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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第七章 新しい日常、過ぎゆく日常
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12.精霊の狂う地(2)

「ミアゴーラ・グラジーニャー、ミアゴーラ・グラジーニャー、当列車は当駅で……」


 ミアゴーラ・グラジーニャーの駅で、列車内に流れる案内の声を背に、ゆっくりとホームに出る。


 首から下げた精霊石(ネックレス)を握りしめて、スヤァの様子を確かめる。……帝国教会や転換炉のある、精霊が狂う地、ミアゴーラ・グラジーニャー。そのせいだろう、確かにスヤァから、いつもとは違う、違和感のような雰囲気を感じる。


 とはいえ、それ以上の異変は特に感じられない。エフィムの話だと、おかしくなればわかるということだったし、きっと大丈夫なのだろう。


「とりあえず大丈夫そうね」


 あたり前だろう、おかしくなる要素など無いというスヤァの意思を感じながら、隣を歩くスヴェトラーナにそっと呟く。……実のところ、スヤァに意識を向けても寝たフリのようなとぼけた気配が返ってこないのは結構新鮮なのだけど。スヤァも何か違和感を感じてはいるのだろう。


 と、私の言葉に頷くスヴェトラーナ。「それでは行きますか」と、ホーミスが先導するように歩き始める。


 歩きながら、ホームの、駅の構内の風景を見て思う。これまでの帝国で見てきた風景と「何か」が違う。何が違うのだろうと考えて、すぐに気付く。……灯りの色が違うと。


「電気の灯りじゃないわね。燭台……でもない」

「ガス灯、というらしいですわ。ここでは電気が使えないので、その代わりですわね」


 ここは精霊との関わりが特殊な街ですのでとスヴェトラーナ。この街にある帝国教会と転換炉は、帝国に急激な近代化をもたらした。が、その結果、この街には「近代技術による精霊の利用」という不確定要素が生まれることになった。

 精霊には感情があり、周りの環境に影響される。電灯――近代的な電気の利用――は、これまでにない新しい現象。精霊がどう反応するかわからない。だから、できるだけ使わないようにしているらしい。


「ガス灯というのは可燃性のガス……気体を使った灯りね」


 一旦立ち止まって、そのガス灯を見上げる。なんでも、その燃える空気はこの街の資源生産の副産物で、液体にしたり空気に戻すのが簡単という特徴があるらしい。これまで使われていない燃料だから他では使えないし売り物にもならないけど、電気が使えないこの街では蝋燭よりも便利な灯りとして、また一部では薪の代わりにも使われ始めているらしい。煤が出ないし加工してしまえば持ち運びも容易で、専用の道具があれば相当に便利なのだとか。


(……もしかしてそれ、売れないかしら? )

(かもしれんな。あの暖炉というのは、燃えカスが面倒なのだろう)


 思ったことに反応するスヤァ。なんとなくあのガス灯というのに親近感を覚えているような気配を感じる。……資源由来だからかしら?


 と、そんなことを考えている間に、スヴェトラーナがパンパンと手を叩いて注意をひく。


「ですが、それはおいおい。こんなところで立ち止まっては日が暮れてしまいますわ。まずは夕食を取ることにしましょう」


 その言葉に、それもそうねと、再び歩きはじめた。


  ◇


 ホームから駅舎を通って改札を抜けて、駅を出る。黄昏時の終わり、街から夕日の色が消えて闇が訪れるまでの短いひととき。自然の光から人口の光へと変わるその刹那の風景に、新鮮さを覚える。


――帝国の他の街のような、整備された町並みに、日暮れを拒絶する人口の光。ただ、その光の色が違う。


 まだ完全に日が沈みきっていない、駅前の整備された広場。そこに止まる馬車を、歩む人々を、薄暗くなる街を照らす光。電気の明かりよりも繊細な、でも蝋燭の光よりは強いその色付きの光が、無数に建てられた街灯の柱の上から、街を照らす。


