上中下の中
それから男はしばしばガルシスの元を訪れるようになった。
ガルシスにしてみれば、日の光が差し込まない山の中から出ないし、体感時間も人間とは全然違うし、ぼーっとしているか暗闇の中で金を見ているかなので、男がどんな間隔で来ているかまるで解らないし興味もない、ただ男の持ってくる金細工を見せられて置いて行かれるだけである。
松明一つを手にしたタカッピーが
「この作品をどう思いますか?」と今活躍している金細工師の評価を聞きに来るのだ。
ガルシスの目の付け所を金細工師との取引の参考にするというのだ。
「モノにはですね、好き嫌いとか良し悪しのほかに、通の目粋の目巧みの目という見方がありまして」
「儂にはお前たちのような時間の流れは解らんので、その見方もできるとは思えんのだが」
「モノの考え方はさまざまだということですよ、他にも見方は」
「儂はお前のように、一つずつを集めたんじゃないからな、もう集まったところを一斉に持ってくるのだから、時間軸なぞさっぱりだぞ」
「ではその一斉に、の順番で見ていきましょう」
「その順番ごとに置いているように見えるのか?」
ガルシスにしてみれば男の言うことは見当違いとか今どこを見ているんだとしか思えないことばかりなのだが、言っていることが解らないわけではない、ただ自分が〝集めてからのこと〟のことを知らないのだなと理解するばかりである。
金細工一つ一つを見て、せめて特徴や傾向だけでも書いて束ねれば新しい価値が生まれるのだろうけど、あまりに量が多いので人間がやるには大勢集めないといけないが、それだと盗む奴もでてくるだろう、ガルシスなら一つ一つは一瞥だけで把握できるが記録する術がない、なかなか上手いこといかないもんだなぁと思いながら聞いていくと、
今度は現在の、ガルシスが外に出なくなって以降の周辺地域情報や、遠くにあるという男の故国、ジパング国の話になる。
ジパング国にはドラゴンに似た龍という種族がいて、初めの形態は魚なんだという。魚が試練である大きな滝、とてつもない落差を墜ちる水を登り切ることで龍になる、そして金には興味がなく宝玉を手にするのだが、どこからか奪ってくるのか天帝からもらえるのか、人間にはよく解らないのだという。
「天帝か。話には聞くな。会ったことはないしどこで会えるのかも解らんが」
「天帝の住む場所は大理石でできているとか金の床だとか真珠の装飾とかいろいろあるようですが、そういうのは興味ないんですか?」
「行ったことがある奴がいればな。たまに会う同族から聞く話だけではその気が起きん」
ジパングにも特に行きたいとは思わないし、龍に会ってみたいという気も起こらない。人間たちがこうもせかせかするのもよく解らんな、と思いながら、男が並べ立てたいくつもの金細工を見て、いまさらながら「ドラゴンと人間は全然違う生き物なのか」を感じる。
そんなある日、タカッピーがガルシスに願い事を言い出した。
「通行量として金の延べ棒を支払うので、この洞窟の中を山の向こう側に通させてもらえないか」
「ほう、商売か」
「ええ、この洞窟の地図が売られているのを見つけまして、ここ以外のところも通ってみたんですが、正確なんですよ、通り抜けができるなら商売の範囲が大きくなりますので」
「しかし向こう側にはゴブリンやオークの集落がいくつもあるぞ。あいつらはこの中にこそ入ってこないが、かなり広い範囲に広がっているはずだが」
そこで自信満々な笑顔になるタカッピー、
「それはこちら側でも同じようなものです」
「ほう、何故いつも無事にここまで来られているんだ?」
「道具屋で、〝ドラゴンの通行証〟を手に入れたので、モンスターの地域は何事もなく通れるんですよ!」
意気揚々と誰かのドラゴンの鱗を掲げる。
「ほほう、そんなものがあったのか」
「もちろん通るときに何も問題を起こさないことが必要ですけどね、だからゴブリンやオークとも商いができて、金以外でも利益を上げられているんですよ。最近は金の取引のほうが道楽みたいになっていて」
「抜け目がないな」
さすがのガルシスも舌を巻く。
というわけでタカッピーがガルシスの前を通るのは、往復となり、今まで以上に周辺地域や国際情勢の情報が蓄積されていくのであった。