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ねぇ?忘れたの?

作者: 華城渚

「はぁ......今日も残業かよ......」


現在時刻は深夜一時。

会社の電気は落とされ、俺が使っているパソコンの画面だけが嫌なくらい元気に光っている。


俺はある企業に勤めている何の変哲もない27歳のサラリーマンだ。

20歳の時、この会社に入社し同期を置いてスーパー出世していく!......予定だった。


......この会社がブラック企業だとわかるまでは。


「わかるわけねぇよなぁ......口コミも、企業のホームページもくまなく確認して問題なさそうだったのに、いざ入ってみればこれだもんなぁ......」


俺の同期約20人は、今や俺含めて3人しか残っていない。

辞めようなんて何回考えたかわからないが、同期が辞めていくにつれその分の仕事が回され、辞めるなんて考えになることがなかった。

それだけ仕事で頭をいっぱいにされ、追い詰めてきた。


俺も残り2人になった同期も顔から生気をなくして必死に働いている。

だが、終わりなんて見えるわけもない。1つ仕事が終わればまた別の仕事を回されるだけだ。


「このまま定年まで働くんだろうなぁ......あ、この会社のことだ。きっと定年後も働かされるに違いない。あははっ!そうに違いない!  ......くそが。」


俺だってやりたいことが山ほどある。だって27歳だぞ?

まだまだ人生の折り返しにも来ていない。なのに、なんでこんなことになってんだ?


なんて、考えても何も起こらない。

とにかく今できることは、仕事を終わらせて早く眠ることだ。 2時間くらいは寝たいな...


「それにしてもあいつらどこまで行ってんだ? 30分くらいは帰ってきてないんじゃないか?」


残業中なのは俺だけじゃない。画面を落してるだけで、俺の同期2人も残業中だった。

ただ今は繁忙期で忙しく、寝ることすら許されない状況で俺たちは2徹を余儀なくされている。


そのせいか、仕事の進みが悪くなり気分転換に2人とも煙草を吸いに行っている。

入社したとき、煙草なんてただの煙だろなんて思っていたが、今は吸わなきゃ仕事なってやってられないほど中毒になってしまった。


だが、いつもは大体10分程度で帰ってくる。そうしなきゃ仕事が終わらないからだ。


「遅すぎるな。 ちょっと様子を見に行くか。 あと俺も吸いたい。」


俺は一度パソコンを閉じ、様子を見に行くことにした。禁煙室は今いる3階のオフィスを出て、エレベーターを使い1階まで降りなければいけない。


「やっぱ怖いな。 俺は煙草吸いたいだけなんだけど。」


当然通路の電気も落ちているため明るいのは動いているエレベーターだけだ。

軽い心霊スポットと化している。


いつも煙草を吸いに行くときは同期と一緒だったからか、今はより怖さを感じている。

今、何か出てこようものならそれに窓ガラスが割れるくらいの大絶叫をお見舞いできるだろう。


なんて考えているうちにエレベーター前まで来た。


エレベーターに乗り込み1階を押す。ちなみにこの会社は10階建てである。

しかし、7階以降はほとんど使われていない。社長曰く、「いつか使う。」とのことだった。


はっ(笑)いつかが来る前に潰れるのがオチだろこんな会社。 ......なんて口が裂けても言えないが。


エレベーターは2階、1階と下がりドアを開ける。


1階はエントランスだ。もちろん暗い。

禁煙室に行くのを少し後悔しながらも足を進める。


禁煙室の前に着き、ドアを開けた。


「おい。いつまで休憩してんだ?仕事終わんねぇだろ......ってあれ?」



煙草を吸いに行っていたはずの2人がいない。

一瞬背筋が凍るのを感じた。まさか......出たのか......?


