石上くんはロックオンされている
3年A組の教室。
「はい、じゃあ、『石の上にも三年』の意味が分かるやつ……石上、お前のためにあることわざだな」
「分かりません」
イスから立ち上がった石上くんが背筋を伸ばして堂々と答える。
あはははと笑いが起き、先生が明日の授業までに意味を調べておくようにと言ったところで、ちょうど終業のチャイムが鳴った。
「号令が済んだら後ろの席のやつ、悪いがプリントを回収して前まで持って来てくれ。はい、じゃあ、日直」
「起立、気を付け、礼。有り難うございました」
「「「「「有り難うございました」」」」」
ガタガタとイスの動く音と床の振動がして、喋り声が大きくなる。
1番後ろの席の生徒達は前の席のプリントを集めながら前進し、先生に手渡した。
役目を果たし、自席に戻ろうと、並んだ机の間を歩く1人の女生徒。
どんっ!
ぽて
ころり
石上くんの机に女生徒がぶつかって、机の左隅に置いてあった消ゴムが床にころりと落ちた。
……暫しの沈黙。
(……ん? 拾ってくれないのか?)
まぁいいかと思いながら、椅子に座ったまま石上くんは床に手を伸ばす。
消ゴムに指先が触れるといった段階になり、そこで女生徒の手が重なった。
「あっ! ごめんね、石上くん」
手をぱっと離し謝罪してきたのは、石上くんの机にぶつかり消ゴム落下の原因となった女生徒だ。
(……で、君は結局拾わないのか?)
自分の方が手を伸ばすタイミングが早かったからだろうと1人納得し、石上くんはさっとイレイサーを拾い上げた。
「あっ、あの! い、石上くんは……慰霊祭に、誰かと行く約束は……もうしているの?」
2月9日以降直近の土曜日に毎年行われる、家畜の豚の慰霊祭。
5年前に村に建った民間葬祭場が主催で、村が後援をしている。
建設時に地元住民の反発が強く、企業イメージを良くしたいと考える葬祭業者と、費用負担を最小限に抑えつつ地域活性化を図りたい村との利害一致から始まった、と表立っては言われているが、裏では村会議長と葬祭業者の癒着がささやかれていた。
(さっきの『ごめん』は机にぶつかったことか、消ゴムを落としたことか、手が触れたことか……どれだ?)
「も、もしよかったら……石上くん! 私と一緒に……行かない?」
首も耳も真っ赤に染め、唇をふるふる震わせ、うるうる涙目の上目遣い。
「え? なんで?」
「あっ……と、石上くんと、一緒に、行きたいなぁ……て、思って……」
「え? なんで?」
「そっ……それは、いっ石上くんのことが……」
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遡ること2年前、1年A組の教室。
放課後、女生徒2人だけ。
どんっ!
ぽて、ころころり
どどんっ!
ぽて、ころり
どんっ!
どんっ!
どどんっ!
どどんっ!
ぽて、ころり
どんっ!
ぽて、ころり
どんっ!
どんっ!
ぽて、ころり
どんっ!
ぽて、ころころころり
どんっ!
ぽて、ころり
どんっ!
ぽて、ころり
どんっ!
どどんっ!
ぽて、ころり
どんっ!
ぽて、ころころり
どんっ!
ぽて、ころり
「……ねぇヒナ子、石上くんに恨みでもあるわけ?」
「恨みなんかあるわけないし、大真面目に決まっているじゃない。私が彼のことを好きなの知っているでしょ?」
「うん、知ってはいるけどね。でも、この状況を誰かに見られたら……イジメって言われると思うの」
「大丈夫よ、優奈しか見ていないから」
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石上くんの隣の席から眺める本日日直の岩田 優奈。
顔を真っ赤にしながら石上くんを慰霊祭に誘う親友ヒナ子にやれやれと半ば呆れながらも、やっと勇気を振り絞って行動に出た親友の頑張りに、心の中で盛大に声援を送る。
リアル『石の上にも三年』の目撃者となった彼女は後にこう語る。
「もっと早くに、普通に告白すればよかったのに」
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慰霊祭の日、会場には若いカップルの姿があった。
屋台で購入したローストポーク丼を食べ始めた石上くんに、ヒナ子は自分も少し食べてみたいと言った。
(2つ注文すべきだったんだろうか?)
ヒナ子は首も耳も真っ赤に染めて目をつむり、あーんと口を開けた。
石上くんによって口に運ばれたローストポークの美味しさに、目を開けて嬉しそうな笑みを溢す。
(やっぱり今からでも、もう1つ追加して買うべきだろうか?)
石上くんは自身も食べ、ヒナ子の口にもせっせと運びながら、食品加工された豚の命に心からの感謝と祈りを捧げた。