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Reセット︰僕と君とバケモノと  作者: おしり大福
一章 『初見回帰』
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第一章6  『死起廻生』

あけましておめでとうございます。今はきなこ餅を頬張っており、至福のひと時です。

今年は良い年にしていきたいものです!


↓本編へ

「―――で、君があの『心狩り』なの?」


「っ、うわぁぁぁぁぁぁあ!!!」


 再び目の前に現れるのは黒髪赤眼の美少女。しかし前は綺麗だと思っていた真紅の赤眼も、今となっては先程の悲劇を思い出してしまう物となっていた。

 その結果、ミナトは声の限り叫ぶ。


 血が、魂が、命が溢れる瞬間は初めてだった。それは当たり前のことで、普通に過ごしていればそんな感覚一度しか味わうことはない。


 しかしミナトは知った。その恐怖の先の狂気にある二度と忘れられない感覚を知ってしまった。


「はぁ、くっ、はぁはぁ……」


「君!大丈夫!?」

「どうしたミナト!?」


 カタカタと歯を小刻みに擦り合わせ、腕や足、全身が震えに襲われる。

 その惨状を見て、二人は同時に心配の声を上げた。

 

 ――怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い、


 ただひたすらに恐怖を感じ、何もかもが足りていない気がしていた。

 信じられないほどの喪失感に不安を抱いて、誰においても信用が出来ずになっていた。目の前の二人もいつか自分を殺すのだ、という妙な考えにも至り、無意識に目から涙が溢れてきた。


「ちょっ!本当に大丈夫?オリバ!すぐに医務室に!」


「あいよ!お嬢は相変わらず人使いが荒いんだから!」


 緊迫した空気が装飾された白金の部屋に溢れかえる。そうして二人は洗礼されたコンビネーションでオリバがミナトを担ぐと、その身体能力で通常の人の何十倍もの速さで走り出した。

 この時には、既にミナトの意識は闇の中に葬られていた。


「あっ、オリバ!」


「何だい?お嬢」


 走り出したオリバは『お嬢』に呼び止められ、足を止めた。そして彼女は口を開いて、


「彼が何か不自然な行動を取ったら――すぐに始末して」


「……ああ、分かってる」


 それぞれの思惑が重なる中、それでも彼と彼女の意見は合致した。

 しかしそれを知らないのはただ一人の少年だけという事は、とても残酷に思えてしまうオリバ。

彼の揺らぐ瞳にはどんな思いがあるのかは親しい仲の美少女ですら計り知れなかった。


――――――――――――――――


「――それで、何のようなのです?」


 消毒液の香りが鼻をくすぐる医務室。そこにある白いベッドの上には先程意識を失ったミナトの体があった。

 そんな中、医務室の扉の前に立つのは白髪の紺目の幼女だ。彼女はまだ育つ前の胸の前で腕を組み、ご立腹のような態度を表していた。


「エリーニャ。ミナトの体に異常がないか見てくれないか?」


「っ、ミナトなのですか?」


 腰をかがめ、下からオリバはお願いする。するとエリーニャは目を少し開き驚いていた。

 日頃から感情があまり見えにくい彼女が、ここまで反応を示すのは珍しいことではあったが、今のオリバにはそれに取り合う余裕はなかった。


 エリーニャにその緊急性が伝わると、彼女は少し考えてから首を縦に振った。


「仕方ないのです」


 はあ、と短く息を吐くと、彼女はミナトの額に掌をかざした。

 すると、徐々に光の粒が浮き上がっていき、部屋全体に涼しい色が広がった。


「どうだ?」


「ごほん。正直に言って身体的には何の異常も無いのです。あるとすれば精神的な方なのかもです」


 ミナトの異常行動の原因をオリバが聞くと、エリーニャは答える。体の不調ではなく心の病気だと。


「何で……」


 その洩れてしまった悲痛の呟きは、オリバの率直な感想だった。常に無関心なオリバだが、好奇心に駆られる時ほど探求熱心になることがあるのだ。言うならば、大人の子供だ。


「ニンゲン」


「何だ?トイレなら出て左だぞ」


「そんな事は知ってるのです!それよりも……」


 真剣なトーンのエリーニャの問いかけに、オリバは茶々を入れながら聞く。そして彼女も続きを話し出す。


「コイツから血の匂いというか、殺してやるって敵意の雰囲気が……要は臭い匂いが感じられるのですが、オリバも分かるのです?」


 エリーニャは、ミナトの横顔を見つめながら自らが感じ取った違和感を口にした。

 