頭はまったく働いていない。それが仕事のせいか今の状況に対してかなのかはわからなくなっていた。

ただ、今思うことは1つだけだ。  おうちかえりたい。


「あ...ああっ! きっと入れ違いになったんだ! ははっ...そうに...違いない...」


俺は煙草を吸わずに禁煙室を出た。こんな状況で吸える奴がいたら見てみたいものだ。俺にはそんな度胸はない。


おそるおそるエレベーターまで戻ることにした。1階にはエレベーターは3つある。


1つは1階になっていた。俺が降りてきたからだろう。


残りの2つの内1つは3階になっていた。心底安堵した。いやもうほんとに。

だってそうだろ?さっきまで生きた心地してなかったもん。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ......良かったぁぁぁぁぁ......え?」


俺は気づいてしまった。3つエレベーターがある内の最後の1つ。





それは10階を指していた。





途端に汗が噴き出てくる。手の痙攣が止まらない。動機も激しい。


「は? え? なんで? 10階? 10階はなにもないはずだろ? 行く意味ないはずだろ? なにが...起きてんだよ...」


ちなみにこれは本当にありえない状況だった。


なぜなら7階以上は “朝ですら” 誰も行かないからである。そもそも行っても意味がない。まだ何もないため誰かが入ってこないようにエレベーターの先は壁で埋まっているからである。


それなのにエレベーターは10階を指している。 会社にいるのは俺と同期の2人だけ。 ならどちらかが10階に行ったということだろうか......


「う~ん......これって夢かなぁ? 夢であってほしいんだけどなぁ?」


夢であることを願いながらその場を動けないでいると、エレベーターが10階から降りてきた。


吐きそうである。 もはや吐いた方が楽になれるのではないかと考えてしまう。

エレベーターは9階、8階、7階と徐々に近づいてくる。


目の前で起こっている状況にどう対処すればいいのか考える思考力はなかった。考えられるのはただただ逃げたい。今この状況から逃げたい。それだけである。


エレベーターは止まることなく4階まで来た。

痙攣も冷や汗も止まらない。その場に水たまりができそうなくらいだ。1階の出口から出ればいいと思うじゃん? 無理なんよ。 鍵ないと開かないし、強行突破でこじ開けれるほどやわでもない。 ちな、鍵は3階にある。


エレベーターはすぐそこまで来ている。 3階......2階......

それを見た瞬間、俺は俺が乗ってきたエレベーターに乗り込んだ。


すぐに扉を閉め、3階を連打する。 それはもう壊れるくらいに。

これは俺が考えれた唯一の策と言っても過言ではない。


俺が危惧していたのは3階で止まること。

そうなってしまえばまず3階に戻ることはできない。 それに、すぐにエレベーターに乗り3階に戻った時、3階で待ち伏せされる可能性もある。

そう考えると2階まで進んだ段階でエレベーターに乗れればとりあえず鉢合わせになることはない。


「とりあえずなんとかなるのか......? しかし、ここからどう動く? どうすれば帰れるんだ?」


俺が乗ったエレベーターは、2階、3階、4階と進んでいく。

.........4階? ......え、4階? いや4階でも止まんないんだけど!?


エレベーターは5階、6階と止まらない。 このままいけば10階まで行く勢いだ。


あ、死んだかなこれ。 遺書書く時間くらいはほしかったなぁ......


8階......9階......10階まで来たところで無情にもエレベーターは止まり、扉は開こうとしている。


だがここで俺は思った。 開いても何もないだろうと。

なぜなら7階以上は壁で埋まっている。 つまりは降りることはできない。

ならもう一度3階まで戻ればいいだけの話だ。 ......そこから止まらずに1階まで行かなければの話だが。



扉は開いた。そこには......





傘が置いてあった。1本のビニール傘だ。

それ以外には何もない。 というか暗すぎて何も見えない。 広いのか狭いのかさえ分からない。 


ここは壁で埋まっているはずだがそんなことも忘れそこにある傘から目が離せなかった。

この傘......まさか俺のか? 傘なんて無限に買っているし、どこかに落としたこともたくさんあるからこれが俺のかどうかはわからないが......


