第一章8 『食って吐いて吐き終わってから』
一つ頼み事があります。評価と感想お願いします!改善点などでも何でもいいので。執筆の糧としたいです。
それはそうとして、おせちの残りを未だに食べています。
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相変わらず世界は灰色に満ちていた。ボロボロ、ボロボロと色が落ちていく。
どれだけ必死に足掻いても、心は砕け、破片で体を傷つけてしまう。
ボロボロ、落ちていく。
一度まるめた紙が、完全に元通りにならないのと同じで、一度砕けた心は濾過しきれない。
それこそ、何年もかけて癒やす必要がある。その場しのぎの冷静を繕っていても、その皮はいつかは剥がれる。
何年後、何ヶ月後、何日後、何時間後、何分後、何秒後、もしくは次の瞬間に剥がれるかもしれない。
ボロボロ、ボロボロ剥がれていく。
ヒビの入った心は接着剤で止めたとしても、粘着力がなくなり次第、そのヒビは深まっていく。
――ボロボロ、ボロボロ、ボロボロと。
――――――――――――――――
「――ぬわぁぁぁ!!」
ベットから落ちる勢いで起き上がるミナトは、全身を小刻みに震わせていた。手元にはエリーニャから借りた『心狩り』についての資料がある。
寝る前に掛けるはずだった毛布も今はミナトの体の下にあった。
「ね、寝てたのか……」
全身から嫌な汗を流しながら、ミナトは状況を理解し、消化した。
しかし、夢の中で何があったかは鮮明ではないが、明らかに尋常ではない悪夢だとは想像がつく。
引きつった笑みを浮かべながら、ミナトはベットから身を出した。そして陽光が指す窓際に歩いていくと、まだ遠くが紫がかっている外の景色が映っていた。
「もう、今日の夜か……」
そんな幻想的な景色を前に、ミナトは頬を緩めるどころか強張らせていた。
その後、焦りが顔に出ていると気づくと、ミナトは自分の両頬を人差し指で持ち上げ、無理矢理笑みを作った。
――仮初の笑顔だった。
「あっ、そっか昨日はあの後何も食べてないから……」
そう言って腹を抱え出すミナトだが、その理由は簡単明白で「ぐ〜」という腹の減りを知らせる音を耳にしたからだった。
様々な事態が起き、辛いことはもちろん、怖いことや狂うこともあった。もちろん、そんな中でも楽しい事はあったが。
と、こんな感じに色々な体験をした後で、流石の食い意地の悪いミナトでも食欲は湧かなかったのだ。
「ま、そろそろ飯食っとかないと怪しまれるかも」
ミナトの言い分も分からなくもないが、彼の発言では、生きる為の食事ではなく、株稼ぎの為の食事と言っても過言ではなかった。
それがどれ程、人としての意義を廃らせているかは本人には分からないのであろう。
「そうと決まれば食堂だぁ」
と、今後の方針も固まったわけで、ミナトは扉に向かって歩きだす。そのまま廊下に出て右側に方向転換し、食堂に向かい始めた。
「ていうか、やっぱり何で文字が読めるようになったんだ?」
ミナトは廊下を歩きながら昨夜の出来事を脳裏に浮かべる。
エリーニャに資料を貸してもらったあと、自室でそれを読んでいたが、あまり欲しい情報は見れなかった。
しかし、その欲しい情報かどうかを判別できる事こそが、にわかには信じがたい事だった。
「寝てたら脳が活性化された……?」
首を傾け視線を何もない上の方に向けて、考えを言った。最新型の睡眠学習の効果のせいかもしれないと。
しかし、それはあまりにも都合の良すぎる見解で、これが真実である可能性は極小ということはミナトも分かっていた。
「じゃあ何が原因何だろ?」
と、ここまで、という所まで来てはいないが結局原点に戻りついてしまう。頭を悩ませながら歩いていくと、ある一つの疑問が浮かび上がった。
「そういや前回のコンクリート部屋で起きたとき、何であんなに――筋肉痛になったんだ?」
そう言うミナトだが、それは当然誰もが思う疑問点であろう。しかし、あの時の記憶は消し去りたいものなので、記憶に蓋をしていたのは事実。
