3話 初戦闘と状況把握
俺は銀色のブレスレットを左手首に付けてこの場所、洞窟の入口に戻ってきた訳だが……。
うわ、まだワニいるわ。 口を洞窟の入口に突っ込んで涎を垂らしながら、バクバク開閉させている。
「んで? コイツを狩るのか? こんなデカいワニを?」
「はい。マスター。あまり時間はありません。手早くいきましょう。幸いな事にターゲットは至近距離で油断してるようなので」
至近距離で油断してるからって倒せるもんじゃ無いだろ。こんな化け物。
このブレスレットが銃に変身できるとかなら話は別だけど。
「具体的にどうするんだ? お前が武器にでも変身するのか?」
「いいえ。武器に変身する機能は搭載されていません」
「じゃあ、どうやって? 魔法でもぶっ放すのか?」
自分で言っといてあれだけど、魔法が使えたらそもそもこんな目にあっていないんだけどなぁ。
……正直めっちゃ使ってみたい。そんな期待も若干ある。
「そうです。魔法で狩ります。マスター、準備を」
「え!? マジで使えるの!?」
マジか! 俺も魔法が使える時が……。
「マスター、なぜ感動しているのかはよく分かりませんが一刻を争う状況だということをお忘れなく」
「ごめんごめん。ついな」
ヤバい。顔が二ヤついてしょうがないわ。
「左手を獲物に向けてください」
「左手だな」
俺は銀色に輝くブレスレットがついた左手をワニに向ける。
「これだけでいいのか? 魔法の詠唱とかは?」
「威力、射出方向補正、安全装置確認。準備完了
私の今から教える言葉が魔法を放つために必要です。続けてください」
「了解」
「火炎」
えーと、後に続いて今の言葉を言えばいいのか?
「火炎」
左手のブレスレットが一瞬熱くなった。
手から炎が、ゴウと音を立てながら放たれる。
次の瞬間、気付いたら俺の体は後ろに吹っ飛んでいた。
背中が地面に叩きつけられる。
「イテテテ」
「すみませんマスター。威力が高すぎました」
「大丈夫大丈夫。あのワニを倒せてたら問題ないから」
俺を追いかけ回していたあのワニの頭部は跡形もなく吹き飛んでいた。
「……やっぱ威力高すぎかも」
うぇ。意外とグロいな。
肉が焦げたような匂いが洞窟の中に充満し始めた。
「マスター。死体を入口からどかしましょう」
俺はブレスレットの言うがままに、ワニの死体を全身で押してどかした。
めちゃくちゃ重かったから動かすのにかなり時間がかかってしまった。
そして俺は洞窟の外に出た。
再び森。だが、俺を追い掛け回すワニはもういない。
生きてまた空を見ることが出来たのはやっぱり嬉しい。
何回も死ぬかと思ったからなぁ。
グググっと背中を伸ばしてみた。
ほんの少しだけ解放された気分になれた。
そんな中俺は思わず息をのんだ。
洞窟を抜けた森の木々、その隙間から遥か彼方に山のように巨大な大木が姿をのぞかせている。
今までなんで気付かなかったのか不思議なくらい大きな木だ。
「富士山かよって思わず突っ込みたくなっちまうな」
俺の住んでた地球に、こんなでかい木なんか存在しない。
ああ。やっぱ異世界なんだなぁここ。
「マスター。リラックスしているところ申し訳ありませんが、焚き火の準備を。いち早く肉を摂取しましょう」
「そうだな」
5分ほどでかなりの数の枝が集まった。
まあ、森だしそこら中に木の枝は落ちていた。
改めて頭部の亡くなったワニの死体を見ると、やっぱデカい。よくもまあ、俺がこんな化け物の頭部を吹っ飛ばせたもんだ。
まだ現実のようには思えない。
やっぱ魔法ってロマンだなぁ。
俺はテキパキと枝を円状に積み重ね、焚き火の準備を終えた。
「今度はちゃんと威力調整してな」
「はい。マスター」
「うし。火炎」
今度は先程とは打って変わって、とても小さな炎が手に灯った。
優しく撫でるように枝に近づけると、火は燃え移った。
「ではマスター。獲物を解体しましょう」
「解体つっても、俺肉切れるようなもの持ってないぞ」
「ご安心を」
そう言うと、銀色の腕輪はブレスレットの形から棒状に変化し、ドロドロと溶け出す。
溶けた金属はやがて鋭いナイフを形成した。
早速、このナイフをワニに刺してみる。
スーッと豆腐を切るかのように刃はワニに沈んでいった。
「切れ味すごいなコレ」
「ありがとうございます、マスター。加えて、解体アシスト機能起動します」
