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Reセット︰僕と君とバケモノと  作者: おしり大福
一章 『初見回帰』
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第一章4  『二度目の世界で』

小説の前に大晦日だということをすっかり忘れてました。皆さんは今年どのように過ごしましたか?

私はコロナもあって息苦しい生活をしていました、が小説を書く、という新たな視点に出会うことができ、とても充実した一年でした。

コロナ収束を願いつつ、皆さんも来年良いお年を!


↓本編へどうぞ!

「――で、君があの『心狩り』なの?」


「……は?」


 開口一番何を言い出すんだと、ミナトは目の前の黒髪赤目の美少女に向かって問いただそうとしていた。


「えと、聞いてる?」


 美少女――リリエナは、怪訝そうな表情を浮かべながらこちらを伺っていた。

 軍服仕様の黒服に、金色の紋様を刺繍した肩掛けを身に着け、頭には軍隊用のキャップを乗っけている彼女を見るのは二度目だった。

 この様子なら十中八九間違いはないと踏んだのか、ミナトは口を開いた。


「――もしかして僕のこと覚えてない?」


 ミナトが聞くと、リリエナは少し考える素振りを見せたが、すぐに切り返すとこちらを見つめてきた。


「ごめんなさいだけど、全く心当たりが無いわ」


「……は?」


 本日二回目の呆け顔をミナトは晒していると、今度は脚を小刻みに揺らしていた。妙に視線もあちこちに向いていて焦点が合っていないようだ。

 そして、首に伝っていた冷や汗が床に落ちる刹那、ミナトは思った。


 ――過去に、戻ってる


 誰にも聞かれぬように時空を移動したことを小声で呟く。しかし二人が不審がるのは仕方のないことだ。


「君、大丈夫?」


 形の良い眉を寄せて、リリエナは聞いてきた。オリバに至っては目を細くさせ、何かを見透かされているような錯覚をミナトに与えていた。

 何か言わなければ、そうミナトは二人を不審がらせないように口を開くが、気の利いた言葉は咄嗟に出ることもなく、沈黙が続く。


「えと、疲れてるみたいだからオリバ、あの子を屋敷に案内してくれる?」


 「あの子」とリリエナが口にした時、ミナトはこれ以上ないような虚無感に襲われた。

 存在を忘れ去られてしまったような錯覚、否、彼女の中にはミナトの記憶は欠片もないのだ。

 その事を思うと更に視界が歪んていく。色が落ち、褪せる。そして、自然と涙は溢れた。


「くっ……」


 しかし、ぐっと堪えて目元を乱暴にこすり涙が溢れないようにした。これ以上疑われたくない、

その一心でミナトは今にも崩れそうな脚に力を入れて立っている。


「おいミナト、来い」


 殺伐とした雰囲気を纏いながらオリバが言ってきた。それに対し無言で頷くと、リリエナの方を見ないように立ち去っていった。


 彼女の方を見れば、今度こそ立てなくなる気がしたからだ。


「どうしたんだミナト。お前って結構ヘタレなのか?」


「うるせ……」


「はいはいそうですか」


 適当なことを言ってくるオリバにミナトは自分でも驚くくらい小さな声で弱々しく抗議した。

 しかし案外、的を射ている質問のように思えてきて、初めてリリエナと会った時はどうして動揺しなかったのか不思議なくらいだった。

 その後は散々気持ちをかき乱していたが。


「それで、本当にどうした?さっきの時と表情がえらい違いじゃないか」


「……そんなに酷いか」


 さっきの時とはミナトが魔獣に遭遇した時のことを指していた。

 そして「どうした」を連呼するオリバは、本気で心配しているのか、ミナトの方をまじまじと見つめてきていた。


 そこまで心配されるくらい顔色が悪いとは自分でも思っていないミナトは不思議でならなかった。


「ただ、強いて言えば動揺しているって感じかな?」


 一言、ただ一言「動揺している」と言って、この話を終わらせようとしていた。

 どうせ過去に戻ったと伝えても信用してもらえないのは前回の初回での接し方で理解していた。

