18話 治癒師としての使命と誇りと拳と
ダンジョン攻略は順調だ。
初心者向けのダンジョンなので、大した魔物はいない。
それでも、ユナとアズは油断することなく、次々と魔物を撃破していく。
時に俺も参戦して、二人のフォローをして……
そして、気がつけば地下三層まで降りていた。
「順調ですね! これなら、一気に攻略できるかもですね」
「ダメよ、ユナ。確かに順調だけど、油断したらダメ」
「あっ、そ、そうだね……ごめんなさい、セイルさん」
「そう自覚できているのなら問題はねえよ。それに、油断は禁物だが、適度に心に余裕を持つことも大事だからな。あと、自信も大事だ。自信があることで、俺らはこれくらいのことはできる、って力が上振れしていくからな」
実際、今はうまくやれている。
二人に自信をつけさせるためにも、褒めるところは褒めるべきだろう。
うまくいっているけれど注意するように、なんて連発していたら、萎縮しか招かない。
「ユナもアズは、思っていた以上だ。悪くねえ。この調子で、一気に攻略するぞ」
「はい!」
「ええ」
「っと……ちょっと待て」
先が騒がしい。
トラブルか?
「おい、しっかりしろ!」
「くそっ、なんでこんなことに……」
慎重に先に進むと、同業者らしき人達が見えてきた。
ただ、一人は顔を青くして倒れている。
意識は混濁している様子で、二人の呼びかけに応じていない。
「どうした? 大丈夫か?」
「あんた達は……? いや、この際、誰でもいい。キュアポーションを持っていないか!?」
「失敗して、仲間が毒を受けてしまったんだ。このままだとまずいかもしれなくて……」
「毒か……」
倒れている女性を診る。
体温低下と意識混濁。
それと……呼吸障害と一部、体の痙攣。
「ポイズンスライムの毒だな」
「え? そ、そうだけど、どうしてわかったんだ……?」
「症状がまさにそれだからな。あと、俺は治癒師だ」
「パッと見ただけでそこまで的確に……? そんな治癒師、王都でもいるかどうか……って、あんた、治癒師なのか!?」
「なら、頼む! 仲間を助けてくれ!」
「ああ、もちろんだ。ってか、拒否されても強引に助けるからな」
治癒師は、誰かを助けるために存在する。
毒に倒れた人がいるのなら、毒を取り除くことは当たり前の行為だ。
「ポーションは持っていないから、魔法による手術を行うことになる。構わないな?」
「しゅ、手術……なのか?」
「治癒師なら、魔法で解毒できないのか?」
「ポイズンスライムの毒は厄介だ。単純な魔法で解毒するとなると、時間がかかる。それまで、こいつの体力は保たねえかもしれない。それよりも、魔法を応用した手術なら早く終わる。より確実だ」
「し、しかし……」
「他に手はないんだろ。黙って俺の言うことに従え。安心しろ。俺は、この手の手術で一度も失敗したことはない。今、俺がここにいたことを幸運に思えるだろうな」
「えっと、えっと……セイルさんは、ちょっと口が悪いけど、でも、とても凄腕の治癒師なんです! だから、きっと大丈夫ですよ」
「凄腕というか、規格外って言った方が正しいわね。口は悪いけど、安心して任せていいわ」
「……わかった、頼む」
ユナとアズの援護のおかげで、冒険者二人は手術に同意してくれた。
タオルを広げて、その上に女性を寝かせる。
そっと、首の下の辺りに手を添える。
「……」
集中。
そして、魔力を解放。
まずは、患者の体の構造を解析。
どこが正常か? どこが異常か?
