1話 新たな出会い
「ハァハァハァ……」
彼女は荒い息を吐きながら、寝巻き、いわゆるパジャマの格好のまま夜の王都を駆けていた。
いつもなら、とうにフカフカのベッドで眠りについているはずだった。
「追え! 絶対に逃がすなぁ!」
明かりが消えた閑静な王都に、怒号と鎧が擦れる音が響く。
彼女は走る。とにかく走る。
その煌びやかな金髪を靡かせながら。
美しい金髪、青色の眼、そして整った顔立ちはおそらく王都中の男性を魅了してしまうだろう。
光り輝くような雰囲気も相まってきっと、すれ違った男性のうち100人中100人は振り返って、彼女、イザベルを目で追いかけてしまうであろう。
(捕まるわけにはいかない!)
イザベルは自分の身の安全よりも、大切な何かを果たすために走っている。
その思いが、彼女を突き動かす。
「絶対に止めて見せる……! 私が!」
歯を硬く食い縛り、走る。
仮にこの先がどんなに険しい道のりだろうと、きっと彼女は立ち止まらないだろう。
* * * * * *
冬。
森は緑豊かな姿から、白銀の世界へと姿を変える。
葉は落ち、木は丸裸になる。
僅かな種類の魔獣を残し、ほとんどの魔獣は冬眠している。
積もった雪がキラキラと日光を反射するこの森で、俺は焚き火に手を当て、暖をとっている。
この森では僅か3日で季節が変わる。
12日で春夏秋冬が過ぎていく。
最初は戸惑っていたが、もう慣れたものだ。
「マスター。いよいよ明後日ですね」
「ああ。明日で冬も明けて春になるし、丁度いいタイミングだな。
今回こそは何としても試験突破しないとな。
もうこの森での暮らしも慣れたけど、もう勘弁だ」
俺とシルバはサバイバル生活を始めてから、もう既に6ヶ月の月日が流れていた。
最初の1ヶ月は地獄のようなサバイバル生活を送っていた。
魔獣を狩る事が出来ずに、植物や虫を食べた。
服は葉っぱを纏うだけ、水場も肉食の魔獣に占拠されていて、泥水を啜っていた。
何度も死にかけた。
特に冬は植物にもありつけず、木の中や地面の中にいる芋虫を食い続けた。
味の感想は……思い出したくもない。
変な汁が異常にまずかった。
ただ……生きていく上では、食べる以外の選択肢は無い。
服も満足に作れなかった。凍えて死にそうになった。
それでも俺は、シルバの知恵を借りながら何とか生き延びる事が出来た。
6ヵ月と比べると、身長もだいぶ伸びた。
高校に入学してからやった身体測定では、身長160cm くらいだった記憶がある。
今はそこから7~8㎝伸びた気がする。
成長期ってのは凄いもんだなぁと感心するばかりだ。
体重に関しては20kgくらい増えたんじゃないかなぁ。
魔獣を狩れるようになってからは、毎日必ず肉を食うようにしている。
特にここ1ヶ月の間で、筋トレにはかなり力を入れた。
肉体的に強くならないと、試験は突破できないと感じたからだね。
おかげでそこそこマッチョマンになった気がする。
日本にいたら、プールの授業とかで女子に腹筋見せびらかせてキャーキャー言われたかもしれないが……残念ながらここは異世界な上にクソみたいな森だからな。
残念無念。
魔法はかなり上達した。
今は何も言わずに火炎と防壁を使えるようになった。
魔力の操作もなかなかに上達したと思う。
お蔭で、魔力を纏えば素手で魔獣を絞め殺せるようにまでなった。
だが……試験は突破出来なかった。
サバイバルが始まってから、2ヵ月、3ヵ月、4ヶ月、5ヵ月経ってからと1ヶ月おきに、計4回挑戦したが、いまだ突破出来てない。
試験の内容はとてもシンプルで、ノア師匠の土魔法で作ったゴーレムを倒すだけ。
ゴーレムを倒すだけなら簡単じゃね?
