点……か。俺は、ちゃんと治癒師としての役目を果たしてきたはずだ」
「だから、何度も言っているだろう。それだけではダメなんだ、と。そして、甘えるな、手を抜くな、適当にやるんじゃない、とも!」
クライブは、やれやれとため息をこぼした。
そして、冷たい視線をこちらに向けてくる。
「いいか? 俺は勇者だ」
「ああ。そういう称号を授かり、一緒に旅をしてきたんだ。それは理解しているさ」
「本当に理解しているのか? していないだろう。俺のパーティーの一員になるということは、勇者の名を背負うということだ。それなのに、セイルにその自覚がまったくない。いつも適当なことをするだけで、真面目にやっていない」
そうか。
やはり、クライブにはそう見えていたのか。
……長い間、一緒に過ごしていたのに、手を抜いているように見えたのか。
適当にやっているように見えたのか。
改めての確認になるが、やはり、そう思われていたことは辛い。
「それに、俺は勇者だ。オールラウンダーだ。この意味はわかるな?」
「……っ……」
「そう、回復もできるんだよ。フルヒール、エリアフルヒール……どちらも使うことができる。さて、ここで問題だ。攻撃と防御と回復ができる俺。一方で、セイルは回復しかできない。どちらが必要だと思う?」
違う。
確かに、治癒師の俺は回復に特化した力を持つ。
でも、回復だけじゃなくて、他にも色々なことができる。
多方面でパーティーを支えてきたはずだ。
……そう言いたいのだけど、うまく言葉が出てこない。
幼馴染から……
親友からこんなにも敵意に満ちた目を向けられるとは思わなくて、それで動揺して……
俺は、半ばパニックに陥っていた。
役に立たないと思われていただけではなくて。
憎しみに近い感情まで抱かれていたとは、さすがに予想外だった。
「だが、クライブは、それこそ勇者だから回復に専念するわけにはいかねえだろ? 俺なら回復に専念することが……」
「だから、何度も言わせるな。回復だけに専念されても困る。これから、戦いは激化する一方だろう。俺のようにとまでは言わないが、せめて一人二役くらいはこなしてもらわないとな」
「それなら、きちんとこなしていただろ? 索敵に戦術に、囮もしたよな? 一人二役どころか、五役はこなしてたぞ。目、開いてたか?」
「なら、先の失態はなんなんだ!?」
クライブが机を叩いて、大きな音が響いた。
「偽のセーフゾーンの罠を見抜くことができず。敵の探知も遅く、足止めもできない。アタッカーとしての火力もない。なにもできていないだろう」
「それは、指示をしつつ、クライブ達の治療を最優先にしていたからだろ。俺の手は二本だけだ。四本五本必要なことを要求されても、さすがに無理だろ。常識を知れ、常識を」
「はっ、俺達に責任転嫁するつもりか? とんだ治癒師様だなぁ!」
責任転嫁じゃない、事実だ。
クライブ達は戦闘が荒い。
力任せに突撃することが多く、必然的にダメージも増える。
万が一にも勇者とその仲間を失うわけにはいかないため、あの時、俺は回復に専念していたのだ。
「口だけは達者で、実戦で成果を示さない。幼馴染の情けで今までパーティーに参加させていたが、もう限界だ。とっとと失せろ!」
「……クライブ……」
一緒にすごい冒険者になろうと、笑顔で夢を語り。
俺が困っている時はクライブが、クライブが困っている時は俺が助けると誓ったというのに……
それなのに、どうして、俺はこんな言葉を浴びせられているんだ……?
なんで、こうなってしまったのだろう……?
「というか、だな……なによりもまず最初に、その態度が気に食わないな」
「態度? 俺のどこに問題があるんだよ。すげえ聖人君子だろうが、おら」
「その口の悪さだよ!」
クライブは苛立った様子で、テーブルを叩いた。
「勇者であるこの俺と対等のつもりなのか? それとも、その上にいると位置しているのか? いつもいつも雑で生意気な口を聞いて……」
「おいおい、待てよ。俺の口が悪いのはその通りだ、認めるさ。ただ、それは昔からのことで、承知の上だろう? それを今更……」
「うるさいっ、黙れ!」
「……」
「俺は勇者だぞ!? 勇者に対して、そのような口の悪さ、許しておけるものか!」
「んなこと言われても、俺はずっと昔から……」
「お前の口の悪さには辟易していたんだよ! 自分が一番偉くなったつもりか!? いつもいつも生意気で、口の減らない反論ばかり……おまけに、人の神経を逆なでするかのような発言。もう我慢の限界なんだよ!!!」
……そうか。
クライブ……お前は、変わってしまったんだな。
「ティトは同意見なのか?」
パーティーの守りを一手に引き受ける、タンクであるティトに声をかけた。
彼は子供のように幼く見えるものの、その外見に反して、一流のタンクだ。
強力な魔物の攻撃を涼しい顔をして受け止めたことがある。
「悪いけど、僕もクライブに賛成だね」
「そうか」
予想していた答えだ。
でも、いざ実際に突きつけられると厳しいものがある。
「みんな、強くなった。そして僕も強くなった。僕はタンクとして大きく成長して、皆の被弾を最小限に抑えることができるようになった。つまり……回復はさほど重要ではなくなった、ということさ」
「だが、必要ないってことはねえだろ?」
「そうだね。でも、それは先の会話でもあったように、クライブが担当してくれればいい。それに、お荷物が一人減れば、僕の仕事も楽になる。あと……やはり、キミの口の悪さは不愉快だよ」
口の悪さについては申しわけないと思うが……
それ以外は、そんな風に思われていたのか。
というか、ティトはタンクなのだけど、やや前に出過ぎるところがある。
それで被弾が多く、たまに回復が追いつかなくなるのだけど……
それ、俺のせいにされているのか?