だったのだが、疑問を解決するために記憶の蓋を開ける以外の選択肢は無かった。
「確かあの時は、起きたら……あっ!そうだ。何か書いてあったんだ」
当時の情景を思い浮かべ、何か違和感がないか探っていると、頭の片隅にある一つの記憶に辿り着いた。
それは錯乱状態にあったミナトですら気づくレベルの――血文字で書かれた名前。
「アイツの名前は確か……『ギリア』」
顔も知らない、しかし魂に刻まれた狂人の名前を思い出し震撼する。そしてミナトはある一つの考えに至った。
目覚めたら覚えのない筋肉痛に襲われ、勉強もしていない異世界文字を我が物顔で読め、心が壊れてもいいような現実を見ても冷静になっている現状。
なら、それは――、
「――ギリアは、俺の体を乗っ取れる?」
それが現在一、有力な可能性であると考えた。
しかも、乗っ取れるとは操れる事を示唆しており、どのような条件下でソレが働くかは分からずとも、危険という事には変わりなかった。
「しかも、もう何度か乗っ取られている……」
一回か、二回か、三回か、何回体を乗っ取られたかは知る由もないが、その事実は揺るがない。
何をしでかすか未知数な狂人ギリアを野放しにしか出来ない今に、ミナトは微かな恐怖を覚えた。
「もし、乗っ取られたら皆に何をするか全く分からないけど、アイツなら殺したりするのか?」
――アイツら道具のことは知ってるよ。
血に塗られた屋敷の惨状が、ありありと脳裏に浮かぶ。血を流して魂が抜けたリリエナ、ルナ、オリバ、エリーニャの姿が頭の中にあった。
あってはならない悲劇だ。食い止めなければならない悲劇だ。――けれど、起こらないように祈ることしかできない悲劇だ。
「何もかも未知数だ。足りないし届かない。ギリアの人間性も狂ってること以外は知らない。でも、皆に辛い思いをさせたくないし、殺させない。これが、僕の目標だ」
胸に手を当て、瞳を閉じると、小さく不安や恐怖を溢した。しかしそれは次の決意によって勇気に塗り替えられた。
そのことを噛みしめると、目の前に扉が現れ、そこが食堂と分かるとゆっくりと扉を開けた。
――――――――――――――――
「――おはよう。昨日はよく寝れた?」
大きめのテーブルの脇に座っていたのは、朝だというのに魅力を纏っている美しい女性だった。
しかし今のミナトには辛いもう一つの世界での出来事があり、少しの抵抗感があった。
そのせいで咄嗟に言葉を返せない。
「――どうしたの?まだ辛い?」
「あっ、いや大丈夫大丈夫。めっちゃ元気になったから、ハハ」
「そう?」
心配そうに顔を覗いてくるリリエナに、軽い口調で答えると、不満げながらも引き下がっていった。その心配には嬉しさが込み上げてくるが、ミナトはそれを隠すように彼女に話しかけた。
「他のみんなはどうしたの?」
「オリバとエリーニャはお寝坊さんよ。ルナは厨房で朝食を作ってくれてるわ」
「そっか……ルナの飯は久しぶりだな」
となると食堂には実質ミナトとリリエナの二人しか居ないことになる。
一方的に気まずさを抱えているミナトは無言のままリリエナとは反対側の椅子に腰を預け、居心地の悪さからかソワソワ仕出した。
それを不思議に思ったのか、リリエナは突然、会話を始めようとした。
「そういえば昨日、君が医務室に行ったちょっと後に私も向かったけど、どこにいたの?」
「え……?」
なんて答えればいいか、ミナトに嫌な予感が頭をかすめる。普通に『乾坤書庫』に居た、と言えば良い話なのだが、何を信じればいいかあやふや
な状況なので最適解がわからない。
もし万が一、失言をしてしまえばミナトの首は飛ぶだろう。
そんなプレッシャーを抱え、口を開く。
「ええと、医務室に行こうとしたんだけどエリーニャに出くわして、そのまま書庫に連れてかれたんだ」
「……」
一切嘘偽りのない事実をそのまま伝えることにすると、リリエナが黙っているほんの数秒が数時間のように感じられる。
凄まじい圧力が体にのしかかる錯覚を覚え、ミナトは堪らずゴクリと音を立てながら固唾を飲み込む。
そしてリリエナは何食わぬ顔で一つ応えた。