 しかも今回は特別な状況で、異世界ならではの不具合のようなものかも知れない、とミナトの頭にはそんな考えが横切っていたのだ。


「へぇ、やっぱヘタレじゃねぇか」


「なっ、違ぇよ!」


 大変な状況だと言うのに空気が読めないオリバはミナトを茶化すように言う。しかしこれが功を奏したのか、ツッコミを入れると同時にミナトの脚の震えは収まっていた。


――――――――――――――――


「何がどうなってるんだ……」


 オリバの案内によって、既に知っていた自室にたどり着いたミナトは机に肘を置いて唸っていた。指を絡ませ、顎を乗っけて、頭の働きを良くしようと試行錯誤していた。


「むしろ過去に戻ったと言うより予知夢、てことも……」


 永遠に続くと思われた唸り声が消えると、ミナトは新たな可能性を口にした。

 しかしその可能性をもう一度考え直す。


「流石にそれは都合がいいか?まあ三日の予知夢って長すぎるもんな」


 形影相弔なミナトは、孤独の空間の中で何度も独り言を呟いていく。

 苦しい、怖い、寂しい。そんな心細い感情が心の中で渦巻いていた。


「何か調べられるような場所ってないかな?」


 左上の額縁が飾ってある壁を見つめながら記憶を辿っていく。誰も知らないミナトだけが知っている記憶を――、


「――ああ、そういえば書庫何てとこがあったな。ルナと掃除したところに」


 ミナトが言う場所は『乾坤書庫』と呼ばれる所だった。ルナ曰く、この世界の万象を、ありとあらゆる情報を兼ね揃えている国内屈指の最大書庫とのことだった。


「あそこに何か情報があれば、この不可解な出来事も解決するかも知れないしな」


 今後の方針を確定させたミナトは、拳を握りしめて喜びを表した。

 あんな胸くそ悪いような事にはなりたくない。

リリエナのあのミナトを見る目じゃなく、赤の他人を見るような目を向けられたくない。

 一種の恐怖心に駆られ、ミナトは自室を飛び出した。


「ええと、確か右だったな」


 赤いカーペットが延々と続く廊下を小走りしながらミナトは脳内に屋敷の地図を思い浮かべる。

 しかし、流石に屋敷が大きいこともあり、記憶がまばらになっていた。


「で、ここで左かな?」


 屋敷と屋敷を繋ぐ渡り廊下を進み終わると、花瓶が置いてある方に曲がった。

 そしてそこには目当てとしていた書庫、『乾坤書庫』を見つけた。


「でっかい扉だなぁ」


 上を見上げなければその全貌が見えない程に大きな扉を見て、感嘆の吐息を洩らした。

 そして少しばかり不安を覚える。


「これって触ったら死ぬとか、てかそもそも開くのかこの大きな扉」


 ミナトがそう思った訳を話すと、書庫に繋がる大きな扉に、これもまた大きな南京錠が掛かっていたからだった。

 その禍々しいほどに存在感を放つ黄金に輝く南京錠にミナトは脚を震わせた。

 と、そんな時に――、


「――そこに入りたいのですか」


「……ッ、て誰?」


 そこに立っていたのは綺麗に切り揃えられているショートボブで白髪の幼女だった。幼女は暗い紺色の眼を持っており、眼鏡をかけている。

 そして可愛いことに、大きさの合っていない白衣を身に纏っており、腕が完全に露出されていなかった。


「萌え袖、ってやつか……」


 深々としみじみ呟くミナトを不思議に思った幼女はこちらに向かってもう一度言ってきた。


「ここに入りたいのですか?」


「ん、おう」


 微妙に反応が遅れたミナトだったが、籠もった声のまま返事を返す。

 すると、幼女は自分の何倍もの大きさもある扉の前に立って言った。


「――ロネドール」


「――ッ!」


 幼女が何か呟いた瞬間、巨大な南京錠は強烈な光を放ち始めた。目の奥が焼かれるように眩しい光に目を腕で庇いながら行く末を見守る。


 そして次の瞬間、眩い光の粒子と共に、南京錠は跡形もなく姿を消した。容易くガラスが粉々に割れるように。


「すげぇ……」


 そんな捻りの欠片もない率直な感想をミナトは口を大きく開けながら言った。

 しかし、幼女はそんな様子のミナトに一切取り合わず、颯爽と書庫の中へと姿を消した。


「あ、ちょっと待って」


 ミナトは、自分の後ろから追い越して書庫の中に入っていく幼女に手を伸ばすようにして後を追う。

 

