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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第七章 新しい日常、過ぎゆく日常
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13.精霊の狂う地(3)

 聖域の壁のすぐ外側の道、壁の反対側に建つ商会。その建物の中に入って、見て、思う。……ここって商会のはずよね、と。


 入ってすぐ、通行の邪魔にならないようにささやかに置かれた、誰も座っていない受付の机。その奥、まるで価値ある商品のようにショーケースに並べられた工具や鉱石に、さらにはなんの変哲もない生活用品たち。その奥から聞こえてくる、ガンガンと物打つ職人の音。


 そこは、商会と言うよりは、まるで、グロウ・ゴラッドにあった職人ギルドの見学施設で……


「おう、そういやぁ今日だっけか、客人が来るって日は。――ようこそ、国認商会、帝国軍専属工業商会ファブリカ・ヴナロウへ」


 こちらに気付いて歩いてきた、奥の部屋とを行き来していた初老の男性は筋骨隆々で、見るからに商人ではない、職人然とした人だった。


  ◇


「……何か、商会というよりは職人ギルドの見学施設みたいね」

「違ぇねぇな。ここは、物を売って金を稼ぐ商会じゃねぇからな」


 私の正直な感想に、奥から来た職人風の男がガハハと笑う。彼――商会長レメス――は元々はある商会に所属していた職人たちを束ねていた人で、その商会が時代の変化についていけずに没落したその時に、軍――政治将校たち――と専属契約を交わして、商会を今の形にした人らしい。で、職人たちをまとめる立場にあった彼が、そのまま商会長になったと、そういう話みたい。


「つうてもまあ、商会長なんて形だけだけどな」


 なにせ、仕事は全て政治将校からの委託。業務内容も、鉱物の管理や職人の斡旋、そしてそれらの窓口業務と、商売からは程遠い。価格は全て軍が決め、費用は全て軍の負担。その手数料として軍から支払われる金をそのまま給料にあてるだけという、ほとんど雇われのような形らしい。


 この施設も、政治将校たちの精霊に関する政策が帝国にどのような益をもたらしたのかという宣伝のために作られた施設だと思いますわとはスヴェトラーナの言。その言葉に、苦笑いはすれど否定はしない商会長の態度が答えなのだろう。


「まあ、政治将校たちにしても、変に商売っ気がある方々よりは、自分の腕と作るものにしか興味がないような『いかにもな職人』の方が都合が良いのでしょうね」

「ストレートだなぁ。……まあ、そのせいで、俺みたいな職人上がりのロートルに、変な仕事がまわってくることになっちまったってとこだな」


 一通り説明したあとのスヴェトラーナの感想に、軽くぼやきながらも頷くレメス商会長。ただ、職人たちからすれば、給料を払うのが商会を率いていた商人たちから軍に変わっただけ。この施設の維持みたいなよくわからない仕事もあれど、それまでの利益優先から比べれば、半ば国に雇われることで損益から開放されて、むしろ自由になったと喜んでいるらしい。


……そのよくわからない仕事をするはめになった商会長も、なんとなく面倒見がよさそうな感じがするし、案外向いているんじゃないかしら、とも思う。


「つうわけで、俺に単価だ納期だと話をしても無駄だ。そいつは軍の奴らが決めることで、あいつらは書類さえあれば誰にでも公平だ。俺の仕事は、資源に関する質問に答えることや必要なら腕のいい職人を紹介する、そういった類のことだけだ」


 そんなレメス商会長の言葉に、少し笑う。レメス商会長の言う「軍の奴ら」も、ルールと手続きにこだわって融通がきかない、いかにも「帝国の役人」という感じの人間らしいとは思うけど。……なんというか、レメス商会長自体、どこかその「軍の奴ら」の持つ融通のきかなさに通じるものがある気がする。


……もしかしてその「帝国の役人らしい融通のきかなさ」って、染まるものなのかしらと、そんなことをふと思った。


  ◇


 話の合間に、レメス商会長にそのことを言ってみると、「ちげぇねぇ、俺もまあ、あいつらとおんなじようなことをしているからな、取り込まれちまったってこったろうさ」と笑ってた。


  ◇


 そんな世間話めいた話が一段落したところで、まずは鉱石を見せてもらう。レメス商会長が言うには、精霊が干渉して生まれたという特殊な生産方法の鉱石だけど、精霊に影響しないかには気を使っているし、ここを含めた「精霊の色濃い地」で問題が起きないかもしっかりと定期的にテストしているみたい。


「どれだけ品質が良くても、特定の条件で『何かがおきる』鉱石なんて、触りたがる職人なんていねぇだろうからな。なんで、そこだけは何があっても譲れないって、軍の方にも言い含めてある」


 と、当然のことのように言う商会長。その言葉を聞きながら、スヤァに問いかける。


(って言ってるけど、どうかしら?)