「そっかぁ、だからエリーニャの事も知ってたのね」
「ぇ、あっそうなんです!」
止まっていたと思われた世界が、刻々と動き出した。ミナトは理解した、という顔になったリリエナを一目見て、ホッと一息つく。
と、その時、何か大事な事を見落としている気がしてならなかった。そんな漠然とした不安を覚えながらも会話は続く。
「へぇ、じゃあ――いつルナと出会ったの?」
「……ぇ?」
突然、リリエナは問い詰める口調になると、ミナトに聞いた。そんな彼女の質問の裏を返せば、「ルナといつ会った」ではなく「何故ルナのことを知っているか」となる事をこれまでの経験則から導けた。
しかし、導けたから何だというのだ。導けたと言ってもそれを完全に飲み込めるわけではない。現にミナトは動揺を隠しきれていなかった。
「ん?だってさっき、ルナの飯は久しぶりだなって言ってたじゃない」
少しリリエナの声音が低くなると、いよいよミナトは体中から冷や汗を流し始めた。動揺を何とか鎮めようとするが、目が泳いでいるのが本人にも容易くわかる。
ただ一言、ちょっと前に会った、と嘘をつけば取り敢えずこの場は収まるというのに、その一言が口から出ようとしない。
嘘を付きたくないのではなく、嘘がバレるのが怖いのだ。
「あ、と……ええ何というかね」
「どうした――」
「はぁぁ眠っ!何で俺はこんな日の朝に起きてしまったんだ!」
どうしたの、という彼女の声はある一人の男性の声によって掻き消された。
その男性は髪の毛を適当に遊ばせており、四方八方に寝癖がついている。だらしない皺だらけのワイシャツに袖を通し、目元には目やにが付いていて、その有様を目の前のリリエナと比べると締まりの無さが一際目立っていた。
「――オリバ、何そのだらしない格好」
「うえっ、お嬢起きてたのかよ」
情けないオリバの格好をジト目のリリエナが指摘すると、彼は嫌そうな顔をしながらワイシャツのボタンを上まで締めた。
そのおかけで、リリエナの疑念の目から逃れることができたミナトは今度こそ安堵感に身を任せ、一息ついた。
「おっ、ミナトも居たのか。どうだ、元気になったか?」
「ああ、めちゃくちゃ元気になったよ」
「……?」
オリバがミナトの存在に気づくと、彼に気分を尋ねる。それに対し、片目をつむり、体の力を抜きながら答えるミナトをオリバは不思議そうに見つめていた。
しかしそれも少し経てば興味を失い、オリバは厨房の方に行ってしまった。
「ていうか、どうして僕はこんなとこに連れてこられたの?」
ミナトは口を開くとそんなことを聞いた。
しかしその答えをミナトはもう、知っている。各地で目撃情報のある『心狩り』にミナトが疑われているのだ。
なら何故リリエナに知っている事情を聞いたのかというと、先程彼女に問い詰められ、多少敏感になってしまっているのだ。
その為、ミナトは限りなく黒から遠い白になる為に行った結果だった。
「それは君を『心狩り』だと疑っているからだよ」
――知っている。
真っ直ぐミナトを見つめる鋭いリリエナの視線を、ミナトは受け止められない。顔を俯かせ、話を聞いてある素振りを見せる。
「最近『心狩り』の目撃情報が多くて、それで怪しい格好をしてた君を捕まえたわけ」
――それも知っている。知っている。
ギュッと拳を握り、ズボンの布を中心に寄せると皺ができた。それを呆然と見つめていても、リリエナの話は止まらない。
「けど、まだ疑いが晴れたわけじゃ――」
「おーい。飯だぞぉ」
「朝食をお持ちしました」
リリエナの話が永遠と続くと思った刹那、オリバとルナの呑気な声が聞こえてきた。その声あって、何度目になるか分からない事情を聞かなくて済むことになった。
そんな胸の苦しい体験を人知れず行ったミナトは、本当にこれが最後と思い、深く息を吐いたのだった。
「――で、ビーフシチューね」
ミナトは目の前のテーブルに広がる食事の品の数々を眺めながらそう呟いた。
記憶の中で何度も食した思い出の食事、と勝手に称しているミナトは、ゆっくりとスプーンですくったシチューに口を付ける。
「〜〜〜」