 本の古臭いような匂いが鼻腔をくすぐる。それに対し、妙に懐かしい気分になったミナトは、その両頬を薄い赤で染めていた。


「凄い……、これが『乾坤書庫』か」


 感嘆の声を溢す。しかし当然のことだろう。

 何せここには何万、何千万もの書物がある所と分かったのだから。

 目測だけでも、巨大な扉よりやや小さい本棚が何十個もあった。

 

 ――これだけの書物があれば今回の現象について何か分かるかもしれない。


 ミナトの脳裏にその様な考えが浮かんでいた。


「なぁ、君。ここの書物って勝手に漁ったりしていいの?」


「いいのです」


 ミナトは幼女の顔よりも大きい本を読んでいる彼女に声を掛けた。すると彼女は素っ気なく一言だけ許可する言葉を発すると、再び本の世界へと入っていった。


「ふ〜ん。どぉれぇにしようかなぁ」


 ミナトはそう口ずさみながら適当に書物を手に取っていく。

 厚い本、薄い本、装飾された本、質素な本、汚い本、綺麗な本、古い本、などなど様々な書物がそこにはあった。

 それらを出しては仕舞い、出しては仕舞う。


「おっ、これ何か雰囲気あるな」


 そう言って手に取った本は、曲線の紫で額縁を飾り、黒が主な装飾だった。

 相変わらず題名はよく分からない。と、首を傾げるミナトは適当にその本をめくっていく。


「チッ……」


 本を読んでいる幼女に気付かれないように小さく舌打ちをする。その理由は明白――、


「やっぱ何書いてるか分かんねぇ!ミミズが住んでるよこの本!」


 図形やら記号やら繋ぎ文字やらと、確実に日本語ではないことは明らかであった。

 手詰まりな感じが匂い始めた頃、ミナトの焦りは別にあった。


「あと、今日を抜いて二日しかないんだ……!」


 ミナトは二日後の夜を思い返す。原因不明の過去遡行。時空旅行を体験した、やけに胸騒ぎのした二日後の夜を。

 もう一度過去遡行をしてしまえば、またリリエナの赤の他人を見るような眼を見ることになってしまう。


「それだけは、避けたい……」


 目を瞑って、指を絡ませ祈るような姿勢を作り、願いを呟く。その願いが届くか否かは神のみぞ知る状態。

 

「―――」


 そして、縋るようにして幼女の元に向かった。重く分厚い黒紫の本を手にしながら。


「何なのですか?そんな本を持ってきて何をするつもりなのです?」


「―――」


 警戒心を高めて言ってくる幼女に嫌な顔をされたミナトは、腰を折り曲げて右手を差し出した。

 ――リリエナに差し出された時のように。


「これはなんの冗談なのです?」


「頼む、僕に力を貸してくれ」


 なんの要件も無しに助けを乞うなど、どうかしているに違いない、が今のミナトにはそんな余裕は残っていなかった。


 怪訝そうな顔で睨みつける幼女に、再び視線を合わせる。

 その小さく綺麗な唇が動くと、声が聞こえた。


「――誰だが分からん奴に助けなどクソもないのです。まずは名乗って要件を伝えてこちらの利点を話すのですよ」


「あ、ああ」


 ――助けてやるか否かは条件次第、と言わんばかりのニュアンスが彼女の言葉には含まれていた。

 それに対し、短く応じたミナトは咳払いを一つしてから話し出す。


「えっと、僕一回、か――」


 過去に戻っている。


 そう言おうとしたミナトだが、次の言葉が出なかった。喉が詰まった訳でも急に咳き込み出したわけでもない。

 しかし「それ」は明確にミナトに「そのこと」を言わせないが為に口を封じさせてきていた。


「ごめん、僕は――――」


 過去に戻っている過去に戻っている、過去に戻っている……過去に戻っているっっ!


