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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第七章 新しい日常、過ぎゆく日常
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14.精霊の狂う地(4)

「そうね。せっかく来たのだし、入ってみましょうか」


 聖域の前、アゴニ・ザパト・ヴァロータと銘打たれた門の前。スヤァに大丈夫そうか確認、ひとこと呟いて、その仰々しい門をくぐる。


――そこで、ぐにゃりとした感覚と共に、世界が変化する。風景に薄く黒いモヤがかかり、光がびゅんびゅんと飛び回る。閃光のように光がはじけ、ぱあんという音が響く。


……と、そんな異常もほんの一、二秒、すぐに普段どおりの世界に戻る。


 プリィやスヴェトラーナたちも、なにごともなかったように歩いている。きっと今のを見たのは私だけみたいねとあたりをつけて、心の中でスヤァに話しかける。


(今のは?)

(……この場所の、精霊の正気を失った様子のようだな)


 私の問いかけに、ややためらいがちに応えるスヤァ。どうやら聖域に入ってすぐ、聖域の影響かスヤァの力が制御できなくなって、その五感が、一瞬だけ私に流れてきたらしい。


(もう一度、見せてもらってもいいかしら?)

(……まあ構わぬが)


 そう言って、今度は心の準備を整えてから、再びその風景を見せてもらう。高速で飛びまわる光は力を得た地精、黒いモヤは力を失った他の精霊、飛び回ったりはじけたりしているのは興奮状態にあるからだろう、正気を保っているかも疑わしいというスヤァの説明を聞きながら、これがスヤァの見ている世界なのねと眺める。


(……壁の外は、まるで様子が違うからな)


 私の考えを読んだのか、そう話しかけてくるスヤァ。この街自体、地精が強く、他の精霊の力が弱い傾向にはあったらしいけど、地精が飛んで弾けたりはしないし、黒いモヤも無く、平和なものだったらしい。……まあ、地精以外は居心地は悪そうだったみたいだけど。


 と、そんな私の様子に気付いたのか、プリィが声をかけてくる。


「大丈夫ですか?」

「ええ。ちょっとスヤァと話してただけ」


 私の言葉に、少し安心した様子のプリィ。もしかして、この街に入ったあたりから精霊さんとたくさん話してます?と聞いてきたプリィに、そうね、普段は寝たフリばかりなのにこの街に入ってからは妙に元気になってるわねと答える。……気付かれるものなのね、注意しなくちゃと思いつつ、スヤァとの会話を終える。


  ◇


 スヴェトラーナ達を先頭に、聖域の道を歩く。祈りの祭壇まで一本道。幅百メートルにも及ぶ石畳の道。祭壇があるという広場はここからは見えず、数百メートル、数分かかるというその道を、大勢の人が、流れにそって歩いていく。


「この聖域は、一般の人が祈るための施設で、この道の先には、その祈りを捧げるための『祈りの広場』があります。帝国教会の聖堂を望むその広場で、お金を捧げて、地精に感謝の祈りを捧げ、別の道で聖域の外に出ると、そんな流れになります」

「……ここにいる人たちが、全員、その、お金を捧げて帰っていくのかしら?」

「はい。まあ、ささやかな額ですが」


 たいていの人は五百ツァーリプード、硬貨一枚で済ませて帰るというホーミスの説明に、周りを見渡す。――こうして見渡しただけでも、結構な数の人。それでもこれが一日中、毎日のように続くのなら、考えるのもばかばかしくなるような人数になるだろう。その人たちが全員、五百ツァーリプードを捧げていく。……それ、とんでもない額になるんじゃないかしら?