肉の旨味とスープの酸味が上手いくらい噛み合っていて、思わず今までの苦悩を吹き飛ばす程の笑顔が飛び出した。
「おかわりありますけど?」
「え、何で……あっ」
突然、食事の追加を促すような発言をルナがした訳は、いつの間にか空になっていたミナトの皿を見れば理解できた。
身に沁みるスープは、既にアマジキ・ミナトの腹の中に入っていたのだ。
「ああ、おかわり頼む」
「かしこまりました」
そう言ってミナトは、お辞儀するルナに空になった皿を差し出した。それを快く取ったルナは厨房へと駆けていった。
「それで、ミナト。お嬢から説明されたか?」
「何を?」
不意に疑問を耳にしたミナトは咄嗟に受け答えてしまう。そしてオリバは再び口を開け――、
「――『心狩り』」
と、口にしたのだった。ミナトは体の芯からその名前に拒絶を起こし、恐ろしいまでの嘔吐感を覚えた。
先程リリエナと『心狩り』の話をしていた時はそれ程『心狩り』に拒絶反応を見せなかったアマジキ・ミナトだったが、少しの気の緩みが心の傷に触ってしまったのだ。
「ミナトさん。おかわりを持ってきました」
「あ、ありがと……」
先程頼んだスープの追加が来ると、弱々しく感謝を口にしたミナト。
それを不思議に思うルナは、そのまま何も告げずに去っていった。
そしてゆっくり、さっきよりもゆっくりとスプーンを近づけていく。そしてまた、シチューを口にした。
「―――」
最初に感じたのは、何も感じないことだった。
全く味がしなかったのだ。肉の風味も、スープの酸味も、人参の甘みも、何もかも全ての味が無かったのだ。
まるで、アマジキ・ミナトが今見ている色褪せた世界を、味覚で再現したかのようだった。
「うっ……」
吐き気がした。胃からすべてが逆流して、何もかも辛いことも吐き出せる気がした。
しかし微小に残った理性がそれを許してくれない。今吐いてしまえば、確実にリリエナ達に殺されると知っているからだ。
「君、大丈夫?」
――止めろ、その呼び方で僕を呼ぶな。
――止めろ、その目で態度で僕を見るな。
――止めろ、その椅子の傍らにある剣を触るな。
――止めろ、僕を殺すな。
「うっ、ごぉえええあ!」
「おい!ミナト大丈夫かよ!?」
思い切り胃液を吐き散らすミナトに、オリバの心配する声は届いていなかった。
ただ一つ、ミナトが確信を抱いている事は、リリエナに――殺されるということだけだった。
「ああ、ああ……!」
やってしまった、と少し時が経ち冷静になると、ミナトは危機感に身を焦がした。しかも次リリエナに殺されれば絶対に冷静を取り繕えないと思ったのは、それから少し時間が経った後だった。
「君」
「あっ……待って、頼む殺さないで――」
冷酷に告げられたアマジキ・ミナトに対する呼び名を耳にした時、ミナトは死を覚悟するとともに懇願せざる負えなかった。
――死にたくないのは生物である以上仕方のない生存本能なのだ。
しかし、思っていた結末とはまた違う結果を、ミナトは迎えることとなる。
「――な、にを?」
そんな間抜けな声が沈黙に包まれた食堂に悲しく響く。何故、ミナトはその様な声を漏らしてしまったのかというと、それはリリエナの接し方を見れば明白だった。
アマジキ・ミナトの腰にリリエナのしなやかで細い手が回り、彼女の豊満な女性の部分が彼の胸に押し当たる。
そう。今、ミナトはリリエナに抱きしめられているのだ。
その状況だけを見れば、ミナトが赤面することは間違いないのだが、彼の心情がそれを許さない。
「何で君はそんなに辛そうなの?」
すると不意に、リリエナが小さく耳打ちをした。それが優しい声音だと瞬時にわかると、ミナトはゆっくりと強張った体から力を抜いていく。
そして、ツーとなんの抵抗もなく涙が流れてきた。泣き声一つ出さず、静かに流れる一筋の涙が。
「僕を、心狩りと疑わないのか?」
「だって、こんなに子供みたいに悲しそうな人が『心狩り』なんて冷酷な人な訳ないもの」
どうして優しくしてくれるのか、とミナトの疑問をリリエナに問うと、彼女らしい答えが帰ってくる。
