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身分違いの恋の結末

作者:


「私の光は死んだ……もう永遠に、戻らない……」


「お兄様……」


この曇天は、優しかった義姉の死を神すらも嘆いているということだろうか。


今日は、王妃のお葬式だ。



義姉はとても優しい人だった。そして、兄が唯一心許していた人でもある。


兄が座っている玉座は、陰謀で染まっている。


わたしには兄が三人いる。長兄エドワード兄様、次兄ジョージ兄様、三兄リチャード兄様。ジョージ兄様とエドワード兄様が立て続けに亡くなられ、エドワード兄様の小さな王子が跡を継いだ。……けれど彼は、リチャード兄様の陰謀によってロンドン塔へと送られた。


冷酷無慈悲な国王。それがリチャード兄様。そんな兄がただ一人愛していたのが、義姉。


わたしにもかつては夫がいた。だけど兄たちのような熱情を抱くことはできなかった。


「姫様。今すぐロンドンを離れた方がよろしいかと。今やランカスターの一味は飛ぶ鳥を落とす勢いでございます」


「お兄様は……陛下は?」


「陛下は、お亡くなりになられました……」


「ウィリアム……!」


ウィリアム・ケイツビー。お兄様の、最も忠実な部下。褐色の肌を持つ、流れ者の男。幼少時代にその命をお父様に救われ、お兄様の従者になったひと。わたしの、初恋の人。今でも、わたしの心を掴んで離さない人。


「あの方の、最も愛した白薔薇の下で」


「そう。それではお兄様のお身体が、辱められることはないのね」


「……そのようなこと、絶対に許しはしません」


「それを聞いて安心したわ。……イングランド王リチャード三世の妹メアリーが命じます。ウィリアム・ケイツビー、わたしを殺しなさい」


ウィリアムの目がまん丸に開かれた。


終わるのなら、せめてあなたの手で。


「私にそれをお命じになるのですか!」


「敵に辱められる前に殺せと命じているのです」


「辱めさせなどしません。リチャード陛下も、貴女も」


その瞬間、意識はぷつりと途絶えた。



「……さま。メアリーさま!」


「ウィリアム。わたしを、どこに……」


仄かに薫る、潮の匂い。外に飛び出すと、そこに広がるのは大海原。


「イングランドにいてはいつ追っ手が来るかもわかりません」


「王女が国を捨て、無様に逃げるなど……」


わたしが零した涙を、ウィリアムの指が掬いとった。


「王女ではありません。これからは、ただのメアリーとしてお生きください。死んでしまえば、ただ無へと帰するのみ」


「ウィリアム……」


ーお誓い下さい、メアリーさま。御身を大切にすると。もしメアリーさまに何かあれば、このウィリアム、何をしでかすかわかりません。


「私を恨んで楽になれるのなら、どうかお好きに。ですが、御身を損なうことだけは許しません。それがたとえ、貴女の望みだとしても」


「どうしておまえは、そこまでするの? リチャード兄様が亡くなられたいま、おまえは自由よ。どこにでも行けばいい。わたしのことなど見捨てて!」


答えなどわかりきっている。


「私の命は、お父上に拾っていただいたもの。私の人生は、ヨーク家のためのもの。ヨーク家最後の生き残りである貴女をお守りするのは、当然のことです」


そう。ウィリアムがわたしを守るのは、あくまでヨーク家のため。


「ランカスターのヘンリーの妃になったエリザベスだって、ヨーク家の者よ」


「愚問ですね。リチャード陛下が亡くなられたのは、あの男のせいですよ」


知っていた。わたしを守り続けるのは、わたしが敬愛する主君の妹だから。


だから離れたかったのに。この人から、生涯。わたしを愛することは無いこの人から。


「ウィリアム・ケイツビー。わたしを殺して」


わたしを愛さないなら、いっそ殺して。


「天国には、家族がみんないるわ。わたしは彼らに、会いに行くだけ」


「承服できかねます」


「……殺してすら、くれないのね」


それならば、一生に一度の大博打に出よう。


「ならば、わたしを愛しなさい、ウィリアム・ケイツビー」


「メアリーさま?」


「わたしを愛してくれた者は、もうだれもいない。両親も、兄弟も、神の御許に召されてしまった」


ウィリアムの同情心に訴えかけよう。それが口先だけのものでも構わない。


「わたしを愛して、ウィリアム。わたしの寂しさを癒して。それが無理なら、どうか殺して」



時は流れ、数十年後。ある片田舎で、一人の老人が沈鬱な表情で涙を流していた。


「じいさん」


褐色の肌(・・・・)の老人に声を掛けたのは、老人によく似た青年だった。


「雨も降ってきた。そろそろ家に戻ろう。きっとばあさんも、そう望むはずだ」


数日前に葬式を終えたばかりの祖母を思い、青年は涙した。


祖父母は仲の良い夫婦で、特に祖父は祖母にベタ惚れだった。祖父の衝撃は大きいのは仕方ない。


「アーサー、おまえに愛する者ができれば、その想いを素直に伝えなさい」


「は?」


「忠義などという言葉で誤魔化し続けた男の末路が、私だ。あの人は自分を愛せと言いながら、私の愛を最後まで信じてはくれなかった。自業自得だ」


「ちょっ、じいさん。何言ってんだよ?」


「だから、私が神の御許に召し上げられることがあれば、その時は信じてくれ、メアリー」


老人ウィリアムが亡くなったのは、妻メアリーの死から半年も経たない後のことだった。ウィリアムは、最愛の妻の死に、生きる気力全てを失ったのだと、孫アーサーは語った。

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