 ――ミナトの体から血腥さと殺意が滲み出る。

 エリーニャに取って、それらは黒や紫の靄のように見えていた。

 そして質問されたオリバは考える素振りを少し見せてから口を開くと――、 


「そういった雰囲気や匂いを『邪神教』が纏っているっていう情報は記載してるのは知ってるぜ。しっかし俺には全く感じられないな」


「そうなのですか?まあ微かな匂いだから気のせいかもしれないのです……」


 そういった可能性はある、とオリバは口にするも、本音では否定気味の発言をする。エリーニャは少し不満そうではあるが、大人しく引き下がった。


 ――邪之残臭よこしまのざんしゅう


 オリバの言う『邪神教』が纏う匂いを、一般的にそう呼んでいた。


「けど、なんでミナトがそんな臭いを纏ってんだ?それじゃまるでコイツが邪神教徒みたいじゃねぇか」


「っ、本当にそうならエリーはどうすれば……」


 邪神教関係者の疑いをかけるオリバだが、エリーニャの反応が著しくない。冷や汗のようなものは垂れないが、動悸や目の泳ぎが目に見えて分かる。何を思って、どういった事情を抱えているのかはオリバにとっても未知なのだ。


 

 ――約一年前



「『オリカル』零部隊隊長オリバ・ルーズバル。孤独な貴様に朗報だ」


 外界から一切干渉を受けない地下施設にて、ほのかに明るい巨大な液晶画面の前でオリバは言われた。革製のレザーチェアに腰を掛け、足を組みながらコチラを見つめてくる国の頂点は薄く笑みを浮かべていた。


「何なんですか、嫌味っぽくしないで早く要件を……」


「――ッッ!黙れ!誰が嫌味だぁ!?貴様は我が国の道具なのだ!大人しく我々に従っていればいいんだ!!」


 少し反発すれば憤慨して怒鳴ってくる禿頭の男性は顔一面を真っ赤に染め、椅子の近くにある台を何度も何度も叩いていた。

 その支離滅裂な行動にオリバは目を丸くせざる負えない。


「生意気な真似をして申し訳ございません」


「ふんっ!何を突っ立っておる、土下座だろ?」


 これ以上は無駄だと思い、素直に腰を曲げ、謝罪を口にすると、禿頭の男性は大袈裟に鼻を鳴らした。

 すると嘲笑しながら地面に向けて人差し指を下げた。


「……はぁ、おいしょっと」


「そうそう、大人しく従順に従えばいいんだ。貴様は我々の国に多大な恩があるのだからな。一生道具として誇りを持っておけ」


 頭上から偉そうな口を叩く男性に一発殴りを入れようか迷ったオリバだが、そういった反抗心は相当前に捨てていた。

 