と俺は愚かにもそう思っていたわけだが……この森の魔獣の100倍くらい強かった。
背中にミサイルポットみたいなモノが付いていて、魔力を纏わせた岩を大量に射出してくる。
おまけに強力なホーミング機能付き。
巨大なくせに機敏に動きやがるし、腕は8本付いてるし、ロケットパンチみたいなやつも飛んでくるし、ゴリゴリに土魔法は使ってくるしで、超強い。
オマケにノア師匠は、苦しみながら戦っている俺をみて高笑い。
……マジで師匠殴りたくなってくる。
俺のサバイバル生活は終わる気配が一切ない。
ちなみにこの期間中に誕生日を迎えて、16歳になりました。
イェーイ。
シルバと二人きりで誕生日パーティーもした。
と、まあそんなこんなでもう6ヶ月も経ってしまった。
明後日、6ヶ月目の試験があるから、今度こそ突破するぞ! オー!
「マスター。狩りに行きましょう。そろそろ干し肉も尽きます」
「そうだなぁ。今回の秋はあんまり食料貯蓄出来なかったし、しゃあないな」
俺は焚き火に雪をバサっとかけて火を消して、立ち上がる。
シルバを左手から外す。
すると、シルバはドロドロに溶けて、細長い棒へと変身する。それはやがて、ギチギチと音を立ててしなりだす。
そして、俺の左手首の皮膚がパックリと裂ける。
そこから俺の血液は宙を舞い、曲がった細長い棒へと変化したシルバの周りへとまとわりつき、少し黒みを帯びた赤い弓が姿を現す。
この弓こそ、アップデートで追加された血濡れの弓。
矢は魔力を変換して作り出すのだが、狩りには適さない。
理由はいくつかあるが、最も大きな理由は魔力を含んでしまっているということだ。
魔力があった方が威力も上がっていいんじゃない? と考える人が多いだろう。
最初は俺もそう考えてたんだけど……。
実際に魔力を含んでいた方が、威力は上がる。
でも、この森の草食魔獣は、魔力に異常に高い反応を示す。
要は、魔力を含んだ矢を撃つと、バレて避けられちゃう。
だから、俺はお手製の木で作った矢を使う。
この矢が数十本入った矢筒を背負い、準備完了だ。
せっかく狩りに行くんだし、大物を狙いたいよね。
しかも、冬のこの時期にしかお目にかかれない美味しいやつ。
となると……フユシカ辺りかなぁ。
「シルバ。フユシカを探索頼む」
「了解しました。探索を行います。範囲はどうしますか?」
「うーん。あんまり動きたくないし、半径10キロくらいでいいかな」
「了解しました。探索開始します」
この探索ってやつもシルバの使える便利機能だ。
一度、原理を説明されたことがあるが、よく分からない難しい単語がわんさか飛び出してきて、完璧には理解できていない。
俺が理解できている範囲だと、極微小の魔力を波のように放出して、魔獣固有の魔力周波数を検知する感じらしい。
今、俺が探しているフユシカってやつも固有の魔力周波数をもってるらしくて、それで位置が分かる。
ちなみに、草食の魔獣は魔力に異常に高い反応を示すんだけど、この魔力の波は魔獣が少し違和感を覚える程度の強さで、危険を感じて逃げ出したりはしないみたい。
なんか狙ったように上手くできてるよね、ホント。
「完了しました。北西に5キロ程、3匹確認しました。大人1、子供2です。
加えて、東に7キロ程、1匹確認しました。大人1です」
「……東に行こうか」
「マスター。北西に向かうことを推奨します。距離が近く、大人を仕留めそこなっても子供がいます。大人も子供がいるので思うように動けないはずです」
「んなことは分かってるよ。いいから東。行くぞー」
「……甘いですね。マスター。マスターが狩らなくても、肉食の魔獣に襲われる可能性が高いのは子連れの方です」
……なんかやけにシルバが突っかかってくるな。