かつてブレスレットだったナイフがそう言葉を発すると、視界の前に細かい線が描かれた魔法陣のようなものが現れた。
側から見たら、メガネのレンズだけが浮いているように見えるかもしれない。
驚く暇もなく、魔法陣はワニのどこを切れば良いのか線で指示を出し始める。
ワニの体の上に線が浮かび上がった。
どうやらこの線をなぞって切っていけば解体出来るらしい。
だが、高校生は動物を解体するなんて事は普通あり得ない。
皮を切り出すと同時に凄まじい匂いに襲われ、だいぶ気分は悪くなった。
一番ヤバがったのは内臓を取り出す時だ。
普通にグロいし、見てて気持ち悪くなった。
しかし、ナイフの切れ味とアシスト機能が相まって、5分もかからずに皮を剥ぎ、内臓の摘出し、骨と肉を部位ごとを分けることが出来た。
マジでハイスペック。
現代の日本でも明らかにオーバーテクノロジーだし。
まあ、今はそれのおかげで生き残れたから気にする事じゃないな。
俺は焚き火の中に肉を大雑把に放り投げた。
ここは森だ。恐らく異世界。
バーベキュー用の金網なんか当然ないし、アルミホイルも無い。そして塩コショウもない。
よって放り投げるのみ。
土とか炭はついちゃうけど、表面を食べなきゃ問題ないでしょ。
「これあとどんくらいで焼ける?」
「あと10分程かと。小ぶりに解体しましたが、火をしっかり通さなければ体に害となります。お気を付けを」
「わかってるわかってる」
どうやら異世界でも肉に火は通したほうがいいらしい。
バチバチと音を立てながら燃える焚火をぼーっと眺めてゆっくりしたい気分だがそういうわけにもいかない。
いつの間にかナイフから元の姿に戻ったブレスレットを見る。
はぁ。こいつのおかげで助かったけど、なんか面倒なことになりそうな嫌な予感がする。
俺の嫌な予感はよく当たるから気分も沈む。
だが、現状だとわからないことだらけなのは間違いない。
このブレスレットは意思疎通も取れるハイスペックだし、肉が焼けるまでいろいろ聞いたほうがいいだろうな。
「じゃあ、食料も確保できたことだし、お前にはいろいろ質問させてもらうぞ」
「はい。マスター」
早速、一番気になっていることだ。
「お前は何なんだ? おしゃれなブレスレットってわけじゃないんだろ?」
「はい。私は自立思考型特殊魔導兵器です」
長ッ!
なんかロボットアニメで聞くような単語が出てきたなおい。
「自立思考ってことは人工知能的な感じなのか? 自ら考える兵器か……」
なんか怖くね? 映画で超有名な奴っぽいな。ターミネーター的な?
「お前って……、てかお前って言うの良くないな。名前教えてくれないか?」
「名前はありません。GK77001という品番ならあります」
「品番で呼べるかっての! 絶対わかりづらいだろ。そうだなぁ……」
金属のブレスレットか……。色は銀色。
「なあ。シルバってのはどうだ? 銀色だし」
「とてもいいと思います。ありがとうございます」
「お。気に入ってくれたならよかったぜ」
「いえ。気に入ったわけではありません。褒めたほうがマスターの気分が良くなるかと判断しました」
「お世辞かよ! お世辞言うなら最後まで本音は語るなってんだ」
「はい、マスター。学習しました」
ちょっぴり傷ついちゃったよ。ほんとちょっとね。
まあ、だからと言って今更変える気はないんだが。
銀色、シルバーだからシルバは安直すぎたかもな。
「で、シルバ。次の質問だがここってどこ?」
「すみません、マスター。私もここの場所を把握できていません。ですので現在広域地形スキャンを実行中です」
「シルバもわからないのか?」
今まで淀みなくすぐに返事をしてきたシルバの言葉が途切れる。
「いくつかのデータファイルに破損が見られます。その影響で地形、土地が把握できていません。
データファイルだけでなく、特殊兵装にも破損が見られます。現状、前回のシャットダウン時に大きな問題が発生したとしか考えられません」
「そうか……」
場所についての手掛かりは無しか。
いちいち落ち込んではいられない。
他にもわからないことだらけだ。じゃんじゃん行こう。
「シルバはブレスレットからナイフには変身できたけど、他には変身できないのか?」
ほら、せっかく異世界に来たんだし美少女との出会いがあってもいいと思うんだ。
ワンチャン美少女に変身したりして!
