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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第七章 新しい日常、過ぎゆく日常
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閑話 商売と季節の狭間で

本日は2話更新しています。前話を読み飛ばさないよう、注意願います。

 ガスの商談を終えて一月が経って。エフィムと二人、試験的にガス灯が設置されたという、街の中心部を通る大通りへと向かう。


「結局、小型の製品は全部作りなおし。借りるだけでも結構な値段だったのに」

「大当たりだと僕は思うけどね。もう一度試作からやり直すだけの価値があると判断されたのだからね」


 商談の後、組織が中心になって小型の製品に関する要望を取りまとめる。その結果を一言でいうと、「火力不足、容量不足」。携帯性を重視して性能を抑えるのは本末転倒、ここまで小さくしなくても十分に持ち運びはできるはず。十分に使い物になるだけの性能を確保すれば、あとは使う側が勝手に使い道を見つけるだろうというのが組織の結論。


 で、そのあたりが改良されれば買ってもいいということに。


「その意見を出したのが交易屋というのは、ちょっと皮肉ね」

「きっと壁超えに使われるんだろうね」


 エフィムの返事に、それはどうかしらと心の中でつぶやく。街の外を旅するのは命がけで、それは降り積もった雪の上では休憩すらままならいことに起因する。毎夜雪が降り積もるこの地では野営は途方もなく困難で、どれだけ準備をしても、結構な確率で死ぬことは避けられない。だから彼らは絶対に野営はせず、補給をかねた宿泊地を定め、その維持を怠らない……らしい。だから、彼らはきっと、新しくて便利なものよりも、確実に動くものを好む、そんな気がする。


……まあ、私も知り合い(こうえきや)の受け売りなんだけど。


「きっと、壁超えとか関係なく、『商売人』としての見解じゃないかしら」

「そうかな。うん、きっとそうかもね」


 そんなことを話しながら、ふと、プリィならもう少し詳しいかしらと思いつく。……そういえば、プリィ抜きで出歩くのは久しぶりね、もしかしてスヴェトラーナに毒されたかしら? エフィムはお付き(リジィ)抜きで結構出歩いてるのにと、そんなことを思う。


「で、レヴィタナ伯の方は順調なのかしら」

「ああ、感触はわるくないみたいだね」


 今はちょっとした仕事の谷間で、ガス灯を見に行くというのも、目的のような、興味半分の息抜きのような、そんなあいまいな状態。目的の、ガス灯のある通りまで、エフィムと二人、のんびりと歩く。


  ◇


「辺境の地に、販路の中継拠点を建設する、か」

「は。ふざけた話ですが」


 帝都中央管区の中心にして帝国の権力の源、黄と赤のジョルタ・クライスニ・双色宮殿(ヴァリエツ)の最上部、皇帝の居室の一つ下。


 帝国の実質的な最高権力者である特務総軍参謀官ヴィスラフ・パレーエフと部下の一人である特務武官ロマーノヴィチは、一つの話題について話しあう。――帝国軍帝領政務部物資統制官エフィム・ストルイミンの背後にいる、ストルイミン家とつながりのあるレヴィタナ家が始めた奇行についての話を。


「目的はガス製品の海外販路の開拓。主な役割はボンベの補給と寒冷地での試験に商談を少々。……新興の弱小貴族風情風情が我々の真似ですか」

「真似なら我が同志は無精だな」


 ロマーノヴィチの報告を聞いて、特務総軍参謀官ヴィスラフ・パレーエフは思う。どの国も普及させようとしていない、我が国の持つ技術を売り込む。それは本質的には賭けで、我が同志たちが決して賭けを行わない。

 計画は成功させるためにある。成功とは栄光。国家は栄光に満ち溢れ、我らは国家を栄光に導く。故に失敗は許されない。故に、我が同志は賭けをしない。


 つまり、このレヴィタナ家の奇行は我らの利権とぶつかることはなく、レヴィタナ家が得られるかもしれない栄光は我らには手に入れられないということになる。


……さて、では我が帝国が賭けの先にある栄光を手にするための計画とはどのようなものか、そこに導くにはどうすべきかと思案を巡らせながら、特務総軍参謀官ヴィスラフ・パレーエフは言う。