 ――プライドなど自分を傷つける他ないのだと。


 そして額を地面に擦りつけ――、


「――待つのですよ。オリバ」


「っ、誰だい?君は」


 不意に声をかけられ反射的に顔を上げると、そこには小汚い暗闇に相応しくない月光のような白髪と闇に溶け込むような紺目を持つ幼女が立っていた。

 突如として現れた謎の幼女に対して、オリバは目を点にして戸惑いを隠せずにいた。


「お前はそんなに誇りが無いのですか?その頭の中にどんだけの重りが入っているのですか?そうやって従順にしてた結果がコレなのではないのですか?違うのですか?」


「……っ、何なんだ?」


 一体この偉そうな幼女は誰なんだ。幾年か重ねて折られた誇りを立て直そうとさせる。

 どんな苦労をして来たかも知らない幼女に。


 憤怒、とは別の感情を抱きオリバは複雑な表情を浮かべた。そして不意に聞いた、


「君の名前は?」


「エリーニャなのです」


 自分でも分からないまま幼女に名前を尋ねると、彼女は快く名乗ってくれた。


「エリーニャ、さっき言ってたことって……」


「――くぅ!うるさいぞっ、オリバ!貴様はこの私をコケにする気か!いいからとっとと跪け!」


 エリーニャの真意を確かめるために聞こうとするが、禿頭がそれを許してはくれない。耳にうるさく残る怒鳴り声に、顔を顰めながらオリバ膝を折ろうとするが――、


「――レイアース」


「ぬあっ!ぐわぁァァァ!」


「……君、何を?」


 静かに冷酷なエリーニャの無慈悲な詠唱が聞こえると、禿頭の腕を椅子に固定するように氷を纏わせた。

 汚い悲鳴を上げる禿頭を見てるオリバは、呆けた面を隠せないままでいた。


「別にお前の為じゃないのです。羽音がうるさい虫がいたら話の途中でも潰すのと同じことなのです……虫なんて殺すのもおぞましいのです」


「自分で言って自分で否定すんなよ」


 エリーニャは持論をオリバにぶつけると、それを自分で否定する。オリバがそれを指摘するが、それに取り合う余裕もなく話は終わる。


「貴様ぁ!どういうつもりだ!」


「うるさいのです。その命を取られたくなければ、今日のところは引き下がるのです。ええと――覚えて来やがれなのです」


「違うぞ?おととい来やがれと覚えてやがれが混ざってるぞ?違うからな?」


 禿頭は憤怒を爆発させるように二人のことを睨みつけながら怒鳴った。

 しかしそれをエリーニャが一蹴。覚えたての台詞を口にするが、それが誤った認識だったのでオリバが正す。

 すると指摘されたエリーニャは目を開き、頬を僅かに赤く染めた。 


「グダグダ過ぎっていうか何というか……」


「お前、言いたいことがあるなら言うのです」


「お前に?」

「ハゲ男になのです!」


 この状況に不満のようなものを洩らすと、エリーニャが澄ました顔で禿頭で鬱憤を晴らすことを促してきた。

 しかし――、


「俺は国の道具、良く言えば国の宝で悪く言えば国の玩具。それが俺だ。長年こんな状態じゃ洗脳もなんでもされた様なもんさ。だから労働環境に対する不満も、反抗心なんかもなくなったし……ちょっとはあるが、だから……」