(大丈夫だろう。少なくともそれは、なんの変哲もない普通の鉱石だ。特におかしいことは感じられない)


 私の質問に、そう答えるスヤァ。全く疑問を抱いていないその様子に、なるほどと頷く。


「ごく普通の鉱石みたいね。……変換炉を使って生産してるのよね」

「らしいな。俺らも、あんま実感はないんだけどな」


 少し興味を覚えて聞いてみると、商会長は肩をすくめながら、そんな返事をする。何でも、聖域の壁にあったような金属製の管が、聖域から鉱山まで伸びていて、その管を通った「聖水」が、鉱山自体を変化させているらしいと、そんな話みたい。「なんでまあ、鉱夫たちは単に鉱山を掘っているだけで、本当にその聖水とやらがただの岩山を鉱山に変えているのか、正直、実感はねえな」ということらしい。……とはいえ、常識では考えられないような効率で純度の高い鉱石が採掘できているのは事実で、その事実があるから信じないわけにもいかねぇけどなと、商会長は苦笑いしながら話す。


 まあ、品質に関しては商会の方も相当に気をつかっているようだし、スヤァのお墨付きもある。きっと大丈夫なのだろう。


  ◇


 続いて、ガスに関する道具を見せてもらう。……私がガスに興味を持っているのを、なんでそんな物をと商会長が首を傾げていたので、改めて私たちのこと――グロウ・ゴラッドやそことの商売のこと――を説明する。一年を通して雪が降り積もる常冬の街、貴族の人脈を使って帝国との交易を始めた辺境の街、そんな私たちの説明に、改めて商会長は興味と納得を覚えたらしい。とはいえ……


「あんたら自身が買いてぇって訳じゃねぇんだな」

「そうね。私たちはあくまで紹介するだけ。実際に買うかどうかはグロウ・ゴラッドの上層部が決めることになるわ」

「わぁった。そいつらが興味を覚えるような、いろんな『見本』を準備しておいてやらぁ」


 もっとも、今は肝心のモノがここにはねぇ。かき集めるから少しばかり時間をくれとの商会長の言葉に、少し首を傾げる。


「ここ、『政治将校たちの功績を誇る施設』なのよね」

「うぉい! オメェら、もうちっと建前ってもんをだなぁ」


 そう言いながらも、商会長は説明するには、政治将校たちにはガスを普及させるつもりがこれっぽっちも無いらしい。というか、そもそも売り物になるという意識がないみたい。


「この街では大々的に使われているのに?」

「この街でしか使われてねぇからなぁ」


 なんでも政治将校たちには、「列強国で使われている新技術」を重んじるあたり、それ以外の技術を軽んじる傾向があるらしい。他でどれだけ便利に使われていても、列強国で使われていないと、後進国の技術と見下す傾向にあるとか。


「特に帝国でしか使われていない技術は軽んじる傾向があるからなぁ……」


 商会長のぼやくような言葉に、なんでそんな良くわからないことになるのかと、そんなことを思った。


  ◇


 夕方には一通り揃うだろうから、そうだな、夕飯(ゆうめし)時にでも来てくれやという商会長の声に見送られて、商会を出る。


 で、聖域の入口の方に向かいながら、スヴェトラーナが尋ねてくる。


「……で、どうしますか? 聖域の中に入りますか?」


(……どう?)

(我は構わぬが)

(中の様子はわからない?)

(わからないが、不穏そうな感じはないな)


 一応スヤァに聞いてみるも、気負いも警戒も、ついでに興味もなさそうな答え。


「聖域の中に入るだけで、その、帝国教会や転換炉とやらに行くわけじゃないのよね」

「私たちは教徒じゃないですからね。行きたくても行けませんわ」


 念の為の質問に、あっさりと答えるスヴェトラーナ。帝国教会は、祈りそのものがそのまま資源の生産力に直結するという特徴から、「火山地精に力を与える祈りを捧げるのなら」誰にでも祈ることができるらしい。聖域というのはそういう、教徒でない人が祈るための場所で、だから祈りを捧げるのなら簡単に入れる場所とのこと。そうスヴェトラーナに説明される。


 と、そんなことを話している間に、その聖域の入口、アゴニ・ザパト・ヴァロータと名の記された、開け放たれた巨大な門へとたどり着いて。


「そうね。せっかく来たのだし、入ってみましょうか」


(……いきなり光ったりしないでね)


 悪目立ちするのは御免よとスヤァに話しかけて、その巨大な門をくぐり、聖域へと足を踏み入れた。

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