「我らは辺境に施設を建築できない。実績のない技術を売ることもできない。衝突しないのならやらせればいいだろう」


 その言葉に、ロマーノヴィチはやや不満そうな表情を浮かべる。


「で、ですが、奴らは軍駅の民間開放まで求めています。木っ端貴族が求めるにはあまりに過大です。そのような特権を認める……」


 帝国貴族への反感を隠せず、特務総軍参謀官ヴィスラフ・パレーエフへと意見しようとしたロマーノヴィチ。そんな彼に、特務総軍参謀官ヴィスラフ・パレーエフは表情を変えず、ただ一言。


――同志ロマーノヴィチ。


 その一言で黙るロマーノヴィチ。特務総軍参謀官ヴィスラフ・パレーエフの表情を伺いながらとりあえずは奴らの思惑に乗って様子を見ます、もちろん油断せず絶えず監視しますとやや早口で言い切って急ぎ敬礼して慌て気味に特務総軍参謀長付武官政務室を出て、扉を閉じる。


 そんなロマーノヴィチの退室までの一連の様子を表情を変えずに見届ける、特務総軍参謀官ヴィスラフ・パレーエフ。閉じられた扉をほんの一瞬だけ見続けて、そのまま視線をおろし、未決の書類に手を伸ばす。


 そうして彼は、表情を動かさず淡々と、いつものように書類を処理していった。


  ◇


「ったく、あいつら、どこまで正気なんだか」


 食事時と食事時のはざまの中途半端な時間、人気のないヴィヌイとパトロアの手料理屋で。正面に座ったパトロアに向けてピリヴァヴォーレがぼやく。


「そうかい? 札束のニオイがプンプンしてるけどねぇ」

「うっせぇなぁ、オイ。どうしてテメェなんだよ。テメェの相棒はどこ行った」

「そりゃあもちろん、買い出しにさ。ウチはその相棒サマの腕でもってんだ。たまには損得抜きで好きなもんを作らせてやらないと腕が鈍るってもんさ」


 普段なら目の前で座っているはずのヴィヌイは店に不在、代わりに座るパトロア――ピリヴァヴォーレ曰く「小さなマム」――を不満げに見ながら、目の前に置かれた酒をあおる。……いつもの美味いメシはない、代わりに置かれた酒はきっちり代金を請求される、何だこりゃとピリヴァヴォーレは心の中でぼやく。


「ここにガスの拠点を作る、その拠点となる建物を駅の近くに建てろ、事務所に技術者たちの住む住宅に、専用に設計された倉庫、充填機とやらを置くための作業所、とにかく急いで建てろ、金は払う。――いい話じゃないか。アンタらも『帝国の金』を手に入れる絶好の機会、どこにも悪い要素なんてないと思うけど」

「うっせぇよ。ウマすぎるヤマなんてのは疑ってかかるのが常道だろうが」

「なんでだい? あの河(グラニーツァリカ)のずっと向こうにある帝国とは違う国には、帝国と違ってそれなりに冬があって、勝算はあるって話なんだろ? ちゃんと筋は通ってるじゃないか。――大体、そんな話は関係なく、アンタに持ってこられた話は、単に仕事をすれば金をもらえる、それだけの話。どこにリスクがあるってんだい」

「ああ、クソうるせぇなぁ、この中年強欲色気ババアが!」


 言葉を交わすことに一方的にまくし立てられて、最後はやけになったようにわめくピリヴァヴォーレ。と、店の扉が、カランカランと音を立てて開く。


「たぁだいまぁ〜。あらぁ、来てたのぉ」


 両手に大量の、さらに背中にも大きな背負い袋を背負ったまま、器用に扉を開けるヴィヌイ。そのまま器用に扉を閉じて、荷物を置きに店の奥へと歩く彼女に、ピリヴァヴォーレとパトロアが声をかける。