エレベーターの扉は閉まることがなく、さっさと傘をとれと言っているようだった。

やはり、おれの傘なのか。 とりあえず傘を手に取ることにした。


傘を手に取った瞬間、エレベーターは閉まり、9階、8階と下がっていく。

その間俺は傘を見ながら安堵していた。

10階まで連れていかれた時は死を覚悟したが、実際は傘が置いてあっただけだった。


ふぅ...と息を落ち着けたがふと我に返りエレベーターの階数を見る。

エレベーターは5階、4階と降り、3階に着いたところで止まり、扉は開いた。


扉が開いた先には同期が2人待っていた。

一瞬、心臓が止まりそうになった。 それはそうだろう。 通路は電気がついていない。 いきなり目の前に人がいたらだれでもびっくりするだろう。


「びっっっくりしたなぁ...! ビビらせんなよお前ら! ってかどこにいたんだよ! 禁煙室にはいなかったぞ?」


「ごめんって。多分入れ違いだろ。 俺たちさっき禁煙室から帰ってきたばっかだからよ。 な?」


「ああ、そうだよ。 俺たち嘘はついてないからな。 ......お前、なんで傘なんて持ってるんだ?」


同期の内の1人が俺の持っている傘を指さし言ってきた。


「ああ、これか? ああ!聞いてくれよ! 俺さお前らが帰ってこないから、1階に行ってそのあとにエレベーターに乗ったら10階まで連れてかれたんだよ! そしたらこの傘が置いてあってさぁ......」


「はぁ? 10階? お前疲れすぎだろ。 10階にそんな傘が置ける隙間なんてねえことくらい、わかってるだろ?」


「わかってるって! でも、ほんとにあったんだよ! 嘘じゃねえよ!」


「わかったわかった。 落ち着けって。 ちょっと疲れてんだこいつ。 繁忙期だしな。」


「ああ。 お前ちょっと休んでろよ。 お前の分の仕事もちょっと進めとくからよ。」


「ほんとだってのに......信じてくれよぉ......」


何を言っても同期は信じてくれそうになかった。 俺だって夢だったらどんなに嬉しいことか...... だが、腑に落ちないが確かに俺も疲れてるかもしれない。 疲れすぎて夢を見てるかもしれないしな。 うん。きっとそうに違いない。


頭が混乱しながらも俺は、オフィスに戻り休憩しながら、仕事を進めることにした。





「ああ~終わったぁ!! なんかいつも以上に疲れたなぁ~!」


「お疲れ! なんとか朝方に終わってよかったな。」


「ああ、久しぶりによく眠れそうだ。」


俺たちは何とか今残っている仕事を終わらせることができた。

現在時刻は午前8時。 仕事が終われば帰ってその日は休んでいいと先輩が言っていた。


外を見ると太陽が2徹で疲れた目を攻撃してくる。 痛くてたまらないが仕事が終わった今は嬉しい痛みだ。


「よし! 帰るか! お前らもしっかり休めよ。 お疲れ様!」


「「お疲れ様!」」


会社を出て俺たちは帰ることにした。 飲みに行くなんてことはしない。

体が休息しか求めていないことを3人ともわかっていたからだ。


帰るとき、ふと俺は持っているあのビニール傘を見た。


「やっぱり、夢じゃないのか。 幻覚でも見ていたかもなぁ......」


きっと誰かの傘を持っているだけだろう。 きっと会社の誰かのだ。

だが、今は傘を戻す気にはなれない。 疲れているし、今度出社したときでいいだろう。



ぽつ......ぽつ......



突然、雨が降り出してきた。 あんなに天気が良かったのにいきなり降るとは。

仕方ない。 そう思い、手に持っていたビニール傘をさすことにした。


雨は段々と強くなるようだった。 偶然だったが傘があって助かった。

傘の持ち主に感謝しないとな。


傘をさしながら歩いていると一瞬頭上に衝撃を感じた。

衝撃と言っても少し体がぐらつくくらいだ。 大したことはない。


いったい何が落ちてきたのかと頭上を見た。



そこには、










「モウ忘レナイデネ」


そう血文字で書かれていたのである。


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