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Reセット︰僕と君とバケモノと  作者: おしり大福
一章 『初見回帰』
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第一章5  『不幸中の平和』

 リリエナがミナトの部屋を訪ねてから二日後の朝を迎えた。

 あの後から、ミナトとリリエナの関係は悪化、否、元々仲良くできていなかったので、通常運行というところだが、ミナトはやりきれない気持ちでいっぱいになっていた。


「……ずぅ」


 無言の食卓で、皿に腹を向けている一人の少年は気まずさを噛み締めながら食事をしていた。

 仲良くしたい願望はある。一緒に過ごしたい理想もある。

 しかし何故か、心の中にはその勇気だけが入っていなかった。


「―――」


 チラリと無言食事主義者のリリエナに視線を向ける。その事に彼女は気づかない。

 否、気づいているが、無視をしているのではないだろうか、とミナトの心は疑惑の目が芽生えては膨れ上がるのだった。


「……ごちそう様でした。ルナ、美味しかったよ」


「そうですか」


 ミナトに課せられた使用人の役割は、ミナト自身が放棄していた。オリバに使用人はしない、という希望を伝えると、彼は快く承諾してくれたのだ。

 無関心だった可能性もあるかもしれないが。


 色々な事情も重なり、ルナともギクシャクした関係性になってしまったのもまた事実だった。


「じゃ、部屋に戻ってるから何かあったら……」


「―――」


 自室に戻ることを食事しているリリエナに伝えると、彼女は無言で頷けだけだった。


 そして、少しの不満を抱えてミナトは廊下に飛び出した。


「くそっ、もう時間が……ないんだ」


 誰にも悟られずに密かに抱いていた焦りを隠しきれず、今、洩らしてしまう。

 そう、ミナトが過去遡行した時間まで残り数十時間しかないのだ。当然本人は焦るだろう。


「て言っても目星はついてないから、このまま夜まで待って確認するしかないんだよなぁ」


 焦りの裏側に観念の二文字が浮かび上がるミナトは、顔を不安に染めていた。しかしそれ以外に確かめる術は無いので、静かに思考を放棄したのだった。


 そんな時――、


「――何を目を瞑りながら歩いていのです?」


「っ、エリーニャか……」


 突然背後から聞こえた声の主を見ると、ミナトは驚いたがすぐに冷静さを取り繕った。

 白衣姿で片目レンズの幼女スタイルの彼女は、その容姿に似合わない大きさの本を抱えており、むしろ可愛げに溢れていた。


「こんなとこで何してるんだ?」


「食事なのですよ。エリーが朝食を摂るのはおかしいことなのですか?」


「いえいえ、全くこれぽっちも可怪しくありません」


 エリーニャの思考の一部を覗き込むために何気なく質問をしたミナト。思いの外食って掛かってきた彼女に驚きはしたものの、正論をぶつけられてしまったので素直に謝罪を口にするのだった。