普段は「はい。マスター」って言うばっかりだったのに。
「うるせ。自己満だよ自己満。それに、もう直ぐ試験だ。少しでも緊張感のある方がいいだろ?」
「……分かりました。マスター。では東へ向かいましょう」
あんまり納得してないみたいだが、何とかごり押せた。
7キロの雪道だ。かなり時間は掛かるが、行こうか。
やっぱり冬の森は動きづらい事この上ない。
7キロ移動するのに1時間程掛かってしまった。
冬というだけじゃ無くて、ターゲットである魔獣にバレないように魔力を足に纏っていないってのも、遅くなった大きな要因の一つではあるんだけどね。
魔力が纏えれば、かなり早く走れるから、雪が積もっているこの時期でも7キロくらいなら10分もかからないくらいで移動出来るんだけど……。
さて。
ターゲットの魔獣、フユシカはここから2〜300mくらい先にいる。
目視で確認できた。
今、俺の着ている服もフユシカのモコモコの毛皮をなめして作ったモノだ。
勿論、日本の高校生だった俺に、魔獣の皮をなめして服を作るなんて知識も技術もない。
当然、シルバから手取り足取り教えてもらった。
フユシカの毛皮は白い。
雪と見分けづらいように進化したんだろうが、逆に言えば、俺も向こうから見つかりづらい。
俺の使う矢は木製だ。
流石に今の距離じゃ遠過ぎる。
「100くらいまで近づけばいいかな?」
「100mでは少し心許ないですね。手作りの矢ですし、75m程には近づかないと、発射時に私が補正しても命中率は50%以下です」
「了解だ」
俺の使う矢は木製だ。
流石に今の距離じゃ遠過ぎるみたいだし、100mでもまだ遠いみたいだ。
矢筒から一本矢を取り出しておく。
もし接近している途中で気付かれた時に、一応ダメ元でも撃てるようにしておきたい。
俺は、姿勢を低く保ちながら、徐々に距離を詰める。
音を立てる訳にはいかない。
「シルバ。こっからは念話でいこう。切り替えてくれ」
『了解しました。念話への切り替え完了。マスター、声を出さなくても会話が可能になりました。声を出さないようにご注意を』
シルバの声が脳内に響く。
これは、念話。声を出さなくても意思疎通の出来るこれまた便利機能。
ホントにハイスペックよねー。うちのシルバちゃん。
『サンクス』
息を殺し、更に距離を詰める。
俺とフユシカの距離は、既に100mを切った。
あと少し。あと少しだけ近づく。
そこから更に少し近づき、俺は足を止めた。
『シルバ、この辺りでいいか?』
『はい。距離は十分かと』
俺は、ゆっくりと矢をつがえる。
そして、矢の両端にピンと張られた弦と共に引く。
血濡れの弓は小さくギチギチと唸る。
狙うのは、頭部だ。
頭部は体より小さく、狙うのは難しい。
脳に破壊的なダメージを負わせて、即死させることが目的だ。
その方が苦しみや痛みが少ない。
俺は今、フユシカの真後ろに立っている。
俺にはフユシカのケツがバッチリ見えている。
フユシカの後頭部は、厚い頭蓋骨で守られている。
一方、横の部分は後頭部に比べると、頭蓋骨は薄い。
だから、狙うのはフユシカが横を向いた瞬間だ。
ゆっくりと息を吐きながら、俺はフユシカが横を向くのを待つ。
どくらい待つかは、正直分からない。
待つ時はとことん待つし、待たない時は……
『マスター! 今です!』
シルバの掛け声よりも速く、俺は矢を放っていた。
風を切る音と共に、矢は横を向いたフユシカの頭部に吸い込まれていく。
雪の上に、フユシカの倒れ込む音がする。
「お疲れ様でした、マスター」
「おう。お疲れさまー」
俺は、完全に動かなくなったフユシカに近づく。
矢は深々と頭に突き刺さっていた。
流石の威力だ。
幾ら後頭部より横の部分の頭蓋骨が薄いと言っても、頭蓋骨は頭蓋骨だ。普通に固い。