 そんな街を、ホーミスに案内される形で歩く。


「……馬車じゃないの?」

「たまには、こういうのもいいと思いまして」


 そのまま、駅前の広場を抜けて歩くホーミス。駅の近くというのは発展しやすい場所で、この街で生きる人たちの住む場所であり、また、この街を訪れる人のための施設や店が立ち並ぶ場所でもあるとのこと。


「つまり、ここは『住人のための街』で、『旅人のための街』でもあると」

「正確には、その二つは微妙に別れているのですけどね」


 私の問いに、今度はスヴェトラーナが答える。ここは帝国教会にとっての聖地で、祈りを捧げるためにこの街を訪れる人も多い。さらには帝国の中でも独特の雰囲気がある街で、それを目当てに来る人も多いらしい。

 祈りを捧げる人、楽しむために訪れる人。そしてこの地にある鉱山で働く人。それらが、少しずつまざりながらも併存する、この駅周辺は、そんな街らしい。


「その関係で、この駅の近くには、食堂に遊興施設に宿にと、必要なものが一通り揃っているのです」

「ただ、どうせなら観光客向けの食事ではなく、この街の人たちの食べるものを食べたいと思いまして」


 そんな経緯で、まずは「この街らしい店」で食事を取ろうと、そんな段取りらしい。


 そうして、ホーミスに案内されるままに、駅から続く大通りを歩き、角をまがって、少し小さな通りへ。そこからさらに歩いて、少しずつ、大通りからはなれていく。街並みからきらびやかさや整然さが失われていき、でも、どこか生活感は増していく。闇が深まり、ガス灯の光が街並みに色をつける。


 そうして、しばらく歩いて。やがて、どこにでもありそうなそっけない吊り看板が揺れる、そんな店へと到着する。


  ◇


 その店は、料理屋というよりは酒場。中は、組織の力自慢もかくやというような、筋骨隆々で服や肌に煤の汚れが染み付いた男たちが野太く騒ぐ、そんな店。


「いらっしゃー! 見ない顔おおぜい様ごあんないー! あの奥のテーブルが空いてるよ!」


 店の奥からは、恰幅のいい、そこそこ年上の中年おねえさん。その店の騒々しさにまけない大きな声に案内されて、その奥のテーブルにつく。と、さっそくドスンと無造作に置かれる酒。


「で、今日は酒? 食事? どっちだい?」

「食事で」

「あいよ! ちょっと待ってな」


 そう言って、どすどすと音を立てるように立ち去る中年おねえさん。そのびっくりするようなやりとりに、思わずこぼす。


「……ずいぶん斬新な注文ね」

「そうですね。ここ(このまち)特有だと思います」


 同じようにちょっと目を丸くしているスヴェトラーナの代わりに答えるホーミス。なんでも、鉱夫の中には一定数「美味いメシと酒があれば後はどうでもいい」というタイプの人がいて、そういう人たちに受けてる店なのだとか。……それにしても限度というのがあると思うのだけど。


 と、そんな言葉を一言二言交わす間に、向こうから大量の皿を一度に持った中年おねえさんがどすどすと歩いてきて。テキパキとテーブルの上に料理を並べていく。


「あいよ。おかわりが欲しけりゃ声をかけてくんな!」


 そう伝えて、中年おねえさんは、これまでと同じくどすどすと、あわただしく立ち去っていった。


  ◇


 各人の前には、そこそこ大きな皿に盛り付けられた、シチューらしき、白くてほんのり甘めの香ばしい匂いのする料理。多分帝国風の、ミルクにバターに小麦粉に、肉、ジャガイモにいくつかの野菜をふんだんに使ったシチューだと思う。テーブルの中央には、堅焼きのパンがいくつも入ったカゴに、よくわからない、豆粒くらいの大きさに切られた野菜。


……女四人にこの量はちょっとではなく多いと思うけど、もう一つのテーブルにはスヴェトラーナの護衛たちがいるし、そっちに任せればいいかと思いながら、いつものように食前のあいさつをする。