「では、エリーは前言通り朝食に行ってくるのです」


 では、と言ってエリーニャはこの場から立ち去ろうとしていた。しかし何だか彼女を行かせたくないと思ったミナトは再び口を開く、


「あ、そのあの何だ……今日の朝食美味かったからエリにゃんも味わって食えよな」


「何で急に偉そうなのですか?腹立たしいのです。あとその呼び名もうざったらしいのです」


 咄嗟に口を開くミナトだったが、さほど賢くない知能では先程の出来事を口にすることしか出来なかった。

 それに対し藍色の目を鋭くさせ、冷え切った怒りを眼だけで表現するエリーニャを見ると、ミナトは落ち着きを取り戻していた。


「ありがとな……」


「……?」


 誰にも聞こえないように小さく感謝を口にすると、それを怪訝そうに伺うエリーニャが瞳に映った。

 しかし、すぐに興味を失うと、彼女は足早に食堂の方へと足を向けたのだった。


「行っちゃった……」


 寂しさを含むその呟きは、ミナトの本音を名一杯詰め込んでいた。

 だが、そんなに呆けている時間は彼には無い。

 思考に思考を重ね、過去遡行を未然に防ぐことが今の彼に課せられている目的なのだ。


「確かあの夜は胸騒ぎがして、起きて扉を開けたら過去遡行したんだよなぁ……」


 あの事件の夜を脳裏に浮かべ、何度も行ってきた考察を再度行う。

 その中で特に気がかりなのは、


「あの胸騒ぎだよな」


 ミナトがそう言うのは一種の確信のようなものがあったからだ。

 元いた世界では常日頃から危険に晒されていたミナトだったが、その日常で築き上げてきた勘は侮れないものだ。ある種の危機的センサー、とでも言うのだろうか。

 それがあの夜に働いたとするなら、今日の夜にも何か危険なことが起こることが分かる。


「じゃあ、刃物でも置いておくか?」


 襲われる可能性から見ても、武器と取れるものは必要なのではないかと思ったミナトは物騒なことを呟いた。


「結局今のところ過去遡行の原因は危機的センサーが働いたことによる逃避行動ってことか?」


 結論を出したミナトだが、説得力の欠ける考察に、少々信憑性を抱けなくなっていた。


「よし、一回まとめよう。今日の夜に敵と見れる奴が現れて、それを危機と察知したら過去に戻ってしまうってことだ」


 考え至った説得力の欠ける考察を一度口にして頭の中で整理を図る。

 その上で何が必要かも見極めなければいけないのだが、


「それを話し合う相手も今となっては居ないと……詰んでね!?」

 

 と、悲痛の叫び声が廊下を木霊する頃には、ミナトは自室の扉の前までたどり着いていた。

 そしていつものようにドアノブを捻り部屋の中に入っていく。相変わらず変わらない部屋の風景に、落ち着きを感じ始めていた。


「それじゃ、一応包丁くらいは厨房から取ってくるか……?」


 一応、準備という言葉を使って凶器を手に入れることを自らに提案するミナトは顔を顰めていた。


 ――果たしてそれが最善の手なのかどうかを。


「だけど万一ってこともあるしなぁ……」


 頭を乱暴に掻きむしり、癖がついた髪の毛は四方八方に跳ねていた。

 ミナトはベットに思い切り体を預け、悩んでいる事柄をもう一度脳内再生をする。

 その果てしなき憶測に、ある一説を思い浮かべた。その一説とは――、


「――今日の夜に現れるのがリリエナとかなら間違って刺しちゃうとか勘弁してほしいからな」


 極小の、しかし完全に否定もできない可能性に思い至ってしまっては、ミナトには手も足も出ない。これが本当に勘違いから始まったループなら、これ程救われないことはない。

 

 と、そんな事にも気づき始めるミナト。

 何故だが彼は今、冴えていた。頭が冷え切って冴えていた。それは何が原因かは分からない。むしろ原因なんてものは無いのかもしれない。

 ただ事実なのは、ミナトの頭は冴えているということだった。


「無知無力は僕のモットーだけど……モットーって何?」


 頭を横切る単語を口にしては自らで疑問に変えるという凄技を発揮してみせたミナトはひたすらに困惑していた。

 教育されていない自分が何故ここまでの知能を発揮できるのか、ミナトは不思議だった。

 一般人が思いつくレベルの思考をするのですらミナトにとっては特別なのだ。


「ま、それも含め今日の夜に分かればいいけどなぁ」 


 急に他力願望をつぶやき始めるミナトは、許容量を大きく上回った思考を働いたせいか、集中力を手放し始めていた。


「いけないいけない。取り敢えず武器を手に入れに行こう」


 そう言うと、ミナトは体を大きく跳ね上げベットから下りる。

 そして乱暴に掻きむしった髪の毛を軽く整えると、先と同じように扉のドアノブに手をかけた。


「厨房は確かあっちか……」


 使用人として働いていた前回の記憶が少し曖昧になっていた。今回は使用人としてのミナトは存在していないので、雑務等の誘いも一切来ず、屋敷の案内も雑に終わっていたためだ。