 そんなことを考えながら歩くこと数分。広場に登る階段を登ると、その奥にあるという祭壇の前の、祈りをささげるための行列という名の人混み。そこに並び、進み、やがて先頭へ。そこにあるのは、祭壇というにはあまりに簡素な、胸くらいの高さの壁に、その奥に広がる、何も無い床。ときおり光るのは捧げられた硬貨で、ときおり空を舞うのも捧げられた硬貨で、壁のむこうで幾人かが掃いて集めているのも捧げられた硬貨だろう。


「なんてボロい商売なのかしら」

「……商売ではないのですが」


 思わず口から出た言葉に、即座にツッコんでくるホーミス。珍しい人に言われたなと思いながら、思う。一人五百ツァーリプード、硬貨一枚、グロウ・ゴラッドのお金だとだいたい五ソルストゥ、ゴルディクライヌ一本分、安酒一本分の価値のお金。

 一人一人の寄付は大した額じゃない。だけど、この人たちは、わざわざ帝国中から、はるばる列車にのって、歩いて、並んで、寄付するためにとめどなくやってくる。


……なにこれ、本当に意味がわからない。この聖域も、祭壇も、向こうに見える帝国聖堂も、確かにお金はかかっているのだろう。でも、だからって、誰もがお金をあげるために足をはこんで来てくれるなんて、意味不明にも程がある。


「まあ、参拝なんてこんなものなのではないでしょうか」


 続くホーミスの言葉にため息ひとつ。どこが「こんなもの」なのか、意味がさっぱりわからない。帝国教会に必要なのは精霊に力を与える祈りで、お金じゃないはず。ならこれは、ついでの商売なのだろう。途方もなくボロい商売だと思う。


 周りにならって、硬貨を投げて、祈りを捧げながら、ふと思う。この帝国教会のえらい人も、あの神父さまみたいなでっぷりと肥え太った人なんだろうか、と。


 それにしても、ホント、ボロい商売よね……


  ◇


――ホント、なんてボロい商売なのよ。


 そう繰り返されるミラナの心の中の声を聞きながら、スヤァは少し前、聖域に入ったばかりの時に、自身の中に流れ込んできた光景を思い出す。聖域に満ちた祈りが見せた、こことは違うどこかの光景。自身と契約したニンゲンにまで流れ込まないよう、とっさに遮断した光景。あれは祭壇の向こうにある帝国教会の中か、それとも変換炉とやらの中か。


 地中から吹き出したと思わしき溶岩の周りを大勢の人がとり囲み、祈りを捧げる。その溶岩の上から縄で縛られぶら下げられた、正気をなくしているのだろう、へらへら笑いながら何かをブツブツとつぶやき続ける人間。

 その空間には、「ニンゲンから正気を奪う何か」が満ちて、ぶら下げられた人間は、その「何か」を多量に、おそらく強制的に摂取させられていると、スヤァは直感する。その正気を奪われた人間によってこの地の精霊の力が増幅され、狂わされていると。


 そうして引き出された地精の力を使って、帝国全土に地精の力を循環させ、冬精を集めて捨て、さらに地精の力を吸い上げる。土地を鉱山に変えるのはおまけで、途方もない量の地精を消費しながら、無尽蔵に眠る地精――溶岩――を掘り起こす。今は活動していない火山、ゴラ・グラジーニャ。そこに眠る火山地精は果てなく、減る気配すら見せない。


 自分も、ここで目覚めたのだろう、スヤァはおぼろげになった記憶を呼び起こす。だが、そんな過去はどうでもいい。あの光景をミラナとか言う、成り行きで出会い契約を交わすことになった人間に見られなくてよかったとスヤァは思う。アレは、ヒトは見ない方が良いモノだろう、そう考えて、スヤァは少し苦笑いする。――我も気がつけば、随分と人間に肩入れするようになったものだと。


 それにしても、このニンゲンの言い分ではないが、なぜあのニンゲンたちは金を投げるのだろうか。金を欲しがる精霊などいないだろうに……


  ◇


「……思ったより早く終わったわね」

「まあ、参拝だけでしたしね」


 聖域から出て、人混みをさけるために少し離れたところまで歩いて。落ち着いたところで、スヴェトラーナたちと言葉を交わす。結局、祈りを捧げるのにほとんど時間はかからず、聖域の中を歩いている時間の方が長かったくらい。夕方どころか昼食にもまだ早い。さて、夕方までどう過ごそうかと思ったところで、スヴェトラーナが提案する。


