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第一話 始まりは星空の下で(1)

 その日は学校の教室で、夏休みが始まろうとしていた。


「あー、君たちはこれから夏休みに入るが、来年はもう高校三年生だ。わかっていると思うが大学受験がある。いいか、勝負はもう今年から始まっているものと思え! ここで良い大学に入れるかどうかで将来の収入が決まるんだぞ。高校二年の夏はもう二度とやってこない。やり直しも利かない。だから、休みだからと言って、だらだらと過ごさず、きちんと勉強して有意義な高校生活を送るように。以上!」


 担任教師がありがたくも面白くない訓示をくれたが、クラスメイト達のほとんどはもう夏休み解禁の熱気(ヴォルテージ)に包まれているようだった。


「よっしゃぁー、夏休みだ!」

「思いっ切り遊ぶぞぉ!」

「東大陸のボスを狩りに行こうぜ!」

「これからみんなでカラオケに行こっか」

「「「賛成!」」」

「海とか行きたいよねー」

「ふふ、うちは家族で今年はグアムに行く予定なの」

「いいなー、海外。うちは国内ばっかりなんだけどー」


 そんな騒がしい中、僕は窓に見える入道雲を一人で眺めていた。澄んだ青空の上にそびえ立つ雲は力強く、そしてあらゆるすべてのものから自由だった。


「おい、倉斗、何をしてるんだ」


 名を呼ばれた。ちなみに倉斗とは僕の下の名前だ。黒子倉斗。下の名前のほうが呼びやすいこともあってか、昔からクラスメイトのほとんどが下の名前で呼んでくる。ま、黒子君と呼ぶのは、ろれつが回らず言いづらいだろうから、僕もそれでいい。


 振り向くと、呼んだ相手は友達の石川だった。僕は答える。


「見ればわかるだろ。外の景色を眺めてたんだ」


「はっ、相変わらず倉斗はそういうところが変わってるよな。せっかく顔がいいのにモテないぞ?」


「ほっといてくれ。そういうのは別にどうでもいい」


 高校に入ってからというもの、石川に限らず、男子がやたらとおしゃれに気を使い始め、事あるごとに女子がどうのこうのとうるさくなった。だけど、僕はそんなことで自分の生き方をわざわざ変えたいとは思わない。


 なんというか、本能を剥き出しにするのは自分を捨てているようで気恥ずかしい感じがする。自分を偽るのはどこか気に入らない。まぁ女の子にモテたいという願望がゼロかと問われれば、そんなこともないのだけれど。


「あっそ。倉斗、オレは今年こそ彼女を作るぞ」


「そうか。まぁ、頑張ってくれ」


 石川は去年の夏休みもそんなことを言って意気込んでいた気がするが、ま、その辺は個人の自由だ。僕が口を挟むことじゃない。彼女なんて大学生になってからでも遅くないんじゃないかという気もするが、そんな事を言おうものなら、石川に小馬鹿にされそうなので黙っておくか。


「おう、頑張るぞ。その前に腹ごしらえだ。今からどっか飯でも食いにいかないか?」


「パス、金が無い」


「何だよ、仕方ねえなぁ。じゃ、吉田ぁ、ハンバーガーを食いに行こうぜ」


 僕もチーズバーガーを食べたかったが、お小遣いは限られている。

 いや、正確に言うとお金は結構ある。ただし、僕のお小遣いと生活費は、生命保険から毎月振り込まれて一緒になっているので、そのうちどれだけをお小遣いに使って良いものなのか、僕にはよくわからないのだ。だから、あまり無駄遣いはしたくなかった。




 学校から出ると通学路を一人鞄を持って歩く。

 すると、後ろからクラクションを二回鳴らされた。


「よう、倉斗。今、帰りか。乗れ」


 サングラスにアロハシャツで野太い声という、身内や知り合いでなかったら絶対に近づきたくないタイプの叔父さんが車の窓を開けて僕に言う。


「いいよ、別に。もう家に着くし」


「いいから、さっさと乗れ。うまいアイスがあるぞ。それに、車の中はクーラーを効かせてるんだ。急げ」


「わかったよ」


 仕方なくバンのスライドドアを開けて後部座席に乗り込む。

 車の後部座席には、段ボール箱やアイスボックスなどが乱雑に詰め込まれており、僕はそれを適当にどけつつ、アイスボックスからお目当てのアイスバーを取り出した。水色のソーダ味だ。他にも苺や小豆など、何十本とアイスが氷と一緒に詰め込まれている。


「叔父さん、今度はアイスクリーム屋でも始めるの?」


 冷たいアイスを一口かじってから僕は聞く。まさか、これを一人で食べるなんて言わないよな。どう見ても売り物だ。


「いいや、別に事業として立ち上げるつもりじゃないが、稼ぎ時だからな。お前も今日から夏休みだろう。叔父さんが良いバイトを紹介してやるぞ?」


「このアイスをぼったくり価格で売れって? 今時そんなの流行らないんじゃないかな」


「流行るか流行らないかなんてどうでもいいさ、タダの小遣い稼ぎだからな。倉斗、お前は兄貴に似てどうもおっとりしてるから忠告してやるが、金は大事だぞ」


「そんなことはわかってるよ」


「いいや、わかってない。電気とガスは止められても人間は生きていけるが、水道を止められたらダメだ。72時間で死ぬ。トイレもヤバい。覚えとけ」


「いや、まあ……それも間違ってはいないと思うけど、光熱費はちゃんと払えてるから、そういう心配はいらないよ」


「だといいが。ま、金に困ったら、ちゃんとオレに相談するんだぞ。今はちょっと金が無いが、なあに、お前が大学に行くくらいの金は用意してやる。私立じゃなくて公立だがな」


「いいよ。それもちゃんと目処が付いてるし」


「そうか。ま、金は多くても腐らないからな、バイトで稼げ。今のお前に必要なのは時代の荒波に耐えうる社会経験だ。FXだとか仮想通貨だとか、浮ついた儲け話にコロッと騙されないようにしろよ。アレは一瞬で何百万の金が溶けるからな。本当に恐ろしいほど一瞬だ」


「それ、叔父さんが騙されたんじゃないの?」


「……まあ、そんな細かい話はどうだっていい。どうだ、叔父さんが今から湘南の海へドライブに連れて行ってやるから、バイトを手伝え。可愛い女の子の水着が間近で見放題だぞ?」


「いや、バイトは手伝ってあげても良いけど……別に水着は」


 僕がそう言うと叔父さんは嘆かわしいと言わんばかりに首を横に振った。


「お前、それでも男子高校生か? 叔父さんがお前くらいの頃はな、毎日サーフボードを持って、いかにナンパするか、どうやって水着の谷間を眺めるか、そればっかり考えて海に行ってたがなぁ」


「性格が違うんだよ。あと、今時の高校生は草食系だし」


「フン、少子高齢化に拍車をかけるんじゃない。まあいい、決まりだ! 夏の暑い海と水着美女がオレ達を待ってるからな! 飛ばすぞぉ!」


 叔父さんはテンションが上がったらしく、アクセルを踏み込むと、ビートを利かせたロックのボリュームを一気に回した。

 今年海に行く予定は立てていなかったのだけれど、まぁ、夏休みなのだ。それも良いだろう。

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