 しかしそこまで記憶力が悪くない事を願いつつミナトは廊下を右往左往していく。


 一切人影がない廊下を延々と歩く。


「まじで誰もいなくなったんじゃ、」


 馬鹿げた発想から不安は大きくなっていく。

 そんな漠然とした感情を抱き始めたところで、厨房の前まで到達できた。

 ステンレスの銀色が輝く扉を軽く押すと、扉は奥にずれていく。


「失礼しまぁす」


 中に誰もいないことを祈りながら厨房に入っていく。

 銀色のカウンターが二、三個程あり、換気扇がそれぞれの上に付けられていた。

 食器やボウルなど、様々な調理器具を収納している棚は端側に置いてあった。他にも色々と気になるものはあったが、丁寧に整頓されている様子を見て、ナイフを探すのは容易だとわかった。


 しかし――、


「――ミナトさん。何かようですか?」


「ぉ、おお、ルナさん」


 厨房の端に立っていた人影はどうやらルナのものだったらしい。そして彼女に声を掛けられたミナトは返答に応じるが、その動揺を全て隠しきれなかった。

 ルナが居るということは目的の品を――ナイフを手に入れることは困難ということと同義なのだ。


「――何か、用があるんですよね?」


 二度目の同じ質問に、怪訝そうな顔をしながらミナトの顔を伺うルナ。

 しかしミナトはルナの問いかけにすぐには応じれなかった。


「ぁ、ええとやっぱ使用人の仕事しようかなと思って、みたいな?」


 無理矢理、偽りの案件を口にしたミナトだが、嘘をついた事実から、文章が疑問形になってしまった。

 だが、そんな曖昧な返答に対して、ルナの反応は悪いものではなかった。


「そうですか。でしたら早速調理の手伝いをお願いします」


「うーす」


 ルナが応じた頃には、彼女はミナトから視線を外していた。そしてナイフをルナが手にした場面を見ると、ミナトが欲するその銀色に光る業物にしか目がいかなくなる。


「早く来てください」


「あ、ごめんごめん」


 そんな執着を瞳に込めていると、ルナは焦れったいとばかりにミナトのことを呼び出す。

 それに対しミナトは右手を顔の前に持っていき、縦に揃えてから謝罪を口にして彼女の元に駆け寄っていく。


「はい、晩酌まで時間がないのでさっさとやりますよ」


「お願いします、先輩さん!」


 威勢のいい声を上げると、ルナは嫌な顔をしながらナイフで緑の野菜を刻み始めた。


「あ、それくらいなら僕に任せてくれよ。元いた場所では一流のシェフと言われてたんだぜ、路地裏の汚い店でな」


「そんな決め顔で言われても威張りきれてませんよ、多分」


「ぐっ!思いの外心の方にダメージが……!」


 微妙に自慢しきれていないミナトに、鋭いルナの意見が炸裂した。その言葉はミナトの心に深々と刺さり、抉った。

 そして苦しい表情を作り、辛そうな演技をしていると、今度こそ無反応で調理に取り掛かるルナだった。


「まあ、貸してみ」


「あ、ちょっと……っ」


 多少強引にナイフをルナの手から奪うと、早速ミナトの厨房で働いていた経験値の見せ所だ。

 キャベツのような緑色の葉をみじん切りに細々と一瞬で切り刻むと、他の具材にも次々に手を出していく。


 これには呆れ返っていたルナも口を開けて唖然とするほどだった。


「そんな技術どこで……?」


「そりゃあ企業秘密ってやつだな。企業秘密?まあ慣れれば簡単だよ。そもそもこの切り方って珍しいのか?」


「いえ、切り方自体は珍しくは無いですけど、切る速さが異次元だと思います」


 持ち主とは相反の位置にある洗礼された技術に疑問を持ったルナが聞いてきた。しかしそれには答えられないと応じ、逆に質問をすると、ルナは快く答えてくれる上に、その技術を褒めてくれる。

 やる気が漲ってきたミナトは料理を進めていく。


「ま、先輩は休んでてくださいよ。ここはやっとくんで」


「いえ、これも勉強の一環として見学します」


 まさかの立場逆転となった展開に、ミナトは目をそれ以上大きくならない程に見開いて驚きを表現する。

 それ程までに意外な展開だったのだ。

 