通常の弓じゃ、魔力を纏わせていない素人が作った木の矢で貫く事はほぼ不可能だろう。
流石、特殊武装とかいうだけのことはある。
俺は、フユシカに向かって両手を合わせる。
このサバイバル生活で、俺は命に関する感謝を身近に感じるようになった。
日本じゃいただきますって言ってたけど、半分形だけだ。
そういう面では、意外と悪く無い経験かも知れないね。
じゃあずっとサバイバルしてろって言われたら、全力で拒絶するんだけど。
「シルバ、血抜きしよっか」
「了解です。川が近くにある最寄りのキャンプは、ここから2キロ東です」
「オッケー。近くに肉食魔獣は?」
「先程の探索では観測されませんでした」
「よし。じゃあそんなに時間も経ってないし、血抜きしながら移動しよっか」
俺がそう言うと、血濡れの弓の形はボロボロと崩れていき、金属の棒が姿を現す。
「マスター、刃渡はどうしますか?」
「結構大きいし、25cmくらいで」
「了解です。マスター」
返事と共に、シルバはナイフへと変化する。
狙うのは頸動脈だ。
死んではいるが、心臓はまだ動いている。
心臓が仕事をしているうちに切れれば、血抜きがスムーズに行える。
俺は鎖骨の中心あたりからナイフを入れ、頸動脈を切断した。
中々いい感じだ。
血がかなりの勢いで出て来る。
1分ほど経って勢いが弱くなった。
「よし。移動するか」
俺はフユシカを頭が下になるようにして、背負う。
背負った感覚だと、体重は200kgくらいかな?
勿論、もう体に魔力は纏っている。
じゃないと、とてもじゃないけど背負えない。
今回、かなりの大物だしね。
でも、何も入っていないランドセルを背負っているような感覚。
こういう体験をすると、やっぱり俺異世界に来たんだなぁとしみじみと感じる今日この頃。
さて。
キャンプ目指して出発だ。
割とすぐにキャンプに到着した。
この森にいくつもある俺のキャンプ地だ。
6ヵ月サバイバルをして、森中にキャンプ地を作った。
最初はずっと同じ場所にとどまっていたんだけど、移動しながら生活する方が楽だと感じた。
だから、簡易的なキャンプ地をいくつか作った。
焚火と、葉と植物の茎で作った簡易的な家しかないが、これで十分雨風はしのげる。
たまに超大雪が降ると、潰れてることもあるけど。
さあ、レッツクッキングタイム!
このサバイバル期間で、フユシカを美味しくいただく方法にたどり着いた。
とにかく丁寧かつ迅速な下処理が大事。
大まかな血抜きは終わったから、体内に残っている血液と内臓の処理だ。
俺はナイフのままのシルバを持ち、フユシカを背負いながらキャンプのすぐ近くの川に向かう。
川に着いた。
さて、まずは洗いながら残った血を……あれ?
俺は異物を発見した。
6ヵ月この森で過ごしてきて、一度も見たことがないモノ。
「なあ、シルバ。あれって……鎧? だいぶごついな」
「のようです」
川からなんとか這い上がったように見える、鎧を見つけた。
男物だ。
頭から足までしっかりと覆われているため、中は見えない。
男物だからか、大きさは結構大きめ。
青を基調とした色で統一されたその鎧は、その金属の放つ独特の光沢も相まって高級感があった。
見た感じ、川から流れて来たのかな?
「マスター。鎧の中から生体反応を検知。人間です」
「マジかよ!」
フユシカを放り投げ、すぐに鎧へと近づく。
この森の季節は冬だ。
当然、川の水温はかなり低い。
もし、長時間川に流されていたとすれば、かなり危険な状態だ。
「クソ! 息してんのか!?」
急いで顔を隠している、頭部の鎧を外す。
だが、応急処置をしようとしていた手は思わず止まってしまう。
男物の大きな鎧を纏っていたのは……金髪の美少女だった。