「ルルカは?」
指先で髪の毛をいじる女の子に声をかけた。
斥候や調査、罠の解除。
戦闘時は毒などで敵を撹乱する、一流のスカウトだ。
パーティーメンバーで、一番、冷静に物事を判断することが求められている。
故に、この場でも冷静な意見を出せると思っていたのだけど……
「え? そんな目で私を見られても、困るんだけど。ってか、クライブの言ってることは妥当じゃない?」
「……俺がいても意味がない、と?」
「これからは、一人一役じゃダメなのよ。最低でも、一人二役にならないと。でも、セイルは回復だけ。役立たずじゃん」
「あのな……だからそれは、みんなの安全を最優先にしているからで……」
「は? あんたがいないと、私達が危険になるって? それ、うぬぼれもいいところじゃない」
事実じゃないか?
ルルカは血気盛んなところがあり、スカウトではあるものの、戦闘では前に出ることが多い。
おかげでよくダメージを負い、回復が追いつかないと思った時も一度やニ度ではない。
ティトと似たようなことをされて、必然と回復に専念しなければならない。
「ちょ、ちょっと待って! みんな、落ち着こうよ!」
その時、チェルシーが声をあげた。
「セイルを追放するとか、酷い話はやめよう? 私達、仲間じゃない」
「……チェルシー……」
「それに、セイルはがんばっているよ。みんな、ちゃんと気づいていないだけで、けっこうすごいことをしてて……さっき、セイルが色々なことをしているっていうのは同意見。私もそう考えているし」
チェルシーは、一生懸命、俺のことをかばってくれていた。
素直に嬉しいな。
彼女の優しい言葉が心に染みる。
でも……
クライブ達には届かないだろう。
戯言として一蹴されてしまうだろう。
そうなれば、今度は、チェルシーの立場が悪くなってしまうかもしれない。
俺のせいで、チェルシーも酷い目に遭うことは望まない。
……まあ、そもそも。
ここまでボロクソに言われて、俺も黙っているほど大人ではない。
やり返すようなことはしないが、チェルシーを除いて、こいつらへの情は全部消え失せた。
仲間という気持ちも消えた。
「……そうか。なら、わかったよ」
笑顔の奥で、何かが音を立てて崩れた。
「セイル!? そんな、どうして……」
「ありがとな、チェルシー。俺のことをかばってくれて。嬉しかった」
「だって、でも……!」
「もういいさ。チェルシーの言葉だけで、けっこう救われたぜ」
これは事実だ。
彼女の言葉がなかったら、事前に予想していたとはいえ、絶望の底に叩き落されていたかもしれない。
それが今、こうして冷静を保っていられるのは、チェルシーのおかげだ。
彼女の優しさが俺の心を支えてくれた。
「セイル、パーティーを抜けるんだな?」
「ああ、そうするさ。俺もいい加減、頃合いとは思っていたからな」
「やけに潔いことが気になるが……まあいい。素直に抜けてくれるのなら、こちらとしては大事にするつもりはない。助かるよ、セイル。お前が抜けてくれて、俺達は、さらに一段、上に行くことができるだろう」
クライブの言葉からは、以前にあった親しみは欠片も感じられなくても。
もはや敵意しか残っていない。
その感情が、彼の言葉が全て本心であることを俺に理解させた。
「まあ、セイルはセイルなりに、今までパーティーに尽くしてくれた。それは認めよう。だから、これはその礼だ」
小袋を渡された。
中を見ると金貨がたくさん入っていた。
……それをクライブに返す。
「いや……これはいらねえよ。受け取るつもりはない」
「はっ……ははは! そうか、そうか! 最後の最後で己の分をわきまえるようになったか! なんだ、やればできるじゃないか。今だけ見直したぞ? 褒めてやるよ」
バカの金は受け取りたくない、という意味だったが……
詳細は説明しなくていいか。
「これで、明日から……いや。今、この瞬間からお前の顔を見なくて済む。今日は、なんて素晴らしい日だ。祝宴だな」
「そうか」
「おい? なんで、まだいる? さっさと消えろ。その顔、二度を見せるなよ」
「はいはい、わかったよ」
気力を失い、倒れてしまいそうになるものの、なんとか耐えた。
「……じゃあな、クライブ」
「ああ。永遠にさようならだ、セイル」
こうして俺とクライブの縁は切れて……
そして、俺は勇者パーティーを追放された。
セイル、なかなか口が悪いです。
でもでも、少しずつ彼の強さや本当の人柄が見えてくるはずです。
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