13話 新しい勇者?
「では、我がアームズ家の恩人と、その素晴らしい技術と知識に……」
「「「かんぱーーーいっ!!!」」」
夜。
領主の屋敷で宴が開かれた。
領主とセルゲイと呼ばれていた治癒師と一緒に、俺達は大きなテーブルを囲む。
娘と一緒にいたいらしく、領主の奥さんはここにはいない。
ただ、あの後、何度も何度も頭を下げて感謝された。
「いやー、セイル殿の技術と知識は素晴らしい! 僕の知らないことをたくさん知っていて……うん。これからは、師匠と呼んでもいいかな?」
「やめろボケ、気持ち悪いだろうが。おっさんが俺に迫るな。ってか、俺なんてまだまだ未熟だ。弟子を取るなんて十年早い」
「キミが未熟だとしたら、僕は、生まれてすらいない卵になってしまうのだが……ふふ。その謙虚なところも素晴らしいね」
そう言うセルゲイだけど、彼も優れた治癒師だ。
色々な話をしたけれど、とても深い知識を持っている。
おかげで、とても有意義な時間を過ごすことができた。
続けて領主が笑顔をこちらに向ける。
「改めて、セイル殿に感謝を。私にできることがあれば、なんでもしようではないか。なにか求めるものはあるかな?」
「別に、礼はいらねえよ」
「しかし、娘を助けてもらったのだ。礼がないというのは……」
「俺がやりたいからやっただけだ。治癒師の自己満足だな。それに金を払うとか、お人好しがすぎるだろ」
「なんと高潔な精神を持っているのだろうか……私は感動した! 例のものをここに」
領主の合図でメイドが小袋を持ってきた。
中を開けると、ぎっしりと金貨が詰まっている。
人の話を聞いているのか、こいつら?
「今回の謝礼だ。受け取ってほしい」
「あのな、だから俺は……」
「キミの高潔な精神は理解した。しかし、私とて、このような大恩を受けておいてなにも返さないわけにはいかないのだ。私の貴族としての面子を守るために、どうか受け取ってくれないか?」
「ちっ……貴族の面子ってのはめんどくせえな。そういうことなら、もらっておくが……」
一部を受け取り、残りは返した。
「残りは、街の治癒院や養護施設なんかに寄付しとけ」
「と、いうと……?」
「そこらの設備を充実させておけば、病気の予防などができるからな。そうすりゃ、治癒師の仕事も減って、俺も楽できる。俺のためになるだろ?」
「なんと、そこまで深く考えて……わかった、そうしよう。ただ、それだけでは、やはり私の気が収まらない。なにか困ったことがあれば私を頼りにしてほしい。どのようなことでも力になることを約束しよう」
「その時は頼りにさせてもらうさ。ま、そんな時は来ないといいがな」
「うむ。では、後は思う存分に宴を楽しむとしよう! キミ達も楽しんでほしい」
「は、はい! ありがとうございます!」
「こ、光栄よ……ですよ!」
ユナとアズはとても緊張していた。
普段、領主と接する機会なんてないから、仕方ないか。
俺は、クライブのパーティーにいた頃、ちょくちょくあちらこちらの街の貴族や領主と顔を合わせていた。
時に、国の王と面会することもあった。
今更、こういう場で緊張することはない。
「……それにしても、物騒な世になったものだね」
宴は続いて……
ふと、セルゲイが憂い顔で言う。
「戦闘に巻き込まれて貴重な薬草が失われた。調べてみたら、今、各地でこのような事故が起きているらしいよ」
「……魔物や魔族との戦いが原因なのか?」
「そうだね、その通りだ。悲しみと憎しみの連鎖が続いている。このような悲劇が二度と起きないように、早く平和な世になってほしいものだけど……」
「聞くところによると、勇者殿は苦戦しているらしいな」
「クラ……勇者が?」
初耳だった。
「うむ。なんでも、最近は調子が悪く、敗退を繰り返しているらしい。つい先日も、魔物の討伐には成功したものの、大きな被害が出てしまったとか」
「そう……なのか」
クライブのヤツ……いったい、なにをやっているんだ?
クライブのパーティーを追放されたのは、ついこの前のこと。
まだ、さほど離れたところにはいないはず。
この辺りは、苦戦するような魔物、魔族はいないはずなのに……
弱体化した?
でも、どうして?
「それに比べて、セイル殿の活躍は素晴らしい!」
領主が大きな声で言う。
けっこう酔っているようだ。
「失われたはずの薬草を蘇らせて、そして、我が最愛の娘を救ってくれた! 私にとっての勇者は、セイル殿だ!」
「勇者とかやめろ。そこまで呼ばれるようなことはしてねえよ」
「なにを言うか! 娘の恩人に対して、これでも言葉が足りないくらいだ。できることならば、我がアームズ家の者を総動員して、セイル殿を讃える詩を作りたいな! そして、独自に勇者の称号を与えたい!」
「それはいいですね、素晴らしい考えだ」
セルゲイも、話に乗らないでくれ。
領主が本気になってしまったらどうするんだよ。
「それ、賛成です!」
「やるなら、あたし達も協力するわ!」
なぜか、ユナとアズも乗り気だった。
「私達もセイルさんに助けられて、セイルさんがいなかったら、たぶん、とても酷い目に遭っていたかと……」
「それなのに、セイルってば、『大したことはしていない』って謙虚が過ぎるのよねー。これ、あまりよくないと思わない?」
「だから、セイルさんを讃えるのなら、大賛成です! みんなに、セイルさんの素晴らしさを知ってほしいです!」
「あたし、作曲しようか!?」
「私、作詞します!」
二人は酔っているのか?
酔っているんだな?
「おおっ、このようなところに素晴らしい同士が!」
「うむ。キミ達と一緒に、セイル殿が真の勇者であることを布教していこうではないか!」
「「はいっ!!」」
待てこら。
真の勇者ってなんだ、真の勇者って。
「あのな……俺は治癒師であって、勇者なんかじゃねえ。妙なことを言うな」
「しかし、私にとっては勇者に等しいのだ。勇者を讃えるのは当然のことではないか」
「そうだね、その通りです。人々の命を救うセイル殿こそ、真の勇者!」
ダメだ……
ここにいる全員、酔っ払っているな。
でも、まあ……
「たまには、こんな騒がしい夜も悪くねえか」
苦笑しつつ、俺も酒を飲むのだった。
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