「この街の近くに、もう一つ有名な場所があります。ミラナたちさえよければ、そこに行こうと思いますが、どうでしょうか?」


 ここから列車で一つ先の駅に、ヴィボルスズィーミ・オジロプラティナという、ちょっと覚えにくい名前も湖があるらしい。別名、冬精(ふゆ)の氷湖とも言われるその湖は……


「国境の大河グラニーツァリカの源流、氷の大河の生まれる場所です。――見たいと思いませんか?」


  ◇


 そうして、その湖を見るために、再び駅へ。駅のホームで、相変わらず大量に乗り降りする人たちを見て、ふと思う。この人たちの大半は聖地で祈りを捧げるために、お金を払って列車に乗ってここまで来たのよねと。


 どうしてあんな、歩いて祈って硬貨を投げるだけの場所に、これだけの人が集まって散在するのかしらと、改めて疑問に思いながら、列車に乗る。


  ◇


「まもなくーヴィボルスズィーミ・オジロプラティナー、ヴィボルスズィーミ・オジロプラティナー、終点ですー」


 これまで何度も聞いてきた、列車の案内を聞きながら、駅を降りる。この駅は冬精(ふゆ)の氷湖を見るためだけに作られたという駅で、先ほどまでいたミアゴーラ・グラジーニャの駅と比べると、ずいぶんと小さい。


「ここにあるのは、ささやかな休憩所と、あとは『冬精(ふゆ)の氷湖』を眺めるための展望台くらいですわね」


 冬精(ふゆ)の氷湖は、近づくと危険という理由で立入禁止になっていて、その展望台から眺めることしかできない。そんなスヴェトラーナの説明を聞きながら、その展望台に向かって歩く。


「大河グラニーツァリカは、元々はこのゴラ・グラジーニャを始めとした北方山脈の雪解け水から生まれた渓流が集まってできた河だったのですが。転換炉ができて、その北方山脈から雪が消え、いくつもの渓流も消え、水の流れが変わり、そして、転換炉から一番近いこの渓流に、冬精(ふゆ)に満ちた氷の湖ができて、そこが源流になったという話ですわ」


 だから、昔のグラニーツァリカと今の氷の河となったグラニーツァリカは、厳密には違う河らしいですわねと、そんな話をしている内に、展望台へと到着する。眼下に見下ろした「冬精(ふゆ)の氷湖」は途方もなく大きな、まったいらな氷の湖。青々とした林の中にある氷の湖で、湖の近くにある木々にうっすらと雪が積もっているのが少し不思議。確かに、他ではみられない光景のような気がする。


「最初は、氷湖の周りは冬だったそうですわ。ですが、転換炉が本格的に稼働すると共に氷湖の周りからも冬が消えていって、今では、氷湖の周りにもほとんど冬は残っていないらしいと、そういう話みたいですわね」


 そんなスヴェトラーナの説明を聞きながら、眼下の氷湖を眺める。なにかしら? グロウ・ゴラッドで見るグラニーツァリカの氷よりもこの湖の方が冷たい気がするわねと、そんなことを思っていると、スヤァが話しかけてくる。


(それはそうだろう。この地には、冬を受け入れて共に生きるニンゲンはいない。冬精にも、不要と捨てられた怒りしかないはずだ)

(……そうね。でも、それだとアレは何なのかしら?)


 そうスヤァに話しかけて、展望台の片隅を見る。その視線の先には「寄付箱」と書かれた何やら簡素な箱。今もそこに硬貨――多分五百ツァーリプード――を入れて祈りを捧げている人がいる。


(……どうもあの者は、地精に祈りを捧げているようだが)

(それ、余計に冬精を怒らせるんじゃないかしら?)


 私の言葉に、まあ、そこの祈りはささやかなもののようだし、あまり影響はないだろうと返すスヤァ。その言葉を聞いて思う。だったら、そもそもここに寄付箱なんていらないんじゃないかと。


――そうね、ほんと、商魂たくましいわね。意味わからないほどにボロい商売だとは思うけど、この心意気は見習うべきかしら、と。

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