14話 はじめの一歩は?
「セイルさんって、どうして治癒師になったんですか?」
薬草採取の依頼を終えて、領主の屋敷で歓待を受けて、翌日の帰り道。
ふと思いついた様子で、ユナがそう尋ねてきた。
「あ。それ、あたしも気になるわ」
「よくよく考えたら、私達、セイルさんのことをあまり知らないんですよね」
「あたし達と出会う前はなにをしていたか、そこも気になるわね」
「あー……」
言葉に詰まってしまう。
俺は、意図的に自分の過去を教えていない。
勇者パーティーを追放された。
そんな話をしたら、二人に失望されてしまうかもしれない。
いや……
ユナとアズはそんな子じゃないか。
気にせず受け止めてくれるだろう。
ただ、俺は、自分で思っていた以上に追放がトラウマになっているみたいだ。
なかなか話すことができないでいた。
ちっ……我ながら情けない。
「セイルって、すごい……というか、頭がおかしいレベルの治癒師じゃない? だから、どうやってそんなに成長できたのかな、って気になっていたの」
「お、お姉ちゃん。頭がおかしいとか、失礼だよ。常識をどこかに置き忘れてきたとか、オブラートに包まないと」
「なら、変態的になんでもできる万能感」
「それもダメ。せめて、人じゃないレベル、とか」
……二人共。
それはもう、褒め言葉じゃなくて悪口じゃないか……?
「あー……昔、友達がいてな」
このままだと、どんなことを言われるかわからないので、話をすることにした。
治癒師になった経緯や、そのために努力したことを話すくらいなら、なんてことはない。
「その友達は、けっこう無茶をするヤツでな。だから、自然と俺は、友達のサポートをするようになって……それが、治癒師の始まりだな」
「セイルさん、優しいんですね」
「どうなんだろうな……」
俺は、優しいのだろうか?
クライブには拒絶されて……
鬱陶しく思われていた可能性が高くて……
自己満足だったのかもしれない。
「ま、きっかけはそんな感じだな。それから、治癒師を本格的に志すようになって、色々と鍛錬を重ねた、ってわけだ」
「どんな鍛錬なの?」
「そうだな……」
当時を思い返しながら語る。
「故郷は小さな村で、常駐する治癒師はいなかったな。だから、全部、独学だ」
「まずは魔力を増やさないといけないと思い、毎日、覚えたての魔法を使いまくったな。気絶するまで魔法を使って、目を覚ましたらまた魔法を使って……その繰り返しだ。筋力トレーニングと同じで、どれだけ魔力をいじめるか、ってところにポイントを置いていたな。そうすることで魔力量が増えていく」
「それと、そこらの魔物を相手に戦いの練習もしたな。俺は、街を拠点にする治癒師じゃなくて、冒険者としての活動をメインに考えていた。戦闘訓練は必須だと思って、手当たり次第に魔物と戦い……たまに骨を折ったり血を吐いたりしたが、良い鍛錬になったんじゃねえか? その怪我も治癒の訓練として利用できたからな」
「治癒師としてそれなりに成長できたか? って思えてきた時、魔物の襲撃と流行り病と飢饉で、村が大ピンチに陥ってな。それらをなんとかしようと、魔物と戦って怪我人を治療して。病人を診て、薬を調合して、薬草を採取して、邪魔をする魔物とまた戦って。飢饉をどうにかするために、遠くに出て特製の肥料を調合して、やっぱり魔物と戦って。そんな感じで七徹くらいしたな」
「あとは……たまにやってくる冒険者に色々と教えてもらっていた。ただ、小さな村だから、あまり滞在してくれなくてな。時間がもったいないっていうことで、俺は、寝ずに色々な人に話を聞いたり教わったりしていたよ。その時は……一日の睡眠時間は、たぶん、一時間くらいだったかな?」
「「……」」
当時を振り返りつつ、鍛錬の話をしたのだけど、ユナとアズはドン引きだった。
おかしいな?
そこまで引かれるような話をした覚えはないのだが……
「セイルさんって、そんな無茶苦茶なことをしていたんですか……?」
「下手をしたら……っていうか、下手をしなくても死んでいたじゃない。なんで今、生きているの? え、もしかして幽霊?」
「舐めてんのか? おら、足を見ろ」
「生えてますね……」
「ってことは、幽霊じゃないわね」
「バカなことを真剣に考えるな。まあ、多少は無茶したかもしれんが、そこまでおかしなことじゃないだろ?」
「「おかしいから!!」」
マジかよ。
俺はおかしいのか。
「……ま、あとは師匠がいたな」
「師匠?」
「俺に、治癒師としての技術だけじゃなくて、心構えも叩き込んでくれた恩人だ。その人のおかげで、一人前になることができた」
「へえー、セイルがそんな風に言うなんて、とてもすごい人なのね」
「一度、会ってみたいです」
「その人は、今どこに?」
「さてな。旅人で、世界をふらふらしているような人だから、ガキの頃以来、一度も会えていねえよ」
「そっか……いつか会えるといいわね」
「祈っています!」
「……ま、なんでもいいさ。ってなことをして、治癒師として、そこそこやっていけるようになった、ってわけだ」
「私達、けっこう過酷な人生を歩んできたと思っていたけど……」
「セイルに比べたら、まだまだなのかもしれないわね……」
なぜか遠い目をする二人。
どうしたのだろう?
「治癒師になったらみんなに頼られて……誰かを助けることができる、っていうのは嬉しかったな。それもまた、治癒師を続ける要因になっていたと思う」
「そうなんですね……とてもセイルさんらしい理由だと思います」
「お人好しなのは昔からなのね」
「お人好し、なんてものじゃねえよ。故郷では助け合いが基本だったからな。手を払いのけるのは簡単だが、んなことしたら村八分で終わりだ。必要だからやってただけだ」
「そうやって、助けられたから助ける、って思えるところがすでにお人好しなのよ」
「そんなセイルさんのこと、私は、とても素晴らしいと思います」
「……勝手に思ってろ」
俺のこと。
そして、治癒師の在り方を、クライブには否定された。
意味のないことだと。
役に立たないと。
切り捨てられてしまった。
でも、ユナとアズは違う。
認めてくれている。
それでいいと肯定してくれている。
そのことは……
「ま……多少は意味があったのかもな」
そう思うことができるのだった。
今回は、ちょっと落ち着いた回でした。
そんなテンションも含めて楽しんでもらえたなら、
ブクマや評価で応援してもらえるととても励みになります。