「よしよし、大丈夫。私はここに居るから」
「うっ、くっ、ひっく……」
しわくちゃな心が、リリエナの声と撫でる手によって少しずつ少しずつ、完全にとまでは行かないが、解きほぐされていく。
色褪せていた灰色の世界も、徐々に鮮やかな鮮色に変わっていく。
その朝、ミナトは声が枯れるほど泣き続けた。
――――――――――――――――
「――それで何があったの?」
芯の底からまろやかに甘く溶かすような優しい声が聞こえた。ミナトはその声に耳を傾け、今までの出来事は全てが全くの嘘であると自らを騙そうとしていた。
こんな幸せな気持ちになれるなんて、こんなに平和に過ごせる時間があるなんて。
ミナトは、ただ悪夢にうなされていただけなんだ、と何度も自分を騙しにかかる。
しかし妄想は彼女の一言で現実に変わる。
「大丈夫?何があったか話せたら助けることが出来ると思うんだけど、言えそう?」
声がしたと同時にミナトは閉じていた瞳を開けた。そこには心配そうに顔を覗くリリエナの顔が間近にあった。
そんな彼女の持つ宝石のような紅の目にミナトは溶かされる感覚を覚えながらも、何とか彼女の質問に答えるように努める。
「え、と……ここが危ないんだ。何かがヤバい奴が来るんだ!」
掠れる声で言葉を詰まらせながらも身振り手振りで状況を伝えようとするミナト。
しかし『心狩り』と伝えるはずだった部分を、日和ったミナトは『ヤバい奴』と言葉を濁してしまった。何か深堀りされることをミナトは怖がったのだ。
しかし、当然リリエナは――、
「――ヤバい奴?何でそんなことを君が知ってるの?」
「しまっ……」
情報源がどこなのか、とリリエナに不審に思われてしまい、ミナトは慌てて口を塞いだ。
しかし時既に遅し。ミナトのその動作は虚しくも、リリエナの目に余計に怪しく映ってしまったのだった。
「まあ、そこは今度問いただすとして、ヤバい奴って誰のことなの?」
「――『心狩り』」
おずおずと引き下がっていくリリエナは別の質問に移った。
その誰なのか、という質問にはミナトは間髪入れずに早々に答えを言う。『心狩り』という単語を耳にしたリリエナは、その大きな目をそれ以上に大きく見開いて驚きを表す。
そして血相を変えた彼女はミナトの肩に手を置いた。
「それって、本当?」
「は、はい。本当です。何故かって聞かれると、ただの勘ですけど」
顔を青くさせながら問い詰めてくるリリエナに、多少引き気味になりながら質問に答えた。
その答えを聞くと、彼女は今度は納得したような顔つきで頷いた。
「いや、君の勘っていうのも案外伊達にならないかも知れないわ。本当に最近『心狩り』の目撃場所がこちら側にズレてきているの」
「そうなんですか……」
確信を抱けたように頼もしくなった彼女の表情を見て、ミナトは話して良かった、とホッと一息ついたのだった。
――その朝が過ぎると、皆は大慌てで昼から夜まで戦闘の準備をしていた。
リリエナは武具の手入れを、ルナは厨房で食事を作り、エリーニャは『心狩り』に対する資料を読み漁っていた。
そして肝心の情報提供者ミナトはというと、
「ぐぅ、がっ!こぉ」
豪快ないびきを奏でながらベッドの上で爆睡していたのだ。これには温厚なリリエナも大激怒。
そしてミナトは夜が明けるまでリリエナと共に武具の手入れ、屋敷の整理を行ったのだった。
――――――――――――――――
「はぁ、疲れた。リリエナが武器のことになるとあんなに熱が入るとは……」
ミナトは脳裏に、リリエナに何度も叱られた記憶を思い返していた。手付きが悪いだの、もっとしっかり拭けだの、武具が可愛そうだの、ミナトは好き勝手言われたのだ。
その状況に頬を膨らませていたミナトだったが、今は武具の手入れに少し馴れ、リリエナに文句を言われないまでに成長していた。
「でも眠い」
目をこすり、豪快に口を開けて欠伸をする。ミナトの目の下には分かりやすくクマが出来ていた。
「もう、無理……ギリアにもう一回会って……」
そうしてミナトの眠さ加減が分かったところで彼はベッドの上に寝転び、そのまま寝てしまったのだ。