 そうして、まずは見覚えのない、中央に置かれた小さく切られた野菜を小皿にとって、口の中に入れる。塩で茹でただけのシンプルな味付けのその野菜は、食感も味も若い大豆そのもの。なるほど、これは酒のつまみねと納得して飲み込む。


 その酒は、見た目に反して強いアルコールの刺激臭と、その奥にほんのり香る甘そうな匂い。軽く口をつけると、思った通りの酒精の強さと、思ったよりも甘い味。上質の砂糖を原料した、わざと味を残した蒸留酒かしら。これはこれで悪くないとは思うけど……


「ちょっと、組み合わせが乱暴じゃないかしら」

「そこは、この街の鉱夫たちの好みだと思いますわ」


 目の前のシチューを上品に口に運びながら、スヴェトラーナ。この街の鉱夫は、鉱山の中で何日も過ごし、この街でほんのひととき、休息と発散をして、聖域で祈りを捧げて、また鉱山ではたらく、そんな毎日の繰り返し。だからこういう、細かいこと抜きでそこそこ美味い料理と酔える酒を出す店に需要があるのでしょうねと、そう説明する。


「さすがにメニューのない店はめずらしいとは思いますが」

「いかにもこの街らしい店だと思いまして」


 スヴェトラーナとホーミスの会話を聞きながら、目の前のシチューに口をつける。思った通り、ミルクとバターをふんだんに使ったシチュー。塩と香草が強めの、言ってしまえば大味なその味付けも悪くない。


 そうやって、どこか乱暴とも思える食事を取りながら、この街についてざっくりと、スヴェトラーナとホーミスが説明する。


 まず、この街の中心には、この街を特徴づけている帝国教会の聖堂がある。その奥には精霊を利用するための装置である転換炉があって、さらに()()()が住む施設がある。それらは一部の信者以外は立入禁止となっている。

 ただ、それでは一般の信者は、聖堂を眺めるだけになってしまう。なので、聖堂の周りに一般の人たちが祈りを捧げるための「広場」と呼ばれる場所が準備されているらしい。


 その言葉に、シチューをすくっていた匙を止める。


「……祈りを捧げる一般の信者が、いるの?」

「帝国を豊かにした立役者ですからね。『何が行われているか知った上で』それでも感謝する人は多い。祈りを捧げる人も多いですわ」


 私の疑問に答えるスヴェトラーナ。「帝国教会」の精霊の扱い方は従来の信仰とは違う。だから、過去に帝国にあった精霊信仰とは相容れない。かわりに、近代化によって豊かになった人たちの信仰を得ていると。


「その、新しい信仰のための施設が、聖堂の周りにある『聖域』と呼ばれる一連の区画というわけですわ。――明日、まずは鉱石を取り扱う商会に。その後、よければその聖域を見て回りましょう。……貴方の地精に問題が無ければ、ですが」


 そう言って、一旦説明を終えて、再び食事をとり始めるスヴェトラーナ。その表情は心なしか、普段よりも食事を楽しんでいるように見えた。


  ◇


 そうして、その日の食事を終えて、宿に移動する。先ほどの酒場とは違い、そこは、いかにも「他の街から来た人たち向け」の宿。実は帝国で、ちゃんとした宿に泊まるのは今回が初めて。大規模な宿泊施設で、多分、デュチリ・ダチャよりも大きい。けど、なんというか……


「デュチリ・ダチャの方が洗練されているわね」

「それは、あそこが特殊なのですわ」


 あそこまで洗練された宿泊施設なんて、それこそ列強国にだってそうそう無い。アレは古風で趣味が強く出た建物だけど、国を代表するレベルの施設ですし、いっそこういう商売に鞍替えした方がふさわしいとすら思いますわとスヴェトラーナ。


