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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第七章 新しい日常、過ぎゆく日常
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15.精霊の狂う地(5)

2025/2/24 帰路の貴族車両を二日目からに変更(誤記修正)。

「意外といい時間になったわね」


 冬精(ふゆ)の氷湖の見終えて、列車に乗ってミアゴーラ・グラジーニャの駅へと戻る。ほんの少し見て帰ってきたという感覚なのに、気がつけば、そろそろ日も暮れようかという頃合い。列車での往復って思ったより時間が経つものね、そう思いながら、ホームの上に設置されたガス灯を見る。


 その私の視線に気付いたのだろう、スヴェトラーナが声をかけてくる。


「さて、どうなるかしらね」


 駅の構内に表通りと、この街の至る所に設置されているガス灯。この街で初めて見た、街を照らす、電気でも蝋燭でもない灯り。他の商談――鉄鉱石を始めとした鉱石資源の商談――のためにこの街に来て、この灯りを見て、私の思いつきで始めた商談。視線の先、灯り始めたガス灯の光を見ながら、その商談に向けて気合をいれる。


「まあ、悪いようにはならないと思いますわ」


 そんな私の様子にそう励ましを入れて、「では」と歩き出すスヴェトラーナ。その言葉に背中を押されながら、今日最後の商談に向けて、足を踏み出した。


  ◇


 そうして、帝国軍専属工業商会ファブリカ・ヴナロウ――帝国国認商会の製品展示場――へと戻ってきて。入った早々、私たちを待っていたかのように商会長おやかたに声をかけられる。


「おう、かき集めてきたぜ。……つうてもまあ、大半は倉庫で埃をかぶってたのを引っ張り出してきただけだけどな」


 そう言いながら、奥の個室へと案内する商会長。そうして、さまざまなガス関連製品を見せてもらう。


 まずは、この街ですでに実用化された、ガス灯を始めとした製品。ガスボンベという一メートル程度の円筒形の容器に液体化したガスを入れて燃料とし、鉄製の管で様々な製品と接続して使う製品群。

 接続できる製品はガス灯、調理具(ガスキッチン)給湯器(ボイラー)とさまざま。ガスボンベが大きいからだろう、建物に備え付ける形の商品が多い。


 この街は地面からお湯が湧く関係で、湯を張るタイプの風呂が普及しているらしい。その関係で、給湯器は大量の湯を沸かせるようになっているとか。あと、薪ストーブの変わりになるようなものが無いか聞いてみたんだけど、「そりゃあ、暖房なんてこの街どころか帝国には必要ねぇからなぁ」と笑いながら否定する商会長。ただ、燃やすのは得意分野だし、数が見込めるのであれば新たに開発してもいいとのこと。


「……で、こっちが小型化された商品ね」

「ああ。こいつらは量産化されてねぇけどな」


 で、次は、作ったはいいが売れなかったという、持ち運びに便利な大きさまで小型化した製品たち。手のひらサイズの小さなガスボンベに、専用の小さなランタン、カップ数杯分のお湯を温めるくらいのささやかな加熱器具、薪や炭に火をつけるためのトーチが、それぞれ数種類ずつ。光量や熱量に違いがあるらしい。それぞれに火をつけて、様子を見させてもらう。

 加熱器具の方はともかく、ランタンは小さいわりに光も強くて便利そう。熱を持つから注意がいるらしいけど、その注意点もキャンドルとあまり変わらないように思える。悪くないんじゃないかしら。


……と思ったんだけど、どうも、ボンベ一つにつき数時間しか持たないらしい。このサイズにまで小さくするとどうしてもそうなるみたい。


「……それ、ちょっと小さくしすぎじゃないかしら?」

「しゃあねぇだろ。こっちは実用を想定なんてしてねぇんだからな」


 小型化した目的は娯楽用。ちょっとしたハイキング、釣り、登山のときに、荷物にならない大きさで、自然の中でちょっとした文明的なひとときをと、そんな目論見だったみたい。ただ、「自然の中に便利な道具を持ち込むのは邪道だ」みたいな声が予想よりも強くて売れなかったらしい。……正直、私にはよくわからない世界ね。


「まあ、こっちは量産してねぇ分、変更もきく。――ただ、まとまった量の注文がねぇと、生産はできねぇな」


 最低でも千個くらいから、頑張って一個あたり十万ツァーリプードを切るくらいかと、そんな商会長の見解に、頭の中で計算して、少しうなる。さすがに、一つの値段が一ヶ月の収入の半分近くの価格になると、少し厳しいかしら。


