19話 変異種
「こいつは……!?」
俺よりも大きく……3メートルほどの巨大なスライム。
その身は血のように赤い。
人だけではなくて、他の魔物も襲っているみたいだ。
粘着質な体に、いくつもの魔物が飲み込まれていく。
「えっ、ちょ……!? なにあれ!? 奥にいるのって、ポイズンスライムじゃなかったの!?」
「あ、あれは……デッドリースライムです! Aランクにカテゴリーされている、災厄級の……あれ一体で、小さな街なら滅びてしまいます。どうして、こんなところに……」
「……変異種、か」
主にダンジョン内で発生する、特殊な個体だ。
魔物が共食いを始めて、その影響を受けて、ダンジョンのレベルに見合わない進化を遂げてしまう。
さきほどの冒険者が受けた毒は、ポイズンスライムにしては強力だと思っていたが……
デッドリースライムによるものだとしたら納得だ。
「た、たたたっ、大変です! 早く街へ戻り、ギルドに報告しましょう!」
「あいつ、食事に夢中で、あたし達に気づいていないわ。今がチャンスね」
「いや」
俺は拳を構えた。
「時間をかけたら、ヤツはさらに進化するかもしれない。それに、準備をしている間に他の犠牲者が出るかもしれない。そうなる前に、ここで潰す」
「「ちょっ!?」」
二人が思い切り慌てた。
「む、無茶です!? 相手はカテゴリーAで、しかも災厄級。人が敵う相手じゃありません!」
「ってか、殴りつけるつもり!? ありえないんだけど! そんなもので、デッドリースライムを倒せるわけないでしょ!?」
「いや、問題ない」
「「あーーーっ、無視された!?」」
ユナとアズが心配してくれることは嬉しいが、大丈夫だ。
……以前、何度も倒したことがある。
慣れている。
「ふっ!」
接近したことで、デッドリースライムが俺に気づいた。
触手を槍のように伸ばしてくるものの……遅い。
目をつむっていても回避できる。
ヤツの攻撃を避けて、カウンターの一撃を叩き込む。
拳を振り……インパクト。
分厚いゴムを殴ったような感触が伝わるが、構わずに振り抜いた。
バチン! と、デッドリースライムの体の一部が弾ける。
「えっ、うそ!? 拳でダメージを与えた!?」
「ちょ、ちょっと待って!? スライムに打撃は効きづらいし、ましてや、相手は、カテゴリーAのデッドリースライムなのよ!? 防御力も、相当なものなのに……」
デッドリースライムは、体の一部が弾けたものの、カテゴリーAなだけあって、それくらいでは死なない。
すぐに再生を始めて、何事もなかったかのように。
そして、体の一部を触手として伸ばして、反撃を繰り出してきた。
「おせえよ。軟体生物だから、頭もとろとろなのか、こら」
回避。
そして、こちらからの反撃を重ねた。
拳を連打。
全ての触手を粉砕しつつ、ヤツの体にもいくつか穴を空けていく。
再生を始めてしまうが……
なら、再生が追いつかない速度でヤツの体を破壊してやればいい。
一撃一撃に、さらに力を込めて。
速度も増して。
強く速く。
連打を繰り出した。
最初は反撃を試みようとしていたデッドリースライムではあるが、途中から、防御に専念するようになった。
俺の攻撃を防ごうとして。
受けたダメージを再生しようとして。
しかし、俺の拳を止めることはできない。
再生も追いつかない。
「終わりだ」
ほどなくして、デッドリースライムの核が露出した。
人間で言う、脳や心臓のようなものだ。
慌てて逃げようとしているが……もう遅い。
俺は一気に距離を詰めて、拳を振り抜いて、巨体の中心にある核を破壊した。
デッドリースライムは悲鳴を上げて……
その巨体はゆっくりと溶けて、消えていく。
「二人共、待たせたな。こっちに来てもいいぜ」
「「……」」
「ユナ? アズ?」
「「……はっ!?」」
二人はぴくんと震えて、我に返る。
「デッドリースライムって、攻撃や毒だけじゃなくて、高い防御力もあるから、すごく厄介な相手、って聞いていたんですけど……」
「それを殴り倒すとか、ど、どうやって……?」