「私はブレスレットとナイフ以外には変身は不可です。
マスター。私は美少女には変身出来ません」
ギクッ。
「もしかしてまた思考読んだ!?」
「いいえ。マスターのニヤニヤした気持ち悪い顔……汚らわしい顔……醜い顔……を見れば猿でも分かるかと」
「おい、もっとオブラートに包めよ。最後の醜い顔はシンプルな悪口じゃねーか」
シルバ、意外と毒舌。
チクチク言葉はやめようね。
でも図星だから強く出れない……。
気を取り直してどんどん行こう。
「次はあの壁の文字だ。何が書いてあったんだ? 手形に手を合わせたら扉が開いたんだが」
「あの扉は契約書のような役割を果たしています。主に注意点と契約内容が文字で書かれていました。
質問を返すようですが、この世界の言語は統一されています。識字率も99%を超え100%に近いです。マスターはどうして読めなかったのですか?」
この世界の言語は統一されてるのか。
じゃあ読めないほうがおかしいか。
「実は……」
俺は自分が恐らくこの世界の人間ではないことと、ついさっきこの世界に来たばかりで状況も何もわからないことを告げた。
「把握しました、マスター」
「悪いな。俺もわからないことだらけなんだ」
「では、壁に書かれていたことを軽く解説しましょうか?」
「ああ。頼む」
「では……」
そこからシルバから聞かされた壁に書かれた文字の内容はざっくり説明するとこんな感じだ。
まず、扉を開けるのには手から血を出して、型にはめる必要があったらしい。
血の部分は擦り傷やら切り傷で条件をクリアしていたみたいだ。
そして、この行為には大きな命の危険があったこと。
どうやらシルバに適応できるかの検査もかねて血が必要だったらしい。
適応できなければ、血をすべて抜き取られて死ぬらしい。
どうやらいつの間にかとんでもなく危険な橋を渡っていたようだ。
……それはさすがに知りたかった。
そして適応した場合に扉が開くようになっていたらしい。
これは壁に明記されていたらしく、命の危険を承知の上で開けるように促していたらしい。
そして、俺とシルバはいつの間にか契約を交わしたことになっていた……らしい。
異世界でもクーリングオフとか使えるのか? でも、シルバが居なかったら普通に死んでた気もするし……。
その契約についてだ。
「マスターが扉に手を合わせた時点で契約は成立しています。
そして、契約内容は以下の通りです。
1・自立思考型特殊兵器GK77001は契約者に対しあらゆることに協力する義務がある。
2・契約者は自立思考型特殊兵器GK77001の探している物の捜索に協力する義務がある。
以上です」
なるほど。シンプルだな。
なんか俺に有利な契約に見えるけどいいのか?
俺に対してはシルバは何でも協力しなきゃいけないが、俺は、えーと探し物?の捜索を手伝うだけか。
アンフェアに見えるけど、俺に有利だし気にすることじゃないかな。
「オッケーだ。まあ、シルバはブレスレットとナイフ以外には変身できないから探し物の捜索を手伝うってのはわかるんだけど、実際に何を探すんだ?」
「マスター、先ほど申し上げた通りデータファイルに破損が見られます。主に記憶媒体です。
ですので、探し物が何か私自身もわからないのが現状です」
「マジか……」
ちょっと待って。
えーとつまり、異世界に飛ばされた男子高校生と、記憶喪失のAIの仲良し二人組ってこと?