 「勉強熱心」「仕事熱心」「教育熱心」と、あらゆる熱心を彼女が持ち合わせている事はこれまで過ごしてきて理解はしていた。

 しかしこうも嫌いな相手の下にまで行って目で教えを乞うことがあるとは思ってもいなかった。

 前回はそんなことは無かったというのに。


「で、ココはこの外側を意識して刻んでくのね。で、切るのはリズム。トントントントンじゃなくてトトトトって感じ」


「……はぁ、」


 状況を呑み込んだミナトは早速教育を開始するが、彼が教育下手なことはルナの表情を見れば一目瞭然だった。理解しづらい擬音語を用いて、押さえたいポイントを口にするも、中々ルナには伝わらずにいた。


「じゃ、ちょっとやってみてよ」


「分かりました…………っと」


「いや習得すんの速すぎない!?」


 しかし、そんな下手な教育を受けているにも関わらず、ルナは一瞬にしてミナトの技術を目で奪っていた。

 これには流石のミナトも呆然と立っていることしかできなかった。


 日頃から無駄のない彼女という事は知っていたので、それが功を奏したのだろうな、という考えにミナトが至るのはあまり時間は必要では無かった。


「凄すぎね、先輩?僕が一年かけて会得した技術をこんなに一瞬で……」


「そうですか?、ふふ、ありがとうございます」


「――っく!」


 ミナトが無意識にルナを褒めていると、彼女はその綺麗な碧眼を開いてから、笑みを浮かべた。

 

 ――この二度目の世界で見る初めての笑顔を


 その破壊力は凄まじいもので、ミナトが彼女の眩しすぎる笑顔に屈するのに数秒もかからなかった。


「どうしたんですか?大丈夫ですか?」


 下に俯いて目元を隠すミナトを見て、ルナは心配そうに彼の顔を覗く。


「あ、ああ大丈夫、大丈夫なんだけど、ハハッ。何だこれ。涙が止まらないなぁ。どうしてだろ?くっ、ハハッ」

 

 彼は――笑っていた。泣きながら俯きながら笑っていた。

 止まらない涙に戸惑いながら声を上げて笑うミナトを、ルナはどのような気持ちで見ていたのだろう。ミナトには分かるはずもないが。


「――」


 そっと、誰かの手がミナトの背中に置かれた。その手は静かに慰めるように左右に動かされ、それで生じた熱が、嬉しいほどに心地よかった。


「っ、ありが、と……」


「いえ、教えてもらったお礼です」


 小さく震えた声で感謝を口にすると、ルナは無問題という表情でそれに応じる。それが堪らなく

嬉しかったミナトは、余計に涙を溢れさせた。


「――落ち着きました?」


 ふと、彼女の手が止まったと思うと、そんなことを聞いてきた。ミナトはそれに対し、目元を赤くさせた顔のまま答える――。


「うん、色々迷惑かけてごめんな」


「違いますよ――」


 ミナトが謝罪を口にするが、ルナの反応は著しくない。しかしそんな反応にも続きがあった。


「お礼って言ったじゃないですか。なので別に何を言ってもらうとかじゃないですけど、謝るくらいなら感謝される方が嬉しいですよ、みんな」


 口を尖らせて叱りつけてくれるルナに、心の中で笑みを浮かべるともう一度彼女と向き合った。

 そして口を開き、


「サンキューな!」


 右手を開いて額の前に持っていくと、ミナトは元気に、今度は謝罪ではなく、感謝を謳った。

 そのことに満足したのか、ルナは口元に薄く笑みを浮かべていた。


「さ、ミナトさんがワンワン泣き喚いて時間が無くなってしまったので、さっさと夕食を作りましょう」


「その通りだけど言い方に棘あるよ!?」


 夕食を速攻で作ることをルナが言うと、同時にミナトに対して厳しい意見が飛び出してくる。それに驚くミナトだったが、正論なので何も言い返せず、素直にまな板の前に立つのだった。


――――――――――――――――


「いやぁ、今日の飯も美味かったなぁ。リリエナとはまた微妙な感じだったが……」


 と、自室の別途に腰を預けながら夕飯の出来事を振り返るミナト。食事中の気まずい空気感には慣れる気がしていなかった。

 