「……遊びでグロウ・ゴラッドを訪れる人なんていないけど」

「そうですわね、全く惜しいことですわ」


 思わず言った言葉に、即座に言葉を返すスヴェトラーナ。なんだろう、本気で惜しんでいるように、私には見える。


 とはいえ、この建物の中を照らすガス灯の光は、デュチリ・ダチャの豪華なシャンデリアや飛び領地邸の電気の灯りとは、また違う趣がある。


 実際には、電気の灯りの方が便利なのだろうとは思う。でも、こういうのもたまにはいいのかも、とも思う。これが「旅の醍醐味」という奴かしら。


 とった部屋は五部屋。私とプリィ、スヴェトラーナとホーミス、あとはスヴェトラーナが連れてきた護衛の兵士たちで三部屋。私たちの部屋は特別な部屋で、リビングに応接間まである。デュチリ・ダチャにあった私の部屋よりも大きい。


 この街の宿は、浴室が売りらしくて、とんでもなく大きな浴室には、大量のお湯がはられてて、そこに大勢の人が一度に入るらしい。なんでも地面から湧きあがるお湯を使っているとか。その話を聞いて正直、目が回りそうになる。


……私たちの個室にもシャワーがあったので、そこでシャワーを浴びる。後で聞いた話だと、個室にシャワーがある場所をわざわざ選んだとのこと。まあ、スヴェトラーナをそんな場所で入浴させるわけにもいかないだろうし、()()そのおこぼれに預かったという感じなのだと思う。


「じゃあ、ちょっとお風呂に行ってきま〜す」


 プリィの好奇心にあふれた言葉に頷きながら、思う。


……プリィも元は結構なお嬢様だったはずなのに、なんであんな楽しそうに、他の人と一緒に風呂に入ろうとするんだろう、と。


  ◇


 そうして翌日。まずは鉱石を入手するために、聖域のすぐ近くにあるという、鉱石を扱う商会へと向かう。その道すがら、朝市らしい露天が並んだ通りを歩いて、そこで売られているものの異様さに目がひかれる。


 ジャガイモ、大豆、人参、キャベツ。どれも見たことのある野菜。ただ、大きさだけが、自分が知っている野菜と違う。


 一粒が拳ほどの大きさがありそうな大豆。大根よりも一回り大きい人参に、両手で抱えるほど大きなキャベツ。とにかく、全ての野菜が気持ち悪いくらいに大きい。――本当に気持ち悪いくらいに。


 私の視線を辿って、何を見ているのか気づいたスヴェトラーナが、なんでもないことのように説明をする。


「ここは、帝国教会や転換炉の関係で、地精が他とは違うことになっています。その関係で、ここでは野菜が()()()大きく育つようですわね」


……「わね」じゃないわよ。そんなことを思いながら、スヴェトラーナの言葉を聞く。


「大きいだけで、害はありません。生産効率もとても良いらしいのですが、売り物にするのは難しいのでしょうね。一部の観光客がお土産に買っていくのを除けば、もっぱらこの街でだけ消費されているそうです」

「そうね。アレは、知らない食べ物を口にするよりも勇気がいるわ」


 説明してくれたスヴェトラーナに、昨日の食事を思い出しながら言葉を返す。スヴェトラーナは何とも思っていないようだけど、私は正直、ちょっと、……かなり抵抗がある。


 次の食事、いつもと同じように食べることができるかしら。


  ◇


 そうして、商会へ行く途中に、聖域を囲う壁を見る。もやに囲まれた、聖域を囲う壁。もやの向こうにうっすら見えるのは、錆だらけの、赤茶色の金属の壁と、その壁に通された鉄色の管。絶え間なく何かの蒸気が吹き出すその管が、もやと、スヤァを拒絶する何かを振りまいている。


 スヤァの感覚を遮断するその壁に、この壁が精霊を閉じ込めるための壁だと直感する。そして思う。この壁の向こうを聖域と呼ぶことの皮肉を。


――この聖域は、何にとっての聖域なのだろうか、と。

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