これからどうすんだ。
そんなこんな話しをしていると、香ばしい香りが漂ってきた。
もう10分は経過しただろう。
割とピンチな状況なのはわかるが、腹は減っている。
とにかく食おう。考えるのはそれからだな。
再びブレスレットをナイフに変形させて、焼けた肉に突き刺す。
砂や炭を軽くはたき落としてから、口に運ぶ。
う、うまくない。激マズなんだが。
こういうのって美味しいやつなんじゃないのかよ。
口の中で噛めば噛むほどエグ味というか苦味というかとにかく不快な味が口全体に広がる。
鼻に突き抜けるのは不快な獣臭。
だが一方で、身体は肉を欲しているっ!エネルギーを欲しているんだっ!
「クソ! マズイのに! マズイのにぃ! 止まらないぃ! らめぇ!」
「マスター。大丈夫ですか?」
「心配してくれてありがとう。大丈夫だ」
やれやれ。久しぶりの食事で頭がおかしくなってしまったみたいだ。
「いえ。心配ではなく、マスターの頭の中はドロドロに溶けて既に機能不全に陥っているのではないか? という意味です。喘がないで下さい」
「喘いでるわけじゃ無いからね!?」
シルバから辛辣な言葉を浴びせられるが、肉を取る手は止まらない。
短時間でかなりの量の肉を食べた。
マズかったが、腹は満たせたのでこれはこれで良しだ。
にしても、これからどうするか。
どうするか迷っていると、珍しくシルバの方から話しかけてきた。
「マスターはこれからどうしたいのですか?」
「そうだなぁ……。とにかく、こんな危ない動物のいる森からはサッサと出て行きたいな」
「わかりました。人の暮らしている街、村を目指しましょう、マスター」
よし! そうと決まれば片付けだ。
まずは焚き火消さないとな。
俺は地面を掘り土を集めて、土を焚き火に被せ消火を始めた。
「あ、そうだ! ブレスレット取り外せるようにならないの?」
今のシルバのブレスレットのサイズ感はかなりぴったりだ。
外せないのは少し気持ち悪い。
「了解しました。取り外し機構を構築中……構築完了。
ボタンを二回押して頂ければ外れるようになりました」
凄いな。
あっという間にブレスレットに小さいボタンが付き、試しに二回押してみると、簡単に左手首から外せるようになった。
にしても、よく火を出す魔法が使えたよな。
自分で魔法を使おうとした時は全然ダメだったのに。
「なあ、シルバ? なんで急に魔法が使えるようになったんだ? 自分で使おうと思った時は全然ダメだったのに」
「マスターが魔法を使用できなかった理由は、マスターは魔力がゼロであるからです」
「……はい?」
……えっと聞き間違いだよね。
「マスターには魔力が存在しないので、自分だけでは魔法を使う事は不可能です」
「……マジかよ」
ショック。じゃあ俺は出もしない魔法を出そうと1人で悪戦苦闘してたのかよ。
てか、魔力ゼロで異世界の森に放り出されるって聞いたことないんだけど!?
俺を転移させた神様、鬼畜すぎない?
「でも待てよ。じゃあなんで俺は魔法を使えたんだ? ワニの頭吹っ飛ばしたやつ」
「マスターが私と契約したからに他なりません。
私はマスターの血液を魔力に変換することによって魔法の使用ができます。
魔法の起動式、変換式、施行式などはすべて私が処理します。
マスターは魔法による武力の行使の許可を行うだけで魔法を使うことが可能です」
聞きなじみのない単語がいくつか聞こえたけど、要は魔力は無いが、魔法は使えるらしい。
……別によく分かんないから考えることを放棄したわけじゃ無いと思う。多分。
でも魔法を使えるようになったのはかなりの朗報じゃない?
これで多少は魔物と戦えるはずだ。
「マスター。スキャンの結果、最寄りの村はあの方向にあるようです。歩いて1週間程かかるかと思われます」
銀色のブレスレットから光の粒のようなものが浮かび上がる。
それは小さな矢印を作り、俺の背中の方角を指した。
にしても歩いて1週間か……。
長いけどまあ、しょうがない。
森でサバイバル生活なんてずっとは出来ないし、向かうしかないよな。
「了解。腹も膨れたし行くか」
立ち上がり、俺が歩き出そうとした瞬間、左手首のブレスレット、シルバが激しく揺れだした。
「マスター、敵性反応です」