一つ一つ丁寧に分析して、治療が必要な箇所を探していく。
魔力による体の探知のようなものだ。
……見つけた。
右脇腹に傷。
そこから毒が入り込み、いくつかの内蔵にダメージを与えている。
幸いなのは、まだ内蔵が腐食していないということか。
腐食していたら、さすがに面倒なことになるところだった。
「浄化水、生成」
魔法で、まったく汚れのない水を。
そして、消毒作用のある水を作り、患部を綺麗にした。
まずは入り口。
そこから内部に魔力を送り込み、体を蝕む毒という『異物』を破壊していく。
肝臓を犯す毒……破壊完了。
胃を犯す毒……破壊完了。
肺を犯す毒……破壊完了。
最後に、もう一度、魔力の波を送り、探知。
……よし。
毒という『異物』は、全部、ぶっ壊すことができたみたいだ。
「……よし、終わりだ」
「「えっ!?」」
「「えっ!?」」
冒険者二人が驚いていた。
なぜか、ユナとアズも驚いていた。
「ま、待ってくれ! 終わったといったが、なにもしていないようにしか……」
「いや、ま、待て! 彼女を見ろ。顔色が良くなって、呼吸も安定しているぞ……」
「……お姉ちゃん。今、セイルさんがなにをしたのか、わかった?」
「わからないわよ……こうしてじっくり見てたけど、さっぱり。相変わらず、すごい腕ね……」
お褒めの言葉、ありがとう。
「直接、彼女の体内に魔力を注いで、毒素を破壊した。患者の体内に干渉することになるから、これも手術にカテゴリーされるんだよ」
「そ、そんな手術方法があったのか……!? 薬を飲ませるのでも患部を摘出するわけでもなくて、魔力を送り込んで問題となる部分の治療を……な、なんて画期的な方法なんだ! 治癒師のことに詳しくないが、それでも、すさまじいことということがわかるぞ」
「もしかして、その方法は史上初じゃないのか……? しかも、ここまで完璧に……凄まじい腕を持っているんだな、キミは」
「俺なんて、大したことねえよ。どこにでもいる普通の治癒師だ」
「それはちょっと……」
「セイルがどこにでもいたら、この世界、色々とバランスが崩壊しておかしくなっていると思うわ」
ユナとアズは、俺を褒めたいのか?
それとも、貶めたいのか、どちらなんだ?
「と、とにかく……本当に助かった、ありがとう!」
「この礼は、必ずさせてもらう。今は手持ちがないから、街に戻ったら……」
「金はいらねえよ。それよりも、怪我すんな。しないように気をつけろ」
「え?」
「俺は治癒師で、癒やすことが仕事で使命だ。ただ、怪我なんてしないに越したことはねえ。俺等が廃業になるくらい、健康で、無事でいろ。礼なら、そういうことにしとけ」
「そんなことでいいのか? 仲間の命を救ってくれたんだ。最大限の報酬を払うことは……」
「正式な依頼ってわけじゃねえから、いらねえよ。報酬ってのなら、お前らが元気で笑っていること。治癒師にとって、それが最大の報酬だろう?」
「くっ……な、なんという人だ! すさまじい力を持っているだけではなくて、聖人のような性格。この人……いや、この方は勇者ではないのか?」
「ああ、素晴らしいな。まさか、このようなところで勇者様に出会うなんて」
「まてこら。俺は勇者なんかじゃねえ」
妙な勘違いをされてしまった。
訂正したいのだけど、二人は話を聞いてくれない。
あー……
有耶無耶にしてしまうか。
そのうち、俺のことなんて忘れるだろう。
「ところで、ポイズンスライムは?」
「え? ああ……この先にいると思う。仲間を連れて逃げることを優先したから、討伐はしていなくて……」
「いい判断だ。なら、後は任せろ」
「いいのか?」
「獲物を横取りすることになるが、構わねえよな? ってか、お前らは治療に専念しとけ。お前らもほどほどに怪我してんだろ。治癒師の前で、さらに怪我なんてさせられねえからな」
「なんという慈悲深い……」
「ありがとう! 勇者様達の手を煩わせてしまい、申しわけ!」
だから、勇者じゃねえよ。
「ユナ、アズ。いけるな?」
「はい!」
「バッチリよ!」
「いい返事だ」
二人を連れて奥に向かう。
そこで待っていたものは……
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