「遅ぇ。いいからとっととメシを作ってコイツと交代してくれ。なんで俺がわざわざここまで足を運んでコイツの相手をしなきゃいけねぇんだ」

「そうだね。そいつはアタシも同感だ。どうしてアタシがアンタのオトコをもてなさなきゃいけないんだ。とっとと交代してくれ」

「テメェがいつ、俺をもてなしたんだ?!」


 そんな二人のやり取りを横目で見て、クスリと笑うヴィヌイ。荷物をカウンターの上に置いて、「もう少しだけぇ、お相手、よろしくねぇ」と声をかけてから厨房の中へと入る。――二人分の、いいから早く変わってくれという声にもう一度笑いながら。


 そうして、しばらく、人の声が途絶え。トントンという包丁の音にジューという平鍋を火にかける音。油の匂いに、肉ときのこの焼ける香ばしい匂いが交じる。その音と香りにピリヴァヴォーレが笑い、パトロアはまったくごちそうさまなことだねと言いたげに席を立つ。


 そうして、一人席に残されたピリヴァヴォーレは、一人つぶやく。


「まあ、確かに、あいつらがトチっても俺らは知ったこっちゃねぇな。ただ、うまくいくと俺らも恩恵に預かれるそうだからな。少しは祈っといてやるか」、と。


  ◇


 街の中、エフィムと二人、中心にある大通りに向かって、のんびり歩く。ここまでに、いくつかの店の前を通ってここまで来た。店のメニューには、見慣れた料理に混じって、目新しい野菜や肉、少し白っぽい色のパンが並び、店から漏れる香りには甘い香料の香りが混じる。


 エフィムたちが、私たちが帝国から運んできたものがすこしずつ街にとけこんでいった、そんな風景を通り過ぎていく。


……そうして、街の中心にある大通り、その入口の壁から伸びた鉄の柱の上に備え付けられた、遠い帝国の街で見た、今は火を灯さない灯りを見る。


「やっぱり夜、火が灯る頃に来た方が良かったかな?」

「……夜は物騒よ」

「その物騒な夜の街に明かりを灯すところを見たかったんじゃないかなと、そう思ってね」


 エフィムとそんな言葉を交わす。最近は治安が良くなったとマムは言うけど、道を示す灯りはあまりにささやかで、夜を照らすというにはあまりにほど遠い。その光が、今まで帝国でさんざん見てきた強い光に置き換わるとどうなるか。興味がないといえば嘘になる。が……


「私はデュチリ・ダチャの出身。あそこは夜の街、帝国に負けないくらいに明かりを灯している場所でもあるわ」

「そういえば、それでウチの兵士たちが誑かされたんだよね。僕も一度見てみたいかな」


 そんなことを話しながら、昼の、明かりを灯さない街灯の下、そこに立つ街灯を眺めて、しばらく過ごして、歩きだして。


 そうして、ゆっくり、街灯のある大通りの風景を通り過ぎて。飛び領地邸に戻ろうとしたところで、空からゆわゆわと、白い雪が舞い降りるのに気付く。


「そろそろ冬ね」


 そうつぶやく私を見て、意外そうに「冬?」と声をあげるエフィム。毎夜雪がふるこの街にも、季節はある。日の長い夏があり、時とともに日が短くなり。そして夜だけでなく日中も、一日中雪が振り続ける冬が来る。


「そうか、冬か」

「ええ、冬ね」

「……言われてみれば、最近は、昼に雪が降るところを見てなかった気がするな」


 エフィムの言葉に少し考えてから、少し笑う。前の冬が明けてから、もう半年。その間、昼に雪が降らなかったのに気付かなかったのは、ちょっと間が抜けてないかしら、と。

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