「お、オリバ!そうだこの氷を早く溶かせ!」


「それでいいのですか……?」


 思い出を振り返り、感傷に浸りながら血管を沸騰させている禿頭に近づく。それを見たエリーニャは本当に満足か、と言いたいような表情を向けてきた。

 そして――、


「ああ――構わねぇ!」


「ぶへっ!」


 拳をギュッと握り肘を曲げ、その直後に思い切り伸ばした。禿頭の顎を掠めるように向けて放たれた一発は、綺麗に決まり、彼は三半規管を揺らされぐったりとした。

 手が少し痺れるような感覚を覚えつつも、内心は晴れ晴れした気持ちになっていた。

 笑顔が絶えない。


「すまねぇが上司さん。俺を道具として見てくれない奴もいるんで、これからは生意気な部下ってことでお願いします」


「くっ、ふざけ……ぁ」


 別れを、道具として、ではなく人としている事を決めた今日以外の昨日達にさよならを告げる。

 それに対し悪態をつこうと禿頭が口を動かそうとするが、それは叶わなかった。

 ――そして禿頭の意識は闇の中へ。


「じゃ、エリーニャ」


「はい?なのです」


 くるりと視線を自然とエリーニャに当てる。とぼけた顔が目立つ彼女を見てから言う。


「これからは相棒ってことなのか?」


「自惚れるんじゃないのです。ニンゲン」


 突きだす拳を思いっきり跳ね返すエリーニャ。ピシッという乾いた音が響くが、オリバは笑っていた。

 何故なら今日を、道具と、そして孤独との別れを告げた記念日としたからだ。



――


「――で、今は少し丸くなったのがエリーニャと言う訳だ」


「何を急に言うのです。エリーはお前と仲良くした記憶はないのです」


 思い出に浸っていると、うっかり心の中の言葉を洩らしてしまう。そしてやはり聞き逃さなかったエリーニャが、ここぞとばかりに悪態をつく。


「けど、なんだかんだ言って困ってるやつは放っといてくれないのが良い所なんだけどな。このお節介めぇ」


「知らないのとウザいのが同時に来たのです!止めるのです!」


 感情を滅多に出さないエリーニャだが、オリバの前では感情を見せることがある。怒り限定だが。


「――ん、ぁ」


「ミナト!起きたかぁ」


 不意に純白の寝台がかすかに揺れた。それに気づくと、オリバとエリーニャの二人はすぐに近づいた。

 そこで寝ていた一人の少年が目を開いたのだ。


「気分はどうだ?」


「……」


「ミナト?」


 問いかけに無言のままのミナトに妙な違和感を覚えるオリバ。エリーニャはいつの間にか部屋の隅に行って観戦モードだった。


「あ、いやいや大丈夫。全然オッケー」


「おっけー?」


「大丈夫の意」


 固唾を飲み込んでから話し出すミナトに、誰も気づかないが、話は少しずつ進んでいった。

 意味の分からない単語を言っては聞き返し、意味を教えるの繰り返しではあったが。


「いやぁ、何か俺疲れてたみたいで。ほら、牢屋に入れられるって思うと怖いじゃん?」


「あれ?……いや何でもない」


 なぜ悲鳴を上げたのか、とオリバに聞かれその事にミナトが答えると、今度は別の所に引っかかる様子を見せるが、何事もないと誤魔化した。

 するとミナトはピクッと肩を震わせる。


「何でもないのか?まあ俺はもう大丈夫だ」


「そ、そうか?まあもう少し寝といていいぞ。俺はお嬢に報告してくる」


「どうぞぉ」


 オリバの引っ掛かりの真偽をミナトが聞くと、オリバとエリーニャは医務室から立ち去ろうとする。

 それを促すように両手で扉の方を指すと、二人はゆっくりと医務室から去っていった。


「ふぅ、危ねえ。てかアイツの方はまだ寝てるのか」


 ククク、と不気味な笑みを浮かべるミナト。医務室の鏡には、怪しく頬をつった笑顔が映っていた。


――――――――――――――――


「ここが自室ねぇ……」


 オリバに教えられた部屋まで辿り着くと、その埃っぽさに顔を歪めた。見て分かるのは明らかに使い古されたことか、放置されていたかのどちらかだ。

 一面鼠色のコンクリートの壁が剥き出しの正方形の部屋。傍から見ればただの監禁部屋だった。


「ここで過ごすのか?」


「や、屋敷の部屋数が、その足りてないんだ。すまねぇな」


 いつの間にか後ろに立っていたオリバがたどたどしく声を発していた。

 その内容は嘘だと明確にわかるほど胡散臭い。屋敷は全部で三棟あることは移動中に把握していた。その部屋が全て使われているなど信用に足らないことは明らか、明確、明白だ。