 なかなか、思ったとおりには進まないものね、と。


  ◇


 そうして、ガス製品をひととおり見終える。感想としては、薪や炭よりは小さいし便利で、電気よりもいろんなことはできるけど、燃料と値段がどうしてもネックになると、そんな感じ。


――商売にならないことはないけど、特に小型の製品に関しては私たちだけでは結論は出せない、一度組織の人間に見てもらおうと、スヴェトラーナと相談して決める。


 そうして、商会長を交えて相談して、最終的に、大型の、既に実用化されている製品に関しては見本としてそれぞれ一、二個ずつ買い取って、小型の試作品は一ヶ月程度借り受ける形で話が決まる。


 金額は約百万ツァーリプード、街のお金にして数百ルナストゥという、なかなかの大金。そのほとんどは小型の試作品の貸出料で、さらに借り受けるための保証金としてその数倍のお金を預けることになる。

 その保証金は試作品を返却したときに返ってくるという話だけど、それでも結構な大金で、正直、自分たちだけで決めてしまうのにためらいを覚える。……けど、そんな私とはうらはらに、スヴェトラーナはまるで端金(はしたがね)を扱うみたいに堂々としていたのが、少し印象に残った。


  ◇


 そうして、商談が成立して。奥の部屋に通されて、案内された席に座って。その私の前に「じゃあ早速、こいつにサインしてくれ」と、書類の束がドスンと置かれる。その厚さは、ざっと見た感じ一センチ程度と、結構な量。なんでも、一つの商品ごとに書類が三枚、さらに写しが二枚ずつで全部で九枚。それを製品の数だけ準備した結果がこの書類の束ということらしい。

 ちなみに、サインするのは契約書に機密保持同意書、資産貸出許可申請書で、写しは軍への提出用と私たちの控えとのことらしい。……何かしら? 言ってることはわかるんだけど、もう少しどうにかならないかしらと、目の前の紙の束を見て思う。


「悪ぃが、こいつも決まりなんでね。大変だろうが、とっとと書いてくれ。――おーい、客人たちに茶と菓子を!」


 少しげんなりとした私に商会長の言葉。そうして、最後の言葉に反応したように、奥から茶と菓子が人数分、運ばれてくる。


 そうして、スヴェトラーナにホーミス、プリィが世間話に興じる間、私はただひたすらに書類にサインをしていく。――貧乏くじねと思いつつ、用意されたペンがグロウゴラッドではなかなかお目に書かれない、インクをつけずに書き続けられる高級品で、そんなものが普通に出てくることに、再び商売心が刺激されるのを自覚する。


……そうね、ふとしたことでこんな「商品」に出会えるのなら、壁をまたぐ商人という仕事は確かに面白そうね。そんなことを思いながら、ひたすら手を動かし続けた。


  ◇


 そうして、途中で二回ほど休憩を入れて、すべての書類にサインし終える頃には夕食時になっていて。外で夕食をとって宿でもう一泊。翌日の朝、市場で軽く買い物をして、帰路につく。


 帰りの列車も、帝都からはレヴィタナ家の貴族車両。普通の寝台列車も悪くはないけど、片道で二日間の旅路だとさすがに窮屈。途中からとはいえ、ゆったり過ごせるこの車両はありがたい。


「それにしても、本当に良かったの? 私たちだけで決めて」

「もちろん。最初からそういうふうに決めていたではないですか」


 のんびりとした列車内で、スヴェトラーナと話す。良い商機があるのなら、持ち帰らずにその場で判断していい、確かにそういう取り決めはしていた。……けど、実際に大金を動かすと、本当に良かったのかとも思う。


「大丈夫ですよ。あれは(わたくし)も魅力的な話に聞こえました。今はうまくまとまらないかも知れませんが、いつか利益を生む話だと思います。そういう意味では、悪い投資ではないと思いますわ」


 まあ、すぐに利益を上げることができればそれに越したことはないですけどねと、そう気軽に続けるスヴェトラーナ。このあたりは、大金を動かして長期的な視点で見ることに慣れているのだろう。素直に見習わなくてはと思う。


……まあ、考えてみれば、私の取引よりもこの列車の方が金がかかっているだろうし、あんまり気にしないでいいかもしれないわねと、そんなことも頭の片隅によぎらせながら。

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