「しかし、ルナとは仲良くできたからな。それはめっちゃ良かったけど」


 ルナとの友好関係を築いた手応えがあるミナトは笑みを浮かべながら独り言を続けた。


「この通り……ナイフも手に入れた」


 絹の薄い青を覗かせる布と布の隙間、ポケットから銀色に輝く調理道具のナイフを取り出す。

 これを手に入れるのは、さほど苦ではなかった。ルナとの調理が終了次第、こっそりとポケットの中に忍ばせただけなのだ。


「怪しまれもしなかったし、大丈夫だろうな」


 便利な道具にも残酷な凶器にも变化するナイフを愛でるように眺めながら安心を噛みしめるように呟いた。


「よし、これからが僕の勝負だ。何が出てくるか分からないし、自然現象ってこともあるからな。準備万端にしないと」


 毛布の中に自分の体を納めるように入っていくと、彼は最後の決意を瞳に宿す。


「寝ないようにしなきゃ……」


 最後に頼りない揺るがない感情を呟きながら彼は目を閉じた。


――――――

――――

――


 それからどれくらい時間が過ぎただろう。

 心臓が跳ね上がるような緊迫感を味わう――、


「……はっ!寝ちゃった……?」


 寝過ごしたことに気づくと、ミナトはすぐに目元を擦り、限りなく覚醒の状態に近づける。


「前回と同じ胸騒ぎで起きたけど、何が……」 


 起きるのか、と言おうと思った瞬間、扉の向こう側から、タッタッタッという足音が聞こえてきた。


「……っ」


 緊張から、ミナトは固唾を呑み込んだ。


 何が起こる、何が起こる。


 何もかもが理解できない状況で、今唯一信用できるナイフを手繰り寄せ、握りしめる。


「――っ!」


 扉が静かに開く。開いて、開ききって、何者かが姿を現した。知らない顔をした何者かが。


「誰、だ?」


「……」


「お前は誰だ!!」


 怒号が部屋に響く。沈黙の黒ずくめの不審者を問い詰めるように、座っていたベットからナイフを持って、跳ね上がるように立ち上がる。


「ここに居たのか、殺意」


「あ?――ぁ」


 不審者が言葉を発したと思うと、ミナトは気づいてしまった。

 不審者の腕に赤黒い血が巻き付いていることに。そして、彼の手に――凶器が握られていることも。


「うわぁぁぁぁぁ!!」


 殺される――最初に感じたのはそんな感情。初めてこの世界に来たとき味わった忘れ難い感情。

 それがミナトの脳裏に浮かび、咄嗟に叫び声が出た。


「俺は『教祖……いや、お前らの言う『心狩り』だ」


「『心狩り』……?」


 自己紹介を始める狂気を放つ目の前の黒ずくめの男。彼の口から信じれないようなコトバを聞いて、ミナトは思考を止めてしまった。


 ――『心狩り』


「ま、あんま長くも話してやらない、さっさと変われよな。ディアナを瀕死にさせたって奴と。じゃねぇと殺すぞ?ま、変わらなくても殺すけど…いいよその表情。めっちゃ好みです!その絶望に失望に絶念に銷魂に悲観に自棄に絶命に死歿に寂滅に満ちた表情ぅぅ!!それを極悪に兇悪に無情に無慈悲に残酷に無道に残忍に非道に俺が殺せるのがぁぁ最っ高ぉぉおぉぉ!!!」


「……ぁ」


 頬を赤く染め、残酷な笑みを浮かべる。彼は狂人を嗜む『心狩り』。

 しかし、ミナトは一言も発さない、否、発せなかった。

 食事中に感じる息苦しさとは別の苦しさに喉を詰めながら、ヘルが持つ凶器が月光に美しく輝いているのを見る。

 ――綺麗だな。


 呑気なことを考えていると、それはミナトの首を刈り取るように横振りされた。


「ぅ……」


 そしてそれは予想通り彼の首を刈り取り、鮮血が舞う。


 首を取られる瞬間の感覚もなく、呆気なく彼は死んだ。

 

 ――ここで、彼は終わったのだ。『ミナト』という人物はここで、終わったのだ。

 しかし、最後の無駄な悪あがきは『別の者』に託される。それは死体から出現する黒い影が物語っていた。が、『ミナト』は知らない話だ。知る術がないからだ。


 そうして、『ミナト』の二度目の世界は幕を閉じた。

 

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