「……なぜ嘘をつくんだ?」


「嘘?な訳ねぇだろ。じゃ飯になったら呼びに来るから、ゆっくり過ごせよな、じゃ!」


 急に口調が流暢になるオリバを冷めた目で見ながら聞いていると、彼は急ぎ足で正方形の部屋から姿を消した。


「静、謐……」


 全く物音がしないことから防音対策は完璧ということが分かる。ここでどんだけ叫ぼうが全く無意味ということも。


「ここにあるのはトイレと……トイレだけかよ!」


 辺りを探してもトイレ以外何も見つからず、これには流石に焦りを見せた。窓も一つなく、日光が入らないので、電灯一つだけでは暗すぎる。

 薄暗い部屋で、これからどう過ごすか考えていると、


「格闘技……」


 唸り声も晴れると、今度はポツリとそんなことを零した。すると、ほのかに冷たいコンクリートの床に手をついて立ち上がった。


「まずは、」


 と言って床にうつ伏せの状態になる。そして肘を曲げたまま両手を床につくと、肘を伸ばそうとする。

 体を持ち上げるようにして腕を伸ばし、体を締める。


「一、ニ、三、四……」


 順番に数字を言っていく。それは腕立ての回数を数えるものだった。


 十回を超えたあたりで汗が頬を伝う様になった。腕も酷使しており、震えが目立つ。床には垂れた汗が円を書くように溜まっていた。


「百っ!くっ、ハアハア」


 息が切れる音が、嫌なほど耳に残っていた。喉の乾きが水分を求めて唾液を出しているのが分かる。しかし水は辺りを見渡しても何処にもない。


 膝に手を付き、疲れを体で表現し、肩を大きく揺らしながら呼吸をした。


「水、水は、はぁ……水!」


 ――あった、あったあったあったくださいください。そこの水をください。


 水を求めて求めて、求めた結果、便器に近づく。

 あいにく、洗浄ハンドルを回しても上から水は溢れ出してこない。


「やるか……?」


 便器の前に膝を付き、顔を近づける。そっと、割れ物を扱うように静かに便器の中の水に手を突っ込んだ。

 そして両手で汲んだ水を見つめる。そこに反射して映る自分の姿が、どれほど惨めだったかは、見た本人にしか分からないだろう。

 そして、水を口に近づけ――、


「っ、ん、ん、ぷはぁ!」


 豪快にその便器の水を喉に通していく。抵抗感を全く気にしていないような様に、他人は引くであろう。

 しかし、彼は飲んだ。

 ――生を執着し、生に固執し、生に生きる。いくつもの生を重ねて今を生きる彼は、地上を探し回ったとしても彼以上に生を求める者はいないだろう。

 「生に飢えた獣」は尚も便器の水をかき上げて喉に流していく。


「くっ、不味い……助かる為には仕方ない」


 痺れに震える腕を擦りながら、一人で汚水を飲むことに大義名分を得る。

 と、飲み干して喉の乾きを忘れる事ができるようになると、彼は再び床に、今度は仰向けに横たわった。


「しっ、しっ、しっ」


 寝た状態から何度も起き上がることを繰り返す。腹筋を続けていくと、腹の筋繊維が悲鳴を上げた。繊維が千切れる音が聞こえた気がする。


「っ……しっ、しっ」


 痛みに少し眉を顰めるも、何事もなかったように腹筋を再開する。


 ――それから時間が相当経つと、


「百っ!はあ、はあ、水!」


 と、また便器の水をかき上げて喉に流していく。何度も何度も、腕立ての時と同じように飲み干していく。


「はあ、満足」


 そして達成感の次に来るのは途轍もない疲労からくる眠気だった。


「うっ、寝るか」


 そう言って冷たいコンクリートの上に横になる。しかし、すぐに体を起こした。


「寝る前に……っ。ふんふふんふふん」


 鼻歌を歌い出すと、その前に彼は人差し指の第一関節の皮をを思い切り噛み千切った。当然、血は大量に滲み出てくるが、彼は表情一つ変えずにいた。

 まるで狂人のような姿で、滲み出る血を床に垂らす。


「俺の名前は、――ギリア。」


 突如、この場で名前を口にする彼、又はギリアは、垂らした血液でその名前を書いていく。

 「ギリア、降臨」そのような事を赤字で書き記すと、ギリアは瞳を閉じた。 

 

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