 「過去に戻っている」


 何度も何度も心の中で虚しく響く呪いの言葉。

それは音に乗せて声に発せない禁忌の呪文。


 そして調子に乗って叫び続けた結果、ミナトに「それ」が襲いかかる。


『それを言っちゃいけない。彼女に場所がバレちゃうからな』


「――っっ!」


 何処から、ではない。ミナトの口がひとりでに動き出したのだ。オの口の形からエの口の形へ変わっていく。

 声は出ないものの、自分の体ということもあって頭の中で勝手に文章が組み立てられていた。


「どうしたのですか?」


「…………いや……何でもない」


 深く長い沈黙の末、動揺の限界を迎えたミナトは、一言。喉から手が出るほど欲しかったその`『助けて』の一言をもう一度呑み込み、仕舞った。

 自分でも顔色が酷いことを実感できる不思議な体験を味わうと共に、ゆっくりとその場を立ち去る。


「――まあ、困ったらまた来るのです」


「―――」


 その一言にどれほど救われたか、ミナト自身にすら推し量れない。ただ一つ分かるのは――、


「――僕の名前は、アマジキ・ミナト。君の名前は?」


「エリーニャなのです」


 名乗っておくべきだと直感に従い自分の姓を口にしたミナト。そんな彼に一人の幼女の名前が耳に届く。響きのいい綺麗な名前を。


「エリにゃん。また今度改めて助けてくれな」


「その呼び方は腹立たしいのです!」


 すぐに調子に乗るのがミナトの悪癖だが、それも通常運行な彼は勝手にあだ名、呼び名と呼べるものをつけると、――エリにゃんことエリーニャは顰めっ面も良いところな表情を浮かべていた。

 そして初めて聞く彼女の怒声は皮肉にもミナトには心地よく耳に残っていた。


 こうしてミナトは『乾坤書庫』を後にしていったのだった。


――――――――――――――――


 変わらぬ景色を何分か歩くと程なくして自室の扉の前にたどり着いた。何となくその扉のドアノブに指をかけると一回しして扉を開けた。

 中に入る。


 少し埃をかぶった机に目をやると、何かが載っているのが分かった。


「お、にぎり……?」


 そこには小さな白い粒の集合体が、皿の上に載っていて、その皿の下には何やら紙片が垣間見えていた。


「――」


 それに気づいて足早に机に向かう。突然のことなので多少警戒をするが、途中で何もないと分かり、落ち着きを取り戻す。


「……オリバからだ」


 おむすびの前に紙を手に取ったミナトは差出人の名前を呟いた。そして名前の書いている表面をめくり、裏面を覗く。

 手紙なのだから内容があるのだろうと期待したためだ。

 だが――、


「――何も書いてねぇ!!」


 苦い顔をしながら不満をぶちまけるミナトの怒号は扉を越して廊下にまで響いた。


「ま、何でもいいけど……後でお礼くらいはしとくか」


 と、おにぎりを一口、二口と腹の中に入れた後に、小さく優しい表情を浮かべたのだった。


 ――おむすびを完食したあと、少し膨れた腹を抱えてもう一度部屋を出た。

 オリバに話を聞きに行こうとしたためだ。


 しかし、ミナトが扉に手をかけた瞬間、反対側に抵抗を感じた。


「――おっと、ぁ」


「――君、名前はミナトって言うのね。オリバが教えてくれたわ」


 扉の先に立っていたの艶のある黒髪に深紅の赤眼を持つリリエナだった。

 それに気づくと、ミナトは少しの戸惑いを、動揺を察気取られないように、その感情を真っ黒な瞳に封じ込めた。


「『心狩り』についての説明をしておこうと思って」


「……」


 それはこの前話してくれたろ、ミナトは又もや泣きそうになった。顔を顰め、溢れ出る水分を落とさないように堪える。

 俯く姿勢を保ったまま、ミナトは口を開いた。


「『心狩り』って一個の都市を壊滅させたやつだろ?僕はその容疑者に疑われただけ」


「っ、どこまで知って……?」


「オリバから話は聞いたよ。もういいだろ?帰ってくれ……」


 前回知った情報を口早に明かすと、リリエナは微妙に言葉を詰まらせたが、知りすぎているミナトを不審がった。

 しかしミナトは泣き顔を見せたくない一心、否、リリエナの自分を見ているようで『自分』を見ていないようなそんな目が怖くて、遠ざけさせるように仕向ける。

 そして、その行動が功を奏し無言のままリリエナは去っていった。


「……僕が、悪いのか?」


 沈黙が漂う一室で、ミナトはそんな悲痛な小声を洩らしてしまっていた。



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