「ま、確かにあいつの防御力は厄介だけどな。ただ、絶対に壊れないものなんてねえんだよ。どんなに硬かろうが柔軟性に富んでいようが、壊れる時は壊れる。人の身体が良い例だ。どれだけ鍛えて、健康に気を使っていても、怪我をする時はするし、病気にもなる。無敵なんてことはねえ」
「で、でも、殴り倒すなんて、さすがに……」
「そうか……二人には見えていなかったか」
「な、なにがですか……?」
「適当に殴っているように見えたかもしれねえが、俺は、ひたすら同じ箇所を殴っていたんだよ。ま、フェイントも兼ねて、たまに違う箇所も殴っていたがな」
それでも、全体の攻撃の八割くらいは同じ箇所を狙っていた。
どれだけ頑丈でも。
どれだけ柔軟でも。
同じ箇所に打撃を受け続ければ、防御が綻んでいく。
「デッドリースライムはそれに耐えることができなかった、ってわけだ。ついでに言うと、殴ることだけでは打撃の威力は伝わりにくいが……こう、インパクトの瞬間に拳を揺らすことで、通常よりも多くの衝撃を送ることができる。衝撃は、防御力関係なく伝わるからな。そうやって、外と中から同時にヤツを破壊してやった、というわけだ」
「す、すごいです……そんな方法があるなんて。私、スライム系の敵は、剣とかで斬るか、魔法で相手をするしかないと思っていました」
「既存の考えをぶち壊して、拳による打撃を通す方法を構築するとか……セイルって、戦闘の天才なのかしら……? どうして、そんなことができるの?」
「治癒師だからな」
これもまた、当たり前の答えだ。
「魔物を放置すれば、人を……いや。人だけじゃなくて、たくさんの生き物が傷つくからな。だから、それを排除することは事前予防に繋がる、ってわけだ。そのために戦闘訓練を積み、力を得る……ある意味で、これも治療だ」
「拡大解釈かもしれないけど……でも、ちょっとわかったかも」
「私達に真似はできそうにないですけどね……」
苦笑する二人。
「私も、セイルさんを見習わないと!」
「そうね! やる気が出てきたわ」
「おう、いい気合だ。スライム相手に打撃は効かないからどうしよう、って、最初からできない理由を考えるなよ? どうすれば打撃が通用するか、できる理由を考えろ」
「できない理由を考えるな……」
「確かに、その通りね……あたし、できない理由をいつも最初に考えていたかも」
「そういう考えは、思考の幅を狭めるからな。やめておけ。目標は大きく……たとえば、デッドリースライムをワンパンする方法を考えろ」
「さ、さすがにそれは……」
「無茶な目標ってのはわかるさ。ただ、あえて高い目標を設定して、そこを目指すことで、最終的にほどよい加減に落ち着くんだよ。ワンパンはできなくても、拳で殴り倒せるようになった、とかな。低い目標を設定して達成しても意味はねえよ」
「なるほど……確かに」
「セイルさん、とても勉強になります! ありがとうございます!」
「でも、セイルの作戦とか、もうちょっと事前に教えてほしかったわ。さすがに、拳で立ち向かうなんて、心配しちゃうもの」
「……心配するのか?」
「仲間なんだから、心配するのは当たり前でしょう!」
「私達が無茶をしたらセイルさんが心配するように、私達も心配になるんですよ?」
「……」
言葉を失う。
そう……か。
そうなのか……
二人は、そこまで考えてくれていたのか。
俺のことを『仲間』と想ってくれていたのか。
「あー……すまん。今回は俺が悪いな、謝る」
「あっ、いえ!? 頭を下げなくても……というか、あのセイルさんが謝った!?」
「っていうか、やけに殊勝ね? どうしたのよ?」
「なにも。二人の言う通り……仲間だからな。それなのに、勝手をした俺が悪い。そう思っただけだ」
クライブにパーティーを追放されて……
でも、ユナとアズに出会い、俺は、いつの間にか欲しいものを手に入れていたんだな。
「ありがとな、ユナ、アズ」
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